神様がいない世界
「ま、その返事は後でいいや。それはさておき。帝国通のミコちゃんだから、相談できる内容として。新兵器は失敗しました。さあ、次はどうするでしょう? という相談があったわけで。」
「リディア様。そういうお話は一般人にすることではないでしょう。」
あ、セシリアさんだ。あはは……戻ってくるなり、私に軍事的な相談してるから、ちょっと怒った顔にもなっちゃいますよね……
「あっれ、セシリア、荷物のお片づけ終わったの~?」
何食わぬ顔でセシリアさんに手をひらつかせながらいうリディアさん。
……ほんっとうにこの人、抜け目がない人なんだなって思うよ……返事をしなくてもいい、じゃなくて、セシリアさんが来た気配がしたから、今返事をしないで、っていう意味ですよね、それ……?
不満げな顔を見せると、リディアさんは悪戯っぽく一瞬笑った。やっぱりわかっててやってる……
「いいですか、リディア様。彼女は騎士や軍人ではないのです。あの情報だって、自分の命惜しさの物で、それによって何がもたらされたのかまでは考えていないでしょう! これ以上はやめてあげてください!」
セシリアさんの言葉が少し引っかかった。何がもたらされたのか……?
よく考えてみる。ゼーレンが勝ちに近づいて……いや。待って。それは『ゼーレン側』の話だ。『帝国側』からしてみたら……?
……言われて気が付いた。そうだ。私は、自分が助かるために帝国軍の情報を渡した。その結果、どうなったのか。あんな水の塊が、おそらく帝国軍の陣に降り注いだはず。誰も死なないわけがない……私の情報は、人を殺した。
「あ~あ。今まで自覚してなかったのに、そういうの言っちゃうんだ~ セシリアは。気づかせない方がよかったんじゃないの?」
「遅かれ早かれ彼女ほど、頭の回る人間なら気付きます。今言うべきです。前回のことは、不可抗力という言い訳があるうちに。」
おそらく、2人とも私の顔色を察知したのだろう。実際、気づいた瞬間、血の気が引いてしまった感覚があったから。だけれど……私は知っていたはずだ。この場所がそういう場所だって。命のやり取りが真剣にされている世界だって。
トーマスさんの視点での夢を思い出す。一瞬にして消えた命。真っ赤な風景……殺さなければ殺される。ここは、そういう世界。この場所だって、今は安全だけれども、それでも完全に安全ではない。そして続くとも補償されていない。ここで、私は生きていかなければならないかもしれない……
でも……なら、守ってくれる人に甘えるばかりでいいのかというと……私は、自分の生き方ぐらい、自分で決めたい。
「セシリアさん、気を遣ってくれてありがとうございます。確かに、その通りでした。全然気づいていませんでした。そうですよね。私がゼーレンが勝つように動くということはそれは、帝国軍の人を殺しているのと一緒。今まで、気づかなかったです。」
震える声を必死に抑えながら回答したつもりだった。
「ミコちゃん……だから」
でも、完全に隠しきれてなかったんだな、とセシリアさんの反応でわかった。だから私はセシリアさんに表情をはっきり見せるように顔をあげて、はっきりといった。
「いいんです。私はここに居るって決めたので。だったら、覚悟は決めないとダメです。自分がいるって決めた場所を守るために、他人を殺す覚悟が必要な、世界ですもんね。」
セシリアさんが少し悲しそうな顔をする。リディアさんは悪戯っぽい顔を一切崩さない。……まるで、私がこう答えるとわかっていたかのように。
少しの間、沈黙が流れる。その空気感がなんだか居心地が悪かったから。
「それでリディアさん。帝国がしそうなことなんですけど……」
私は表情を崩さないでリディアさんの方を見た。リディアさんが軽く頷いて私の言葉を待ってくれた。
帝国の次の行動について、まったく考えていなかったわけではない。あの時は結局、セシリアさんが帰ってきて、陽光果のジュースの話になってしまったから結論づけられなかっただけ。
126年。つまり私が知っているアルバーン戦記TRPGの世界では。帝国vs王国であり公国は殆ど関係がない状態からスタートする。これは公国が実質王国に加担するようになった……というより、今経験していることからどちらかというと王国が公国と争う理由がなくなって王国が公国にすり寄った可能性すらある……状態であったからだ。ではなぜ、王国は公国と争う理由をなくしたのか。クリスタの件もあるかもしれない。しかしそれ以上に、この第二次ゼーレン事変で公国が帝国に勝ったからでほぼ確定している。何故なら、ルルブの世界観の説明の所に一見見落としがちな場所にこう書かれていたからだ。
Topic! 王国と帝国、どっちが強い?
126年の時点では王国と帝国はほぼ互角の戦いをしているがこれは実は正確ではない。121年までは、国民を徴兵制で集めている帝国軍は圧倒的な物量での戦いで王国軍に対して優勢な戦いを繰り広げていたのである。しかし121年の第二次ゼーレン事変以降、この物量による優勢が崩れ始めた。物量による戦いの限界を知った帝国軍の将、グレイブが軍の訓練基盤や戦術を説き、帝国軍全体として軍部の質の向上を図り始めたのである。一方、王国軍はそれまで魔石による軍事拡張を控えてきていたが劣勢から開発を進めた結果、兵器の強化という形で徐々に戦況を覆し始めた。この裏には帝国軍に勝った公国の協力があったとされる。そして、ようやく均衡にまで至ったのが126年なのである。
ここにはっきり王国は公国と繋がっていることが示唆されている。118年のことがあったのに、だ。そしてこうも書かれている。121年『以降』帝国は物量作戦を改めたと。つまり……この第二次ゼーレン事変では帝国軍は物量を使った作戦を主軸とする可能性が高い。城壁を壊す作戦がほぼ間違いないのであれば、実際に物量で押す作戦だったわけだし。だから……
「長期戦……」
そこまで言いかけてやめた。するわけがない。さっきこの街を見た。この街は自給自足がほぼできている。兵糧攻めなんて無駄だ。そもそも帝国は後方の山道まで封鎖できず、後ろからの補給は断つことができない。長期戦なんて帝国が不利になるだけだ。長期戦をせず、かつ物量で戦うとなると……そうだ。現代日本でよくあるあれだ! 大量生産大量消費!
「が普通ですけど、この街の構造上、無意味ですから……例えば、兵士を使い捨てにするような案でくる可能性があります。10万も兵がいて、指揮官が人を人と思わないような人なら、ありますよね? ……ただ」
「あ~ 帝国軍の隊長さんがどんなのかにもよるってわけね。確かに。人を人と思わないようなゴミ以下ならやりそうだわ。いいよ、相手の指揮官がどんなのか知れれば次の行動見えてくるってんなら少し敵陣視察、しちゃおっか。」
「「はいっ!?」」
声が重なり、ついセシリアさんの方を見る。セシリアさんも私の顔を驚いた様子で見ている。ですよね、ですよね、セシリアさん! この人、とんでもない提案をすぐに受け入れすぎですよね!?
えっと。手を、頭の方に持っていって……あの。そのポーズはもうなんというか、私いい案考えたんだけどな~って感じのポーズなんですけど……?
「え? 多分さ。結構被害受けてるはずだからさ。しばらく攻めてはこないはずなんだよね。しかもさ、相手は警戒しているとはいえ、こっちは作戦成功したって思ってるだろうからさ。こっちもしばらくは大きな一手は打ってこないだろうと思ってさ。警戒MAX! って感じではないとは思うんだよね。行くんなら今じゃない?」
そんな、ピクニックに行くような感覚で言われましても……
「一応、エリアーナに報告してからにするよ。変に勘繰られても嫌だしさ。あ、貴方の提案だってことにしとくね? だって、敵の指揮官知りたいって言ったの貴方だもんね?」
ちょっとおおおおおおお!? 私、その話に対しては返事してませんけどっ!? やめてください、ウインクなんて! 可愛いとは思いますけど可愛くないです!!
っていかないでください! セシリアさん止めて! セシリアさんをじっと見る私。
「……」
そんな、そんな諦めた顔で、首を横に、振らないで下さーーーーい!!!




