神様が僕らを見捨てた日。
これは夢。それは間違いがない。でもまるで映画のように流れてくる。
僕はゼーレンの第四区画の城壁の上の通路で、哨戒を行っていた。
そこに突如、10の黒い影が空から接近してきた。通称フルアーマー。帝国の魔道装甲鎧……!? 話には聞いたことがあった。鎧にはめ込んだ魔石によって、都市を防衛する魔力防壁システムと同じものを結界として張ることができる鎧があると。しかし、空を飛ぶなんて聞いたことがない!
「トーマス! 撃つぞ! あれが噂のなら魔力を使い切らせればいいはずだ!」
「そうだな、ジョン! この1年、僕らの訓練してきた成果を見せてやる!」
「トーマス、ジョン、エネル! 俺はみんなを呼んでくる!」
「頼むぞガッシュ!」
10の黒い影に向かって矢を放つ。遠く離れているものの、僕らが持つ帝国式長弓V4.2は大きくて戦場では取り回しがしづらい品だが、こうして超遠距離での牽制射撃にはもってこいだ! 10の黒い影は矢によるけん制を嫌がってか散開し、森の中へと消えていった。
「わりぃ! 遅くなった! あれ、黒いのは?」
「森の中へと消えていったよ。ただ、いつまた上がってくるかはわからない。そもそも、空を飛ぶなんてそんなことってあり得るのか?」
「でも飛んでたよな。帝国軍、やべぇもん開発してるな……」
「いずれにしても今度上がってきた時には魔力切れにしてやるぐらい連射してやろうぜ! 1機でも多く落とすんだ!」
戦争は、そんな軽いものじゃないということを、僕はすぐに知ることとなった。
次の瞬間だった。森から1つの影が急速に駆け上がり、城壁通路に現れた。そして横にいたジョンがその影――魔道装甲鎧の右腕から現れた光の剣に真っ二つに切り裂かれた。僕はとっさに矢をつがえ弓を引く。狙いはわずかに見える兜の目通し部分。弓から放たれた矢は確かにそこに届いたはずだった。しかし。
着弾と同時に光の壁に阻まれる……魔道装甲鎧の魔力結界機能が発動したのだ……
「いい腕だな。だが相手が悪い。」
光の剣を出したままの右腕を振り上げる魔道装甲鎧。しかしその瞬間。
「これ以上やらせるな! トーマスを守れ!! 魔力を枯渇させるまで撃って撃って撃ちまくれ!!」
集まっていた第四区画の城壁弓兵隊の一斉掃射が行われたのだ。
「チィ!!」
たまらず防御にエネルギーを注ぎ込む素振りを見せると同時に光の剣がその姿を消す。そうか、魔道剣と魔力結界は動力が一緒だから同時展開ができないのか!
僕は震える手と足を無理やり動かし、急いで魔道装甲鎧から距離を取った。
「すみません! 僕も参加します!」
震える手を押さえて申し出る。しかしこの場にいた隊長はそのトーマスの様子を見て、城壁から降りるための階段を指さし、指示を出す。
「いや、お前はすぐにゲルド支部長を呼べ! ここは俺達が持たせる!」
僕は頭を下げて、指をさされた方向へと全力で走りだす。だけど、罪悪感から、後ろを振り向いてしまった。
「雑魚どもが! 援軍など呼ばせるか!」
魔道装甲鎧は矢をもろともせず1人、また1人と切り殺していく。その光景を、直視することになった。
「あ、ああ……」
足が止まる。逃げようとした足が動かない。城壁の通路が赤く染まる。黒い影が赤く染まる。まるで僕の視界のすべてを、赤く染めてしまうかのように。まるで時間が止まったかのように動かなくなった僕に、ゆっくりと黒い影が近づいてくる。
「お前のように急所狙いできるやつばかりだったらやばかったよ!」
そういい、白い光の剣を僕に振り下ろす。
次の瞬間。黒い影は大きく横に吹き飛ばされた。代わりにそこにいたのは光輝く手甲を身に付け、みたこともない顔で笑うリディア。
「トーマス。まだ生きてるね? あははっ! 安心しなよ! このゴミはさぁ……私が綺麗に掃除してあげるからね!!」
ゴミ? 魔道装甲鎧をゴミというリディア。リディアは昔から口は軽いし態度も軽い。しかしその天才的な戦闘センスは1年前に新兵として配属された5人の中では最も高い。だからこそ、支部長直属の護衛隊の一員になって、僕とは会う機会も減っていた。それでも時々会う時に見せてくれていたその無邪気な表情と態度は変わらない……と。そう、思っていた。でも。僕が知る彼女は人をゴミだなんて言わない。
「なんだお前は! くそっ、なんだ! うおっ!?」
光り輝く手甲で魔道装甲鎧を殴るリディア。1発目の衝撃で鎧がへこんだことで、恐怖を感じたかのか2発目が当たる瞬間、結界を展開していた。が。
ピシィ……
僕にもはっきりと認識ができた。結界が、ひび割れた。一度で耐えきれるダメージの限界に近いだけの衝撃が、さっきの一撃で入ったのだ。
「な、なんだと!?」
「あははっ! そりゃそうなるよ! これもさぁ……同じように結界張れるからね。ただ~ 局地展開だからぁ……こっちのが固いよねぇ?」
3発目、4発目。魔道装甲鎧の結界のひび割れが広がり、そして5発目。
パリィィィン!
「うそ、だろ……何で……」
「それはぁ……相手に対する思いの強さ、ってやつ?」
にこやかに魔道装甲鎧の上から拳を叩きつけて吹き飛ばす。そして、倒れた魔道装甲鎧の兜を引っぺがすと首に手を当て、そのまま、締め、引きちぎる様に「抜いた」。それと同時に、僕が僕であるための栓も「抜けた」。
「……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……人が、素手で、人の首を……うあああああああ!!!」
「赤、あかあかあかあか……」
視界が赤く染まる。視界が歪む。
「それで。――――」
「ちょっと刺激が強すぎたみたいですね~ ただのゴミの掃除なのに――――」
「こんなに赤くて綺麗でとっても楽しいのにねっ! あははっ!」
ゴミ? 赤、綺麗? あれが?
「嘘だ、嘘だ、嘘だ。人が人を手で? 嘘だ、嘘だ……」
「支部長。」
「エリアーナ―――――その権利はお前達――――私は死ぬ気はないぞ。」
何を言ってる? 何が行われてる? いや、どうでもいいや、赤くするんだろ、赤く。真っ赤に。
「おい! ―――――何で! いや、何をしたんだよ! リディアに!」
「あれ~? カイは―――――みんなみんな殺しまわってさ。―――――殺されないと思ってる―――――こんなに楽しいことはないんだよ!」
やだ、やだやだやだ! 僕は知らない、そんなリディア知らない!
「それに~ それで支部長もカッセルさんもみんな幸せになれるならいいじゃん。私も楽しいし! あははっ!」
「―――――」
「エリアーナ―――――のためなのだ。ゼーレンが帝国に勝つためには―――――処置なのだ。」
「そのために、―――――人間にするために、リディアを騙して――――――――――! 騙す必要はあった!? 黙っておく必要はあった!? ――――――――――私も痛いほどよくわかるわ! 今日、この瞬間! 人生で一番、そう願った! だけど、やり方が違う! 人として違う!」
「なら、人として死ねというのか。奪われた痛みを抱えたまま死ねと?」
死ぬ? 奪われる? 痛み? わからない。何もわからない。何がよくて何が悪いのか。
「全てでなくてもいい。奪われた痛みを、返さなければ、また奪われるだけだ。私はもう奪――――――――――必要な罪は私が全て背負う。」
「っ……わかってるっ……わかってるのよ……貴方は―――――自ら失くしてしまった人だって……」
「エリアーナ。私は。トーマスにリディアに使った技術を―――――使う予定だ。」
「これは―――――トーマスという男の残滓を守るための処置でもある。」
僕に何をするんだ? 何をされるんだ? 怖い怖い怖い!
「―――――長くはない。しかし。ゼーレンで開発された――――――――――精神に強い影響を与える。マイナスにマイナスをぶつける。」
「滅茶苦茶な理論ですが、元々壊れちまってるやつに―――――ぐらいはできますぞ?」
「この期に及んで嘘を言うな! ――――――――――!」
「……王国からですぞ。―――――私は逃げてきちまったわけで。だからこそ―――――技術を必死になって探してたのですぞ……」
「……ザメック。それ、本当なの?」
「本当ですぞ! ――――――――――同意を得たことを確認せずに施術をした私も悪い―――――この方法しかなかった―――――」
「……」
「エリアーナ! ――――――――――!」
「だったら! このゼーレンを、公国を守りつつ、リディアもトーマスも、みんなの日常を取り戻す方法ってあるの!? ないでしょ!」
エリアーナ、何を話してるんだ? 何を言っているんだ?
「支部長。お願いがあります。」
「なんだ?」
「……私を、この公国の、最後にして最強の、人間に改造してください―――――」
そこでプツリと意識が途切れる。
赤怖い赤怖い赤怖い……その思考にだけ支配される。赤が、きた。
「ごめんね、トーマス。あんなに怖がるなんて思ってなかったんだよ……冷静に思い返してみれば、そうだね。私があの立場でも怖かったかも。……あはは……ねえ、トーマス。私さ。おかしいみたい。おかしいんだよ。人殺してさ、あんなに笑えるの。楽しいの。私、どうなっちゃってるんだろ? いつから私、こんな私になってたんだろ? わかんないんだ。おかしいって気づけたのは、トーマスのおかげだよ。でもそのせいで……」
僕の腕に何かを刺す。僕にとどめを刺してくれるのか。優しいな……
「……ごめん、トーマス。聞こえてたら、さっきのなし。私がさ、そんなこと思ってるだなんて誰も知らない方がいいや。血は赤くて綺麗だなって笑ってる、怖い私に怯えてていい。だからさ。戻ってきてよ、ね? やっぱりさ。いないのは寂しい。怖がっててもいい。怯えててもいい。だからさ、行かないで。」
次の瞬間、左腕から冷たい何かが入ってくる。まるで僕を叩き起こすように。リディアがそう願ったものが、僕の体に直接、入ってきたかのような感触だった。
さっきのリディアの言葉が僕の脳にこだまする。僕の、動き始めた新しい思考は、その言葉を理解する。
リディア、君は...…ふふっ、わかったよ。僕が戻らないと行けない理由。
それは君のその思いを叶えるためだね。
いいよ……一緒に帝国を赤い血の色で綺麗に染めよう。君の素顔を覆い隠せるように。




