神様。彼女の異名は『氷炎の指揮官』の方がかっこいい。
どうしよう。その話はどうやっても取り繕うことができない。
事実として、リディアさんがやってきた。どう思うかと聞かれた。それに素直に答えた。
けれど、あれは半分リディアさんが私ならこう導き出す、と確信して話しかけてきているもの。自分の仮面にふさわしいと思って……何故? 何で、リディアさんは私を仮面にしようとしたの? エリアーナさんに隠したかったから? 何で? これが一切わからない。だけど、そうしたい理由だけはわかるから隠さなければならない。特に。
「どうしたの? 答えられない?」
目の前のこの人には。今この瞬間。今日、この家にきてから一番真剣に圧をかけてきている。今思えば、最初の質問もそうだった。
「貴方はリディアの何?」
この人にとって一番重要なのは神託が本物かどうかや、情報源の特定なんかじゃない……リディアさんは何を隠しているのか……だ。
そういえば、この最初の言葉だけ、なんだか言葉の厚みが違った気がする。こう……感情を殺した人の言葉、ではなかった気がする……いいの? この質問に答えなくて……
「それは……」
搾りだすように何かを言わなければと、考える。でもどう答えればいいのかわからない。
「それ、は……!?」
えっ……! 今まで、淡々と話していたエリアーナさんの言葉が、乱れた。強い怒りを隠さない、強い口調で話そうとして……その場に文字通り、崩れた。
「エリアーナ!? わりぃ、ミコちゃん! ちょっとたんまな!」
突然、頭を抑えて苦しみだすエリアーナさん。それを見てカイさんが椅子から飛び降りエリアーナさんに駆け寄る。エリアーナさんの荒くなった呼吸がここまで聞こえる。いったい、どうしたの?
カイさんがエリアーナさんを抱え、ソファーに寝かせる。エリアーナさんは顔を腕で隠し、必死に呼吸を整えていた。
も、もしかして、これが……強化人間の、代償……TRPGの『システム』としてではなく、『現実』の……
私が苦しいわけじゃない。苦しいわけじゃないのに何故か、私の心臓も少し早くなった気がして、胸を押さえた。
しばらくして、エリアーナさんの呼吸が落ち着いてきたところで、カイさんがエリアーナさんが寝ているソファーの横にひざまづいて、困ったような表情でエリアーナさんに語り掛けた。
「……エリアーナ。悪いことはいわねぇ。今日はいったん戻ろう。ひとまず、ミコちゃんの嫌疑は晴れた。違うか?」
優しくエリアーナさんに確認を取る。それは大事なことだ。でも……
「……ミコが、公国に害をなす存在ではない。それだけは、確か。」
「ああ、そうだよな。今はそれで十分だよな?」
「……」
わずかにエリアーナさんが頷いた。公国の敵ではないと確定してもらう事。私にとっては大事なこと。だけどリディアさんとの関係は隠している……
そんな私の心中などお構いなしに、カイさんが少しホッとした様子で言葉を続けた。
「セシリアの持ってくる情報次第じゃ、情勢が変わる。お前がこの状態じゃ、きちんと指揮が取れないだろ。今は、戦争中だ。そこまで考えて……いったん戻るぞ。」
エリアーナさんが表情を隠したまま、再び軽く頷く。見てて分かる。悔しいんだろう。答えを聞く前に、感情を揺さぶられて倒れてしまう自分自身に。
「……そう、ね……ミコ、悪かったわね……帰る、わ……」
私に何とか返した言葉からも、その悔しさがにじみ出ていた。……やっぱり、この人は『氷の指揮官』というイメージからほど遠い。カイさんがポロッと漏らした発言から……エリアーナさんは日常生活についての知識や行動を、部分部分で失っている、もしくはわからなくなる瞬間がある。強化人間の代償として。それだけじゃない。人のことを心配したり、思いやったり……感情が強く揺さぶられると……体調を崩してしまうんじゃ、ないかな? 確か、そういうデメリットも見た気がする……その結果が、軍の為に……正確には帝国を殲滅するために働く機械……それが、ルルブの異名『氷の指揮官』の正体。
だけど……本来のこの人はとても仲間思いのとてもあったかい人。そのために自分を犠牲にすることも厭わないような……むしろ、熱いぐらいの人。だから、その感情が抑えきれずに……今こうして、苦しんでる。
カイさんがエリアーナさんを支えて帰ろうとする姿を見て、胸がさらに苦しくなった。このまま何も言わなくてもいいのかと。私はリディアさんの気持ちを、おそらくリディアさん本人やトーマスさんの次ぐらいには理解しているだろう。それでもわかる。リディアさんもエリアーナさんも、お互いに仲間を思ってる。ただすれ違ってるだけ。お互いにきちんと、話すべきだ。重たいものは、2人とも一緒なんだから……
「あの、カイさん。」
「ん? なんだ、ミコちゃん?」
「リディアさんに頼まれたことがあるのは事実です。でも。それはリディアさんから直接聞いてください。私の口からは言えません。これが私が話せる、精いっぱいです。」
ごめんなさい、リディアさん。私、エリアーナさんのこの炎のように熱い思いを完全に無視はできません……全部は話しません。ここまでにしますから許して。
自然と胸の前でギュッと拳を握ってしまった。
その様子を見てカイさんが柔らかく笑う。
「……そっか。わかった。確かに、リディアが口止めしてたんなら怖いもんな。それだけ話してくれるだけで十分だ。ありがとな。」
そういうと、カイさんとエリアーナさんは、第四区画の方向へと、消えていった。時計を見ると、もうすぐお昼。短いやり取りだったと思っていたけれど、思っていた以上に時間がたっていて、セシリアさんのことが不安になった。
一方その頃、未子に心配されていたセシリアはゼーレン第一区画の最も高い場所から双眼鏡であたりを見回していた。
第一区画は山側であり、森からは最も離れている場所である。しかし、ゼーレンの中では要塞部である第四区画より高い場所が存在するため、『崖上を確認する』のには最も適している場所なのである。
「潜入調査とか色々やった経験が何に役立つかなんてわからないものね……えっと。確かあそこ、あの岩場がこのゼーレンで一番見渡しがいいのよね。」
トントンと未整備の足場を跳ねるように進んでいく。その動きは普段の彼女を知っている人物であれば、ここまで身軽に動くことができることに不信感を覚えるぐらい軽やかだった。
やがて彼女は先ほど目をつけた岩場の上へと慎重に登り、双眼鏡を取り出した。
「ここまでくれば見えるでしょ。さて、敵兵は……!?」
双眼鏡でゼーレンの崖上をくまなく確認したセシリアは、1つの影を見つける。
「あれは……リディア様!?」
双眼鏡の向こうで木の陰に隠れるようにして何かを見るリディア。そのリディアの視線につられるようにセシリアは双眼鏡を動かしていく。すると、帝国兵が何かを作っている光景を発見する。
「うそ、でしょ……本当に、空、がキーワードなの……!?」
双眼鏡を最大倍率にし、息をのんで再び双眼鏡を通してその場所を見る。
荷車があり、その荷車には何かの残骸が乗せられている。
少し視点をずらす。そこにも荷車がある。しかしその荷車自体が解体されている……
「どういう事なの……? 荷車を解体して材料にしてまで作りたいものがあるってこと……? それに、リディア様はどうしてそこで見ているだけなの……?」
そう思い、セシリアはこの一団を発見するきっかけとなったリディアを改めて確認する。
胸を押さえて妙に苦しそうにしている。しかし、その表情は狂気に染まっており、必死に何かをこらえようとしていた。そんな時だった。
「……!!」
双眼鏡を通して、リディアとセシリアの目が合った。リディアはハッとした表情を浮かべた後、少し笑い口を動かした後、即座にその場所を立ち去った。
セシリアはその口の動きから1つの単語の可能性を引き出した。
「……『ありがとう』か……これは、口止めされそうね。どうしましょうね。思った以上の内容だわ。急いで報告はしないと、ね。」




