神様! ルールを推理させないでください!
森の中を疾走する黒い影。リディアは帝国軍が行軍するために灯している明かりが作り出す、ゼーレンの森の木陰のわずかな闇に上手く身を隠し、様子を探っていた。
「ん~ 普通に、進軍してきてるねぇ……私が崖飛び降りたり、ジェットブーツで駆け上ったりでショートカットしたにもかかわらず、3時間ぐらいで移動できちゃう距離まで来てるのはなかなかじゃん。とはいっても。この人数が地形的に移動できるルートをとるとあと1日はかかっちゃうねぇ? いつ休む気なのかなぁ?」
行軍している帝国兵たちからにじみ出る恐怖と疲労の色をにやにや見ながらリディアは帝国軍にできる限り接近していく。
「それにしても夜に強行するなんてさ。疲れちゃうじゃん。愚痴ぐらい言ってるんじゃない? そうだよ、耳澄ませれば聞こえるかもね。」
じりじりと足音を消し、茂みに隠れて耳を澄ます。
「はぁ……なあ、どうする?」
「どうするもこうするも俺たちはもう終わりだろ。将軍に殺されるか、ゼーレンの連中に殺されるかのどちらかだ。」
「嫌だなぁ……」
一般兵だろうか。つい愚痴をこぼしてしまった兵に、後ろから軽鎧をきた、茶髪の中年男性が肩を叩いて注意をした。
「おい、お前ら! 何話してる!」
「あっ! す、すみません、グレイブ隊長!」
兵士は軽く頭を下げると、グレイブと呼ばれた男は軽く笑った。
「愚痴か? まあ、言いたくなる気持ちもわかるが。だが安心しろ。陣さえできりゃ、逃げてもいいぞ。将軍の命令は陣の構築だ。それ以外は聞いてない。」
(は? え? おかしくない? 陣構築して、叩き壊すまでが普通セットじゃない?)
リディアはつい口に出しかける。しかし、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
「何で陣を作るだけの命令なのかは知らんが、後方に何か策があるんだろ。魔道装甲鎧なんて用意していたしな。」
「でもあれさ、別の方向運ばれてなかったですっけ?」
そういい、兵士は運ばれていったであろう方向に顔を向ける。
「あ? 知らん。配属されない兵器にどれだけの価値があるんだ? 興味ないな。」
(魔道装甲鎧があるのに前線の陣構築に使わないの!? それおかしすぎるでしょ! 何この隊長さん! 無能?)
「10万の兵を使って、兵士が1万、住民3万しか住んでない都市を蹂躙するなんて作戦考えた偉大な将軍様の案なんて俺が知るか! しかも。自分らで1万近く削ってりゃざまねぇーよ。はっ! こんな計画を承認する国の上層部はさっさと首きられりゃいいんだよ。」
吐き捨てるように強い口調でいうグレイブ。
「た、隊長……その。それを聞かれたら……」
「はんっ! 将軍様は後ろで今頃ぐっすりだ! 気にするな! 陣を構築しろっていうのは体のいい処刑宣告だろうよ。だが俺はお前らを死なせはしないからな。安心しろ。そのための兵3万だ。いいか、お前ら。危なくなったら森があるんだ。散って逃げろ。帝国領土は広い。その気になりゃ、兵士だってのをばれずに暮らせる土地はある。生きることを優先していいからな。」
(……あ~ なるほど。逆か。この隊長さん、割と有能だね。自分が捨て駒扱いされてるから。作戦失敗して帝国上層部の首が飛べばいいと思ってるわけだ。これは使えるね……でも。偉大なる将軍様がそういう命令を出した裏側。どうもここでは聞けそうもないね。もう少し奥、か。ちょっと時間がかかりそうだね。)
その時だった。
『ドクンッ』と、リディアの心臓が高鳴った。
『こんなに美味しそうな獲物がこんなにいるのにどうして殺しちゃだめなんだろう。』
そんな声がリディアの頭に鳴り響いた。
(あっ……まっず……そう、だよね……調整か、大暴れか……最後が2日前? 相変わらず、早いね……でもダメ。今回は偵察……ここであの隊長さんとその周りは殺せない……もっと、もっと殺しても問題ない奴、探さないと……!)
リディアは逃げるようにその場を離れる。しかし、体はさっきの話し中に兵士がふと見た方向……魔道装甲鎧が運ばれた方向へと自然に向かっていた。
一方その頃のゼーレンのミコ宅では平和な1日の終わりを迎えようとしていた。
……はずだった。
オカシイ。セシリアさんがお風呂から出てこない。私がお湯を張ったからセシリアさんは入るだけ。もうすぐ30分ぐらいになっちゃう。昨日分かったことなのだけど、この世界、というより公国のシステムではお湯は張れても保温する機能がぜい弱だから1時間もすると完全に冷めてしまう。私が手早く入って、まだあったかいうちに入ってもらったんだけど、大丈夫かな? そう思い私は、お風呂場へ向かった。
あれ、扉が少し開いている……?
「……大丈夫。ゲルド支部長も、他の強化人間達にも暴走の兆しはないわ。相変わらず、リディア様だけは読めないけれど。……ええ……ええ。そうね。それはそうとして、貴方の方は大丈夫? 王国軍は動いていない? ……そう。よかった。そう報告したかいがあったわ。」
水音の中にセシリアさんの声が混ざり合うように聞こえた。これなら確かに家の外には聞こえない。けど、扉が開いてたら……
それにしてもセシリアさん? もしかして携帯電話のようなものをお持ちで? えーっと……そういう物ってあったっけ……私は必死にルルブの装飾品やアイテムの一覧を思い出す。
「でも実際、10万という情報が本当だったのは驚いたわ。……貴方がいればもっと簡単な話だったのかもしれないけれど。……ふふっ、そうね。貴方は支部長が嫌いだものね。……ええ。じゃあ。貴方も気を付けて。サイラス。」
サイラス? 誰だろう……いや、今は先にアイテムの方を探さないと……あった! 多分これだ!
『通話用イヤリング』
2つで1つのセットアイテム。王国軍が使用する諜報用アイテムで非常に高価で貴重なもの。耳に装着し、魔石をセットすると通話が可能。ただし、消耗が激しいため通話できる時間は大体5分。
うーん……これならセシリアさんなら、持っててもおかしくはないし、イヤリングだったら肌身離さず持っていれば誰にもばれないから今使ってても不思議じゃないか。
話してもらえないのは残念だけど……それを言い出したら私も同じ。ちょっと落ち込みながらも、話が終わったのを見計らって私は声をかけた。
「セシリアさん~! 長風呂は良くないですよ! 早く出てきてくださいー!」
声をかけながら私はそっと扉をしっかり閉めた。セシリアさんが気にしなくてもいいように。
だけど、1人。私のことを許してくれない人がいた。
閉め終わって、声をかけて、廊下へ一歩を踏み出した、その時だった。
カツンっ……コロコロ……
…………神様?
あの神様? さっきまで、このダイスはここにありませんでしたよね? 6? ダイスの出目、6ですか? 心の中で必死に叫びたくなるのを押さえてそのダイスを拾い上げる。何の変哲もない6面ダイス。一般的に言うのならサイコロ。そういえば、前回拾った時のダイスはセシリアさんは今も持っているのだろうか? 10面ダイスはリディアさんが持っていて消えていないことがわかっている。物理的に出現したらそのままなのか、それとも10面ダイスと6面ダイスの扱いは違うのか……廊下で少し考えていた。
「どうしたの、ミコちゃん。あら、サイコロじゃない。」
どうやら私は結構長考してしまっていたようで、お風呂場の前でダイスを片手に考え込む姿をお風呂から上がったセシリアさんに見つかってしまった。不思議そうにダイスを眺める私に貸して、と言わんばかりに手を出してきたので、そっとその手にのせた。
セシリアさんが1面1面確認していく。強度の確認もするためなのか、しっかりと指と指で固定した状態でもう一方の手の指で弾いていた。
「前と同じものね……ああ。そうだわ。そういえば話しておかないといけないと思っていたのだけど。前のサイコロ、消えちゃったのよ。不思議よね。」
消えた……私は顎に手を当てて考える。10面ダイスと6面ダイスの違い。6面ダイスがもし、トーマスさんの夢と関りがあったのなら……役割を終えた、ダイスは消える? 確認しよう。
「セシリアさん。消えたのはいつか分かりますか?」
「え? えっと……昨日この家にしばらく住む話になったでしょう? あの時に気づいたわ。いつ、までははっきりわからないわね。」
……可能性はあるかな。ということは……神様がいったい何を基準にダイスを振らせているのかわからないけれど、この後何かが起こるのは確定、かな……
「セシリアさん、そのサイコロ、私が持って寝ます。」
「え?」
「もしかしたら『神託』のきっかけかもしれないので。」
「……え?」
……私は、大真面目なんだけど。うん。傍から見たら、その反応は間違いじゃないと思います……
こうして私は、この日、覚悟を決めて、ダイスを握り締めて寝た。
前回はダイスの後に『あんな夢』を見たのだから、と。




