神様! 時計の針が止まりません!
(思った以上にあの子は使える。最初はただのちょっと情報持ってるだけの放浪民かな~って思ったけれど。一応保護したセシリアが庇う素振りを見せたら自分も庇い直しに行く誠実さ、そして……理不尽なサイコロゲームを提案されて乗ってきたうえ、自分からサイコロを振るって言ってくる大胆さ。あれで『買い』だと思ったよね……本当、いいお買い物だったよ。長く使うためにも汚れ役ぐらいは引き受けてあげないとねぇ……)
そう心の中で呟きながらリディアが扉を開けた先。そこはゼーレン防衛隊が根城としている作戦会議室だった。カイ、トーマス、カッセル、ゲルド……いつもの面々が揃う中、いつも通り、一番の上座に座り、資料を広げているエリアーナに対して歩み寄ったリディアはどんと手を机の上に置くと早速本題を切り出した。
「ってなわけで。相手の状況の偵察、必要じゃない?」
「リディア。突然すぎるわ。それに主語がない。」
普通なら驚きそうなその提案を、エリアーナはいつものことと流すようにさらりと受け流した。
「でも言わんとしてることはわかってるよね? だったらいいじゃん!」
「相手が夜襲を受けてどのように動いてくるのか、確認することは重要。だけど、貴方を動かすほどじゃない。事実、相手の動きは追えている。必要性は薄い。」
エリアーナはリディアの提案を跳ねのけるように、相手の進軍経路をまとめた資料をリディアに差し出しながら答えた。
その機械のように精密に綺麗な字で書かれた資料をちらっと目で追った後、リディアはそばにあったペンを取って言う。
「そうかな? 例えばさ~ 帝国軍の誰が、動いているかは割と重要じゃん? ね、支部長!」
リディアはそう言いながら資料に書かれた敵軍の中団あたり……をマーキングしながらゲルドに尋ねた。
「誰が動いているのか、か。まあ、あらかたバルバレスだろう。3年前、10機の魔道装甲鎧で私を暗殺しようとしたのも奴だった。ことごとく作戦を打ち破られ、ついに痺れを切らした……このあたりだろう。ふん、いい気味だ。」
「だとしたら~ 割と姑息な手でくる可能性はゼロじゃないですね~ その時も暗殺なんて方法だったわけですし~」
『バル爺』と雑に書きつつも、どこか煽るような言い方をするリディア。その意図に気が付いたゲルドはエリアーナに向き直した。
「……エリアーナ。お前には公国が入手できる限りの帝国軍の将軍階級の人間のリストを渡してあるな? その中にバルバレスのデータもあっただろう。今までの件も含めて、あいつがやってきたこと。どう思う?」
その言葉を聞き、エリアーナが資料を見る目を止め、資料を一度片付けた。そして少し考えてから、白紙の紙を取り出しながら答えた。
「それは以前から不思議に思っておりました。彼のデータ自体は、暗殺などという手段ではなく、正面切っての戦いをする典型的な帝国軍の将軍です。ですので、物量で攻めてきているという現実がある以上、今回の作戦にバルバレス将軍が関わっていることに関しては何も不自然ではありません。」
そこで一旦話を区切ると、白紙の紙に118年、と書き、バンと手を置き強い口調で言葉を続けた。
「しかし、3年前の作戦への関与について納得はできません。このことから、ゼーレンへの執拗な攻撃……いえ、帝国軍にとっては些細な軍事演習の数々は、総指揮官の価値観の元、別の誰かによる物である可能性が高い。」
そのエリアーナの言葉に頷いたのはカイだった。
「だよなぁ……正々堂々と戦いたがるタイプのやつが、暗殺なんて手段に出てるのはちょっとおかしいよな。とはいえ、こっちも似たようなもんだけどな。」
「へぇ。君が、そう思うんだ?」
カイの言葉に驚いたように目を見開き、眼鏡をかけ直すトーマスの言葉にムッとしながらカイが答えた。
「なんだよ、トーマス。おかしいかよ。こっちだってさ。前面に出てるのは支部長だぜ。でも実際、今の指揮のほとんどはエリアーナだ。支部長はがっちり防備を固める。それこそ手段を選ばずにな。それに対してエリアーナはどちらかというと穴作って誘い込んでバッサリ叩き切るのが好きだろ?」
この言葉にムッとした表情を見せたのはエリアーナだった。
「カイ。それは、語弊がある。」
「語弊はあるけど間違いはなくない~? 実際、エリアーナってさ、必要な部分以外は固めないじゃん? 非効率的だって言ってさ。えーっと。何って言ってたっけ? 元を絶たないと終わらない、だっけ? 実は支部長より攻撃的なの好きだもんね~?」
「リディア、からかわないで。」
カイとトーマスから広がったエリアーナとリディアの微笑ましい口喧嘩を見ながら、ゲルドが少し微笑んだ後、真剣な顔を作り直してから咳ばらいをした。
その場にいた全員がそれにあわせて、表情を引き締め直した。カッセルが、その場の流れをまとめるように口を開いた。
「ふむ。だが、まあカイの言う通りだな。表向きは支部長。裏ではエリアーナが我々だとしたら、向こうも同じように、表向きはバルバレス。裏では別の誰かが動いてる可能性はあるだろう。その誰かを突き止めるべきかもしれませんよ。支部長。」
「カッセルの言う通りだ。エリアーナ。リディアを動かすほどではない、というお前の意見はもっともだが、『相手の指揮官が誰かを突き止める』という内容であれば敵陣深くに入り込む必要性が出てくる。もっとも帰還率が高いのは、リディアだろう。」
それに対してエリアーナは首を横に振った。
「いいえ。そもそもそれが理由であるならば派兵する必要性がありません。おびき出せばよいのですから。」
「その成功率はいかほどだ? 現状、相手は強襲を受けたという認識だろう。そうした軍隊が少数による強襲や囮作戦を再度警戒しないわけがなかろう?」
「……それは……」
「現状で最も確実な方法は単騎偵察。頭ではわかっているはずだエリアーナ。お前はリディアを行かせたくないだけだろう。違うか?」
「……」
ゲルドから視線を外しながら、うっすら汗を流すエリアーナの顔を見て動いたのはリディアだった。
「あ~! 支部長ストップストップ! エリアーナ、私のこと心配してくれてるの? ありがとね! でもさ~ こんな状況でさ。支部長からの『調整』。私が心底楽しめると思ってる? 私はさぁ。ゆーっくり、支部長に可愛がってもらいたいんだよねぇ?」
「……!」
その言葉で、エリアーナの表情は先ほどまでの苦痛をにじませるものから一転、困惑と怒りの色を見せ始めた。
「だから~ 私は、早く終わらせたいわけ。せっかく、面白い可能性を『情報源』からもらってきたわけだし。確認して、一刻も早く終わる方法を、エリアーナには考えて欲しいわけなの! わかる?」
「貴方はそうやって……」
普段、単調なエリアーナの言葉に強弱が含まれ始めたのを察してか、リディアは早く話題をきろうと急かすようにエリアーナの腕を引っ張った。
「ん~? 何のことかさっぱりわかんないっ! で、行っていいの? 悪いの? どっち?」
その動きを見たエリアーナは諦めたように、再び感情の色を消した声色で淡々と答えた。
「……前と一緒で。命を大事に。わかったわね? 決まったならすぐに行きなさい。24時間でどの時間帯が一番相手の警戒が手薄か考えれば、わかることでしょう。もうすぐ夜よ。」
「はーい! わっかりました~!」
そういうとリディアはわかりやすく敬礼をしてその場をそそくさと去っていった。
その場に残された全員がリディアをただ見送るだけだった。
そんな中、確認するようにトーマスが口を開いた。
「エリアーナ。1人で行かせてよかったのかい? 僕も命令とあれば行くが?」
「いい。今回は相手の戦力を削ぐのが目的ではない。本当にただの偵察。ただ……リディアがただの偵察をするとは思えないけれど。」
「そこまでわかっていて、命を大事に、という命令だけとはなかなかクレイジーだね。」
「……そうね。『ただの命令をこなすだけの兵器』だと思ってそれだけの命令をしたなら貴方の言う通り相当『クレイジー』だと思うわ。」
自分がしたこと。リディアがしたこと。それぞれを噛みしめるような表情を見せた後、エリアーナは大きなため息をついた。
そしておもむろに作戦会議室から外へと出ていく素振りを見せた。突然の行動に、驚きながらカイが駆け寄る。
「お、おい! エリアーナ! どこへ行くんだよ!」
「もうすぐ夜と言ったわ。私は明日の早朝。行かなければいけない所ができたわ。人の家に行くのなら、手土産をもっては礼儀中の礼儀でしょう。」
このエリアーナの突然の回答に、この場にいた全員が呆気にとられた。
「は?」
「……そうだね、この行動は、クレイジーだ。」
「リディアもリディアだが、お前もお前か……」
「うん? どこかへ行くつもりか?」
そんな空気感など無視するように淡々とゲルドの質問に回答する。
「申し訳ありません。支部長。しかし、リディアがどこまで『兵器』として使えるのかの確認のため、必要な作業です。」
ゲルドは腕を組み、少し考えた後、エリアーナに諭すように語り掛けた。
「……エリアーナ。」
「はい。なんでしょうか。」
「無理にそう見る必要は、もうない。とだけ伝えておく。後は自分の心配をしろ。」
エリアーナは少し考え、複雑な表情を浮かべながらゲルドにはっきりとこう答えた。
「……かしこまりました。」




