神様が私に求めたもの
「いい? 服がない以上、まだ人に会うのはやめておいた方がいいわ。誰かが来ても開けちゃだめよ。私がきちんと合いカギももらっているから、きちんとカギを閉めておくこと。いいわね?」
「もう、心配性だなぁ。いってらっしゃい!」
セシリアさんを玄関で見送り、家の扉に鍵をかけた。これで完全に1人きり。
ふらりとリビングへと向かい、ソファーにゆっくりと腰を下ろした。掃除したばかりとはいえ、やはり血痕が染みついていた部屋を1人で使う気にはなれない。真剣な考え事をするならやはり、落ち着いて考えられる場所がいい。
天井を見上げながら考える。なんで私があんなに、『この街に慣れるまで』という言葉が引っ掛かってしまったのか。それはすぐにわかってしまった。それは、セシリアさんが帰ってくるまでの短い間に私が考えなければいけないことが何かに、はっきり気が付いてしまったからに違いない。
そう。私が今、こうして経験していること、体験していることが全て、本当にTRPGのシナリオなのかどうか。
今まで私は、深く考えるのはやめていたのだと思う。考えてしまえば帰れないことへの恐怖や、絶望で動けなくなってしまうのではないか。そう、無意識に考えてしまっていたのかもしれない。だけど、こうして家を与えられた。
この事実はどんな事情があっても、重い。
最終的に私を元の世界に戻すつもりであるのならば。神様がそれを前提としてシナリオを構築しているのであれば、住まいなんて必要がない。仮住まいがあればそれで十分だ。例えば誰かの居候でも、それこそ牢屋でも。
つまり『家』という報酬物は神様から私への、この世界への永住を示唆するイベントである可能性が高いのではないか。そもそも、神様は『私にTRPGのPLとして遊ばせるためにこの世界に送った』のではなく『私をTRPGの世界の住人になるようこの世界に送った』のではないか……
確かに、ルルブにPC(冒険者)の居住についてという項目はアルバーン戦記TRPG2.0には存在している。しかしこれは、同じPCを使って単発シナリオを連続して遊ぶために作られたルール。明らかに今回のように一続きのキャンペーンシナリオで居住地を用意する必要性はかなり薄い。私がこの世界で生きることを神様は想定していた。
私はこれから、これを前提として、考え直すべきなのかもしれない。
ここから、シナリオとしてだけ考えるのはやめなければ、生きていけないのかもしれない。
今までもシナリオとしてだけ考えてきたわけじゃない。だけど、もっと現実の事として受け止める覚悟を持とう。もっと、現実を見よう。私は多分、『情報』にだけ注視していて『現実』を沢山見逃している。
もっとも、この世界の知識は私の武器だ。だからこれは捨てる気はない。そして、当面の目標。それは、このゼーレン事変を全員が幸せに乗り切る形を、わかりやすく、グッドエンドと呼んで目指す。これが一番いいのではないだろうか?
体勢を崩して、ソファーに仰向けになってみる。いくら現代日本に近い構造の家だといっても、壁紙をガンガンに使えるような環境ではないし、そもそも塗料も対して発達はしていないんだろう。私の知っている世界の色合いとはやはり違う。
そういえば掃除の時に、洗剤みたいなものは使っていなかったなと思い出す。その中で何気なく、セシリアさんが芳香剤のようなものは置いていた……窓辺に、その芳香剤があった。改めて深呼吸をすると、その匂いがかすかに香る。……日本で言うと、コスモスかな? 懐かしさで少し視界が霞む。
牢屋に入れられていたのなら何となく現実から遠く離れていて、まだ夢の中、とか自分を誤魔化すこともできた。でも、こうして落ち着ける場所を手に入れてしまって、考える時間が与えられてしまうとやっぱり……
若干潤みかけた目をこすって、ゴロンと転がる。ソファーに寝ころんだ体勢のまま、私は片付けの途中で見つけたペンとメモ帳を取り出して広げた。今までのことを思い出す。そうだ。メモを書こう。今まで私が何をしてきたか。そしてこれから何をしていくべきか。メモ帳の1ページに書き込みを始める。
中心にゼーレン、ゲルド支部長。大きくこの2つを書いた後、ゲルド支部長の下にゼーレン防衛隊として、エリアーナさん、カイさん、リディアさん、トーマスさんの名前を書いた。ペンをゼーレンの上でトントンと叩く。ゼーレンの防衛に携わっているのはファルシア公国騎士団であり、ゼーレン支部と呼ばれている。
再びペンを進める。ゼーレンの横に大きくファルシア公国と書く。そしてここに、アルバーン王国とガルディア帝国の名前をファルシア公国の右と左に書いた。矢印を書いた。ファルシア公国とガルディア帝国の間に双方向の矢印を大きくはっきりと。
ここまで書いてつい笑ってしまう。私にとって一番身近なセシリアさんの名前がないのだ。アルバーン王国の下にセシリアさんの名前を書こうとして、やっぱりやめた。セシリアさんはこっち側。ファルシア公国のゼーレン防衛隊の下に小さく書いた。
隣のページに数字を書いていく。118、121、126。少しずつ間隔を置いて大きくわかりやすく書く。そして121を大きく丸で囲って、『現在』と書き足す。今は王国歴121年。第二次ゼーレン事変の年。昨日の水の塊が魔法によるものであるというのならば、戦いが始まった、と考えていい。ここに関わる人物は私はわからない。全て追加サプリに記載があるはずだから。しかし……
私は『126』の数字までペン先を動かすと、ゲルド支部長、エリアーナさん、カイさん、リディアさん、セシリアさんの名前を書いた。この5人はルルブに記載がある5人であり、生きているからだ。
次にペンを『121』へ移動させ、同じように先ほど5人の名前を書き、さらに追加でトーマスさんとダリルさんの名前を書いた。この2人の存在は、私自身が確認したからだ。セシリアさんが口走った他の名前は書かない。あの時のセシリアさんはスパイとして、私をひっかけるために存在しない名前を口走った可能性があるからだ。今思えば、あそこで焦ってしまった自分が浅はかだったと感じる。冷静に考えれば、セシリアさんは立場上、嘘を織り交ぜてでも真実を明るみにしてくる人なのに、「勉強」という単語を見抜いていい気になっていたのかもしれない……
いけない。少し沈んでいるからって考え方も自虐的になってしまっている気がする。頭を横に振って気を取り直して、ペン先を『118』まで動かした。そしてゲルド支部長、エリアーナさん、カイさん、リディアさん、トーマスさん、そしてダリルさんの名前を書いた。セシリアさんはいない。ダリルさんの話では、セシリアさんがファルシア公国騎士団に加入しゼーレンへ来たのは2年前。つまり119年。この118年にはセシリアさんは関与していない。私が知る限りでは。……本当に? 何故か、心臓の音が高鳴った気がした。帝国は何故この年にゼーレンを攻めたのか。宣戦布告なしに行われる戦争のことを『事変』というので、帝国がいきなり公国を攻めたことになる。これ自体に違和感はない。しかし、この事を、本当に王国は知らなかったのか。
ドクンッ
いや……知っていた。王国は118年に『第一次ゼーレン事変』が起こることは、知っていた!




