神様。貴方が始めた物語です。
早朝。ゼーレンにほど近い崖上の森の中。
その木の上でリディアは目を覚ました。
(誰も、いなくてよかった……おかげで、少し寝れて落ち着けた……でも、戻るまで、もつかな……? ん……? あれは……あはっ、獲物かな……ああ違う。まだ確認してないじゃん……!)
だるそうに木の上から飛び降りると、先ほど見えた『何か』の方へ、物音を立てることなく近づいていく。
そこには、帝国の鎧がいくつも並べられており、1人の兵士がその鎧の首元に付けられたパーツをせっせと外していた。
(……魔道装甲鎧……でも、おかしいな。解体されてる? 魔石の部分を外してるってこと。そんなことしたら魔力防壁発動できなくなっちゃうじゃん。どういうこと? ……ちょうど、いいや。あははっ、そうだよ、ちょうどいい……聞いちゃおう!)
次の瞬間、兵士は自分の首元にナイフを突きつけられていた。まるで先ほどまで自分がしていたように、首元の魔石を外していたかのように。ツンツンとナイフの先端が兵士の首に当たる。そのわずかな震えと息遣いを聞いたリディアは獰猛な笑みを浮かべながら、開いている手で兵士の胸をすーっと撫でながら、尋ねた。
「はい、そこの兵士さん?」
「ひ、ひぃ……」
「あははっ 安心してよ。大丈夫だよ大丈夫。痛くはしないからさ~ あの鎧についてた魔石。どこにいっちゃったのかな?」
「え、えっと。それはその……ライナー大佐の命令で、その。分解しただけなので……わからないんです! お、お願いです! 死にたくないです!」
声が震える兵士。兵士から感じ取れる恐怖の色が濃くなるにつれ、リディアの顔が歓喜に歪んでいった。
(あっれ? 何でそんなに怯えてるのかなぁ? そんなに怯えられちゃうと楽しくなっちゃうじゃん。やめてよ。抑えられなくなっちゃうからさ……)
「おっけーおっけー! ライナー大佐ね。ふーん。ライナーねぇ……何に使うんだろ? ま、いっか。ありがとね。」
「本当ですか!」
「うん。本当本当。感謝してるよ。だからね、特別に痛くないようにしてあげる!」
そういうとリディアは胸を撫でていた手をゆっくりと離す。兵士が一瞬ほっとして息を吐いた瞬間、その手でマジックポッドを手に取り短剣型に変形させると兵士の頭を一刺しした。そして、心臓、首を深々と刺してから、力なく倒れるそれを、草むらに隠れるように蹴り飛ばした。あたりにうっすらと血の匂いが漂う。
その匂いで、リディアの中で何かがはじけた。
「あははっ! 帝国兵として働いている以上は全部ゴミだからね! そうやって、最初に命乞いしたゼーレンの人達を殺したの、何処の誰? 貴方達じゃん。やられたのにやり返されないなんて思ってるんじゃ甘いよ、甘すぎるよ! 貴方じゃないとしてもさ……この感情は、消えてくれないんだよね! 痛くないようには本当、せめてもの情けだよ!」
楽しそうに笑うリディアだったがその表情は苦し気だった。胸を押さえながら荒い呼吸を何とか整えようと必死だった。
「ははっ……ああ、だめ……1人じゃ足りない……でも、ああもう……邪魔だなこれ……本当、こういう時は困るっての……」
蹴り飛ばした死体の方向に一度身を隠し、大きく深呼吸をする。解放されたことで、落ち着いたのか、それでようやくいつもの冷静な仮面をつけ直すことができた。
「さてと……妙なことをしてるのはライナーっていう人。この情報だけでも十分だけど。グレイブ隊長さんとやらの部下が、あっちの方って言ってた場所だけ確認して帰るかな……もう1人ぐらい狩っても……ああもう、だから駄目だって……もう帰る? いや、でも……いや、いく……いや、先に……ここの、後始末、だね……どうしよう……そう、だね……この人は落ちたことにしとく、か……」
朦朧とする意識の中、必死に証拠隠滅を図るリディアの姿がそこにはあった。
一方、その頃のゼーレンでは、第三区画のミコ宅からセシリアが今、偵察に出ようとしている所であった。
「じゃあ、行ってくるわね。」
セシリアさんは昨日までの軍服だけの姿とは違い、きちんと急所を守れる軽鎧も着た姿だったことに不安を覚えた。
「その。気をつけていってきてくださいね?」
「安心して。崖上の確認、って言ってもこの双眼鏡で目視できるポイントまで移動するだけ。流石に1人でゼーレンの城壁から外へ出て崖上の調査になんていかないわ。ゼーレンの城壁へとアクセスできる崖を確認できるポイントは抑えてるから大丈夫。それに、帝国軍がそのポイントまでそこまで進軍できてるわけがないし、もしそうだったら」
「もちろん。報告してくれるのよね。」
突然横から声を掛けられる。そこにいたのは……青みを持った銀髪の女性……トーマスさんの視点で見た、そして、ルルブのNPC紹介で見たことがある、エリアーナさんだった。
「エリアーナ様!? 一体なぜ……」
「よお、ミコちゃん。早速来たぜ。でも、セシリア、今からどこへ行くんだ?」
「えっと。それは……」
セシリアさんが2人に対して何処まで話すのかを瞬時に考え始めてしまったので、ここは私が引き受けることにした。隠すようなことはしていない。それに、この2人が用があるのは、私だ。
「セシリアさん。変に誤魔化さなくても大丈夫です。その。ここではあれですので、中に。でも、セシリアさんは行かせてもらってもいいですか? 大事な用なので。」
「その内容は貴方が話せることかしら?」
「はい。」
「……わかったわ。セシリア。貴方は行っていい。ただし、内容次第ではあとで包み隠さず話すこと。いいわね。」
「か、かしこまりました……」
淡々と命令するエリアーナさんの声には『感情』がなかった。夢で聞いた時と、全然印象が違う。威圧感すら感じるその口調に、セシリアさんがかしこまってしまうのは当然だ。
「おい、セシリア。何しに行くのかは知らねぇが、状況が状況だ。怪我は許さないからな。覚えとけ。」
その様子をみてか、カイさんがフォローを入れてくれた。ちょっと言葉はきついけど本当に怒ってるわけじゃない。そういう感じで。でもかしこまって焦ってしまっているセシリアさんにはきちんと届いてないみたいで
「かしこまりましたっ! そ、それでは!」
ちょっと焦りながら走り去っていったセシリアさんを少し微笑ましく見送った後、私はエリアーナさんとカイさんを家の玄関へと案内した。
「お邪魔しますってな。」
まずはカイさんが元気よく入ってきた。靴を乱雑に脱いで置きっぱなし。男の人っぽい。
そして続いてエリアーナさん。
「お邪魔するわ。」
そういって土足で上がろうとした。え? ちょっと待って。公国の一般家庭は土足厳禁のはず……いや、リディアさんは土足だったしそういうもの……いや、カイさんは脱いでるわけだし……と私が考えている間に
「おい、ストップストップ! エリアーナ、靴脱げ!」
カイさんがエリアーナさんを文字通り、止めた。
「あ……」
それでようやくエリアーナさんが目を見開いた。……自分で何をしようとしたのか、今気が付いたの……? 嘘でしょ?
「はあ……お前さ、本当、こういうことは頭から抜けるようになっちまってさ……ほら座れ。脱がせてやるから。」
「いい。やり方はわかる。自分でできる。」
そう言って自分で脱ごうとするエリアーナさんと世話を焼こうとするカイさんがちょっと問答をする。なんか、明るい雰囲気。
……うん? 待って。なんか、2人のイメージが、違うんですけど?
「変な所を見せたわね。はい。これ。」
「あ、は、はい……えっと?」
「焼き菓子よ。嫌い?」
「い、いえ……」
なんだろう……この、独特な感じは……あれ? トーマスさんの夢の時はもっと、しっかりしていたような……? あまりに記憶の中のエリアーナさんと今、目の前にいるエリアーナさんが違う……強化って、いったい何? と、とりあえず……セシリアさんのことも話さないといけないし、リビングできちんと話そう……
「えっと。お話ですよね。こちらのソファーにどうぞ。」
「ありがとう。カイは?」
「俺はこっちの椅子のが好きだ。」
……あのー……カイさん。その、背もたれを抱えて座るような座り方、よく小学生がやるやつ……だめだ。なんで? リディアさんもそうだったけど、ゼーレン防衛隊の人ってみんなこうなの? みんな独特のペースあるの? やり辛いんですけど!
「さて、早速本題にうつるわね。支部長がいるとはいえ、あまり不在にはできないし。」
「は、はい……」
「貴方はリディアの何?」
「え?」
待ってください……端的過ぎて何を話せばいいのかがわからないです。その質問……しかも、エリアーナさんの言葉って、抑揚とかあまりないから、どういう意味合いかも悟れないし……
「エリアーナ……おい、それで伝わると思ってるのか……?」
ありがとうカイさん……わからないよ……伝わらないよ……
思わず、カイさんに頭を下げると、カイさんは手をあげて苦笑していた。
「……失礼。そういえばそう。貴方にはこちらの事情を一切話していないわね。じゃあ」
「ストップだ、エリアーナ……まさか全部話す気か?」
「何故?」
「全部は長すぎるだろうが! 要約しろ、要約!」
あ、なんかむすっとした……エリアーナさん、どうなってるの……? 強化されて感情なくなっちゃったのかな、と思ったらなんか、完全にってわけでもない感じだし。かといってなんだろう……リディアさんの話を聞く限りでは融通が利かなさそうだけどそれは、もしかして軍事面とか、そういう分野だけだったりするのかな……?
「はあ……わかったわ。要約するわ。ゼーレン防衛隊は、貴方がリディアに提供した情報について、出所を疑っています。何故貴方はリディアに情報を提供するのか。何故この時期に現れたのか。それを説明してください。」
……すっごく簡潔だ……確かに、リディアさんに私が情報を提供したことになっているから、聞きにくるのは正当……
カイさんもじっと私を見てる。どう答えるかなって事かな……まあ。そうだよね。私は突然現れた不審者で、情報を持ちすぎていた。でも、セシリアさんと話して決めた。
通用するかどうかはおいておいて、これを通そう。これが通れば、セシリアさんの今の行動も理解してもらえるはずだから。
「私も何でこの時期にここに来たかまではわからないです。だけど。巫女として、このゼーレンを勝たせるために神様からの神託を預かってきました。」
……神様。私に『こんなこと』した貴方が悪いんですからね。貴方がどうして私に狙いを定めたのか未だわからないけれど。もしも貴方が本当に私の名前で決めたっていうんならこれは、貴方が始めた物語です。私にこのシナリオをクリアさせる気があるのなら。私の架空設定に付き合ってください!




