神様。ルルブの記載は薄すぎですよね。
「それで。元野営地で試作魔力銃は回収できたのか?」
帝国軍の行列の中団付近。いや、現在の前列となっている場所で、明らかに他と違う派手な鎧を着た恰幅の良い指揮官が周りの兵に状況を確認していた。鎧には帝国軍の龍の紋章。これは帝国軍の将官クラスにのみ、それも現場の上位の人間だけが掲げることが許された紋章であった。
「いえ、その……」
「バルバレス将軍、落ち着いてください。公国軍の夜襲からまだ半日ちょっと。相当大規模な夜襲だったようですし、警戒しながら回収する。それも大気異常が発生したエリアで、です。回収が完了するまで2日は待つべきですよ。」
回答に困る伝令兵と思しき兵を庇うのは、こちらもまた帝国軍の龍の紋章が縫い付けられている軍服を着た目つきの鋭い将官だった。まだ、縫い付けられて間もない様子から将としてまだ間もない若手であることがわかる。
バルバレス将軍と呼ばれた鎧の指揮官はテントに置かれたテーブルをドンと叩き、怒鳴りつけた。
「ライナー! 我々には時間がないのだ! 上層部の命令を無視して出兵している! 準備不足による兵糧不足に加え、武器の喪失は想定外だ! このままでは当初の予定通り、ゼーレンの城壁を試作魔力銃で叩き壊して一気に占領する作戦が実行できなくなるではないか!」
首からぶら下げた懐中時計がゆらりと動く。ライナーは身振り手振りでバルバレスが落ち着いて話を聞くよう、諭した。
「ですから、落ち着いてください。昨日の夜襲で多くの兵が上空に現れた水の塊、そしてそれが着弾した地点の氷化を目撃し、士気が落ちております。」
「あれはいったい何なのだ! 公国軍の新兵器か? 氷化? 聞いたこともないわ!」
「はい、私も初めてです。我々はゼーレンを『野猿』と行ってきましたがどうやらあそこの猿達はかなり知恵が回るらしい……厄介この上ない。ただ数で押せばいい。そう思っておりましたがどうやら考え直さねばならぬようです。」
そういい、ライナーは大きく息を整え鋭い目をさらに細め、言葉を続けた。
「どうでしょう? いっそ昨日ので戦意を喪失した兵を『帰宅』させるのは。そうすれば兵糧問題も多少は解決するでしょう。」
その言葉を聞いたバルバレスが大きく目を見開いた後、ふっ、と息を吐いて口角をあげながら口を開く。
「『帰宅』……か。綺麗な言葉で片付けるが要するに、見せしめだろう?」
「仕方がありませんよ。我々は負けられないのですから。それを示さなければ。」
バルバレスはライナーの言葉を受け取ると、右往左往していた伝令兵に指示を出す。
「ふむ。悪くない案だ。おい、お前。あの野営地から逃げ出した兵を一人残らず引っ張り出し、森の木という木に括り付けろ。そして首を斬れ。」
逃げた味方をとらえ処罰せよ。普通の一般兵であればその指示だけで逃げ出したくなるような内容。
「そ、そんな……」
顔を歪め、泣き言を口にした兵に対しバルバレスは無常に指示を続ける。
「やらないというのであれば貴様がまず最初に森の肥やしになるが?」
「は、はいっ!」
その言葉に青ざめた兵は慌ててこの場を逃げるように立ち去って行った。
その兵を見送り、バルバレスはライナーの方へと向き直した。
「さてと……ライナー。どうする。処分には1日。回収の状況次第で次の作戦を考える、でよいかな? いいか、回収状況が良い時と悪い時、2案を用意しろ。先ほども言った通り、我らには時間がない。1日じっくり考えろ。」
「かしこまりました。バルバレス将軍。このライナー。必ずやゼーレンの城壁を粉砕する案を提示いたしましょう。」
そして場所と時は戻り、同日夕方のミコ宅。
「セシリアさんって、手先器用だったんですね。」
日が傾き始めた頃。元封印の間である書斎で、私がセシリアさんが持ってきた資料を流し読みして、机の上に関連資料ごとに分けている作業中。ちらりとセシリアさんがリディアさんからもらった火薬銃を解体している様子を見て驚いた。
セシリアさんの視線はずっと銃のネジや繋ぎ目。解体する銃から目を離さない。にも関わらず、セシリアさんは床に並べた工具箱からそのネジに合った形だったり、繋ぎ目を解放するために必要な工具を、まったく見ずに手の感覚だけで選んで正確に解体を進めていっていたのだ。
「え? そんなことないわよ。」
私の声に反応してセシリアさんが少し微笑みながら私の方に顔だけ向けた。そして再び銃に顔を向き直して同じ表情のまま、少し声を弾ませながら話を続けてくれた。
「私は子供の頃に妹と一緒に父親と母親に捨てられたらしくてね……諜報員として育てられたの。こうした普通の女の子が触らないようなものも色々勉強させられたの。本当はもっと遊びたかったわ。だから、これは遊びみたいなものなの。」
そう言いながら少し自慢げに工具を手の甲の上で回して見せる。
「ザメック博士が王国にはいない。この情報を得た時の喜びはひとしおだったわ。ようやく、王国以外の国が見れるって思ったものよ。」
そこまで言い終わって、表情が明らかに暗くなる。回して遊んで見せていた工具の動きも止まる。
「でもそれは一瞬だった。王国内で帝国に攫われた、という情報から帝国で情報収集をしていたときよ……王国に進捗を報告したら。家族のこと……妹のミリアのことを、忘れるな、だって。」
顔は銃に向けたまま再び微笑みを見せるセシリアさん。だけど、その微笑みは最初に見せてくれたものとは違って嘲笑的な含みを持っていた。
「馬鹿よね。所詮私は諜報員。王国の手足。それ以外の感情を持とうとするな……そういう、警告。諜報員になってしまった時点で王国という檻に私は入れられたようなもの。そう、気が付いたの。」
そして私から顔をそむけた。
「だからね、ゼーレンの強化人間を知った時……私は、ミリアを連れてくるかどうかを、真剣に考えたのよ。もしかしたらゼーレンは……世界で一番、安全な場所なのかもって、ね。」
これが、嘘だろうか? 嘘をついている人の顔だろうか?
最初は、スパイだと少し警戒はしたけど優しかったから利用した。そして少しずつ信用できるようになって、甘えた。状況が変わってお互いに嘘が付けない状態になって本音をさらし合った事もあった。だけどその晒しあいは嘘だったかもしれないと気づいてしまって、疑った。でも……
「やっぱり少し、都合が良すぎるわよね。私の言い分。」
そう言って寂しそうな笑顔を見せる。……私は、やっぱり、この人の笑顔を信じたい。
意を決して、『あの事』を告げよう。私は小さく息を吸って、ゆっくりと吐いてから言葉をつないだ。
「あの。セシリアさん。そのまま銃を触りながらでいいので教えてください。」
そう。こちらを見ないでください。私の顔、多分、今酷いので……
「ん? 何?」
涙が溢れそうになるのをこらえて淡々と、私は私の推理を話す。
「セシリアさんは118年に帝国がゼーレンを攻めた事件が起こることを、知っていましたね?」
あっていてほしくない、だけどあっている可能性が高いこの推理を。
「……ええ。ところでそれは、現地で知ったの? それとも、推測?」
誤魔化しなく。そうだという。観念した様子もない。ただ、私なら辿り着いてもおかしくはない。それぐらいは思っていてくれたのかもしれない。その確認も含めるように私は言葉を続けた。静かに。淡々と。
「推測です。セシリアさんはザメック博士が帝国に攫われそうになったことを知って、帝国で情報収集している時にこのゼーレン攻めの事を知った……違いますか?」
「何も間違っていないわ。流石の情報整理能力ね。」
心なしか、セシリアさんの声のトーンも先ほどまでとは違い静かで落ち着いていた。……私がここまで推察するのは、セシリアさんもやれると判断してくれていた……では、次の言葉はどうだろうか。搾りだすように、言う。
「そしてそれを王国に報告し……クリスタが襲われるきっかけを作った。」
カラン……
セシリアさんの手から、工具が転がり落ちる。
……あたり、か……
セシリアさんが私の方を見る。驚愕の表情、だけど、すぐにその表情は『あてられたことへの驚き』ではなくて『私の酷い顔を見ての驚き』に変わった……気がする。
「情報整理してて、気が付いちゃったんです。セシリアさんの話してくれた内容が全部正しいのなら、欠けている部分に何が入るんだろうって事に……」
「でも私は! 本当に今は公国のために」
「はい。今は間違いなく公国の一員として動いてくれるという覚悟を決めてくれたと、信じてます。だけど昔は……間違いなく公国に害をなす、王国のスパイだった、んですよね。」
少しの沈黙。気づいたら流れおちていた涙を袖で拭き、じっと、セシリアさんの答えを待った。セシリアさんは小さなため息をついてから、諦めたように話し始めた。
「……ええ。でもこれは、話せなかったのよ。誰にも。話せば……公国の敵として動いていたことを知れば、ゼーレン防衛隊は私を許してはおかないでしょうから。」
「はい、その判断は、正しいと思います。そうした方がいいです。」
話せてよかった。明確な答えは貰ってはいないけれど、あの咄嗟の反応は。私が被せてしまった言葉の続きは今は本当にゼーレンの騎士として動く覚悟を決めた、という類の言葉だと、信じてる。ううん。信じさせてほしい。だからセシリアさんが元スパイ。これは、絶対に私もゼーレン防衛隊の人達には話さない。そう決めた。
「……ありがとう。これは、貴方には、話すべきだったわね。もしかして帰ってきてからずっと様子が変だったのはこのことだった?」
優しく、微笑ながら、それでいて少し、申し訳なさそうな表情で、私のことを気遣うセシリアさんは、やっぱり、女神だ。私はその女神に、首を振ってこたえた。
「それだけじゃないんですけどね。」
「……嘘つき。私のことで悩んでたのなら、最初に言ってくれればよかったのに。」
「すみません、そういう状態じゃなかったので。じゃあ、作業に」
ピンポーン
……え? 来客……ってちょっと待って!? この家って、インターホンがあるの!? そもそもインターホンって概念があるんだ!? 公国のお家って!!




