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カノープスの手帖  作者: あいはらしのや
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欠けたもの

 モントは無我夢中で走った。石畳で整備された村はまるで碁盤の目の様に家々が並ぶ。当てもなく走るモントはまるで迷路に迷い込んだように、眼の前が真っ暗になる。


 自分の中にある罪悪感は大きく膨れ、胸を押しつぶし息が出来ない程に苦しい。


「僕は⋯間違っていた。」


 モントは小石に足を取られただけで立ち上がることが出来ない。


 理路整然とエルツの腕を斬り落とす理由を並べた自分の言葉が、怖くて仕方がなくなっていた。

 あの時、命を救う方法は他には無かった。確かに無かった筈だ。だが、あそこに居合わせたのが自分でなければ⋯。と思考の声が頭の中に響く。


 “最善策の基準”は?エルツが腕を失った後まで考えたか?キンターやミュプフィア、シュラウスに押し付けた“役”は彼らの傷になるんじゃないか?


 巡る思考がモントを暗闇へと引き摺り込む。



「⋯⋯大丈夫か?おい!しっかりしろ!」



 モントが目を覚ますと大きな梁のある家の中だった。


「気がついたか?良かった〜道端で倒れてたんだ。村の英雄を助けられて俺も少し恩返し出来たかな。ちょっと待ってろ。今、ミルク粥を持ってくるから。」


 片足を少しつっかえるように歩く男は、倒れたモントを自宅へと運び介抱してくれたようだった。

 ふかふかのベッドからむくりと起き上がると、小さなランプが置かれたサイドテーブル、奥の部屋に見えるのは沢山の工具と見慣れない形の木材。


 ぎこちない足音と共にミルクの香りが漂ってくる。


「温かいうちに食べてくれ。味は⋯保証できんがな。」


 男はベッドに腰を掛け、木の器に盛られたミルク粥をモントに差し出す。

 湯気が立つ懐かしい香りに思わず手を伸ばした。


「いただきます。」


 一口含めばすり潰された豆のコクとヤギミルクの甘さが広がる。とろりとした粥は滑らかな舌触りでじんわりと身体が温まる。


 モントが「美味しい。」と呟くと男はニコリと笑った。


「俺はトレーデン・フーマンだ。作業してくるからゆっくり休んでくれ。」


 そう言い残して奥の部屋に消えた。扉が閉まるとガリッゴリッと木材を削り出す外まで聞こえる。ヤスリがけの音と時折聞こえる「チッ、失敗か。」という不満気な舌打ちがモントにトレーデンという男へ興味を抱かせる。


 モントはミルク粥を平らげベッドから降り、そっと作業部屋を覗いた。

 そこには扉が開いた事にも気づかない程に集中し長細い木材を削り出すトレーデンの姿があった。見ると木材は艶やかで脚の形をしていた。まるで斬り落としたかのような―。


「本物みたい。」

「おわぁあ!びっっくりした〜!」


 モントの声に驚き椅子から転げ落ちたトレーデンは、何事もなかったかのように「よっこらしょ。」と立ち上がり脚の形の木材を自慢気に見せる。


「⋯そう見えるか?ヘヘっ凄いだろ。これはな、俺が俺の為に作ってんだ。ほら。」


 ズボンを捲くりあげてみせるトレーデンの脚は木材で造られていて、カクンカクンと曲げる膝も本物の様に動いている。

 初めて見るその脚にモントは息苦しさが蘇る。


(この人も脚を失ってる。エルツさんも木の腕になるんだろうか?僕が温かな腕を奪ったんだ⋯)


「どうした顔色が悪いぞ?ほらベッドへ。」


 トレーデンはモントの背を優しく撫でベッドに二人で腰掛けると、ギシッと音を立て沈み込む。


「この脚が気持ち悪かったか?すまない。」


 モントはそうじゃないと首を横に振った。

 エルツとエルツの母の悲嘆の声が脳裏に焼き付いているだけで⋯。


「そうか。では俺がこの脚になった理由を聞いてくれるか?」


 トレーデンはモントの思考を遮るように話し始める。



「俺はな、この脚になる30年前まで鉱夫をしてたんだ。

 その頃はまだブラウエ・アウゲンで“アウインの瞳が出る”と信じる奴が多くてな。かく言う俺も、鉱夫より鉱石を磨く方が好きでアウインの瞳は憧れだった。


 当時、毎日のように冒険者が来ては俺達の仕事場を荒らしていった。

 俺を含む村の若者は、アウインの瞳が出れば観光地になり村も宿屋としても儲けられると思っていたから、深く考えてなかった。


 だが、鉱夫一筋で生きてきた村の老人達は嫌がった。

 良い冒険者ばかりじゃない。善意で村に泊めれば酒で暴れる者、盗みを働く者もいたからな。


 ある日、俺達鉱夫と冒険者で諍いがあった。

 村の娘が襲われたんだ。村人一同追い出そうとしたが相手は冒険者。剣で村人を殺し、魔法を使い俺達の村を壊した。諍いと言うより戦争だった。


 ⋯脚を失ったのは、その時のことだ。


 俺は村からブラウエ・アウゲンに逃げちまった。

 その時に俺の脚を綺麗に切って命を繋いでくれた人がいた。朦朧としていて名も聞けなかったが、透き通るような茜色の髪は未だに憶えている。


 その後、村へ戻ると俺はまだマシな方だった。家財を全て失った者、子を失った者、父を、母を⋯。命あることが有り難いという状況だった。残った家は嘗てドワーフが造った家だけ。

 住民は半数に減り、俺達はドワーフの家に住むようになった。いつしか“アウインの瞳は無くなった”との噂も広がり冒険者も激減した。


 俺は脚を失ってから塞ぎ込んでいたが、命の恩人の言葉を思い出したんだ。


 包帯を巻きながら治癒魔法を施し、夕日に染まるブラウエ・アウゲンでその人は言った。


「命があれば何とでもなる。器用なんだろう?脚ぐらい自分で作れ。」


 俺は言われた通り“脚”を作り始めたんだ。


 そして今日、君を見て運命だと思った。」


 トレーデンはモントの髪色に恩人を重ねていた―。

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