後悔
柔らかなベッドに沈むトレーデンは、隣に座るモントが傾く程広い肩と厚い胸板を持つ男。脚を庇うからなのか、脚を作っているからなのか、全身の筋肉量が上半身に偏っているように感じる。
「俺が作ってきたこの脚は、生活に支障がないように、1人で立つ為の脚だ。だが、あの人が言っていたのは違う気がする。この脚で立つことに意味があったんだと、君に会って思った。」
モントはトレーデンの話を上の空で聞いていた。
それを察したのかどうか、唐突にトレーデンはモントの膝上に作りかけの脚を乗せた。
モントはズシッと膝上に乗る重さに驚いたが、強張る指先がトレーデンに不愉快な気持ちを抱かせるのではないかと、モントは強く拳を握ってからそっと落ちないように触れた。
モントはその質感に衝撃を受けた。木彫りとは思えない曲線と滑らかな肌触りに美しいとさえ感じた。
トレーデンはどれだけの時間を費やして来たのだろうか。
「エルツの腕の話は聞いたよ。エルツが生きて帰ってこられたのは君のおかげだ。」
顔を上げたモントは初めてトレーデンと目が合った。蒲公英の様な黄みがかった瞳は、真っ直ぐモントを見つめていた。
モントは絞り出すように口を開く。
「でもッ⋯僕じゃなければ⋯失わずに済んだ⋯かも知れない。僕がッ⋯エルツさんのこれからの人生にッ⋯腕が無くなっちゃった⋯」
溢れる涙で言葉が詰まりモントは項垂れた。トレーデンはモントの背を優しく撫でながら、強く否定する。
「それは違う。俺を助けた恩人と同じ、その時その場所で出来る限りを尽くしたんだ。エルツだって分かっているさ。
俺が知ってるエルツは、失った腕を悲観したまま人生無駄にするほど馬鹿じゃない。
⋯そうだろ?」
開いたままの扉にトレーデンは呼び掛けた。目を遣ると、薄暗い廊下から現れたのはエルツだった。
「知ってたのか。盗み聞きするつもりじゃなかったんだが⋯。」
「ハハハッ!エルツは嘘が下手だな!」
笑い合う二人はまるで兄弟の様。エルツはベッドへと近づいて来てトレーデンの肩を借りる。
ぎこちなく互いに支える二人を見ていたモントは、頬に伝う涙を拭っても拭っても止まらなかった。エルツの前では泣いてはいけないと頭では理解していても、体は言うことを聞かない。
「モント。改めて感謝を伝えたかったんだ。ありがとう、この地に再び帰って来られた。
それと⋯俺の腕の為に泣くな!トレーデンの所に来たのは腕を作ってもらう為だ。俺が諦めてないんだ!モントは堂々としていろ!お前が後悔することがあるなら俺ん家でご飯を食べてないことだけだ。」
ニカッと笑うエルツはトレーデンと肩を組む。
「今の俺には技術がある。エルツに不自由なく暮らせる腕を作ってやれるんだ。君と同じ髪色の恩人はこうなる事が見えていたのかもな。」
トレーデンはその太い腕でモントの頭を撫で、エルツもモントの頬の涙を無骨な指先で拭う。
「さぁ、村の皆が歓迎の宴を準備してる。いくぞ!」
二人の男は、朗らかな笑顔を浮かべてモントを連れ出す。
いつの間にか外には月が大きく浮かび、冬の澄んだ空気が泣き晴らした頬にヒリヒリと沁みる。
「主役のお出ましだ〜!!」
広場には大きな焚き火を囲むように村人達が集まっていた。
そこには打ち解けたキンター、ミュプフィア、シュラウスの姿もあった。村人達の冒険者への感情は彼らによって変化した様だ。
「さぁさぁ!エルツの帰還と旅人を歓迎しようじゃない!ようこそブラウシュライフェンへ!」
テントに沢山の食事が並びキンターやシュラウスには酒が注がれ、モントもジュースを注がれて歓迎を受ける。
村は鉱夫ばかりの粗野な男達が多いのかと思っていたが、女性と子どもが多いように感じた。理由は何とも残酷だが、エルツと同じようにブラウエ・アウゲンで働いていたこの村の男達は魔物の被害者だからだった。
それでも、冒険者一行を饗してエルツの帰還を喜ぶのは、家族の最期を見ているエルツの話を聞きたいのだろう。
「エルツ。よく戻ったね。ところでウチの旦那⋯」
「大変だったろう、それで息子は⋯」
「エルツおじさん⋯おとーさんは?」
村人達はエルツを囲む。苦しい記憶と同僚の家族を天秤にかけたエルツは、眉を落とし村人達に寄り添うように話をする。
戦いの残滓がエルツに覆い被さるようで、見ていて自分の無力さを痛感する。
その時、キンターがすくっと立ち上がり焚き火の前で声を張る。
「今日は見ず知らずの俺らに、こんな歓迎をしてくれて感謝する!世話になる礼だ!剣舞と魔法を披露するぜ!」
村人の視線を集めたキンターが、大きく燃える焚き火の前で剣舞を披露する。迫力ある剣捌きを間近で見る村人達から拍手と歓声があがる。
呆気に取られるモントの側にミュプフィアが来た。
「キンターがね、私達に出来る事をしようって提案したの。今日だけはエルツさんに寄り添う人が必要でしょ?」
それだけを言い残し、焚き火の前に出たミュプフィアがシュラウスを紹介すると複数の魔法陣を二人で発動させる。
夜空を彩る大輪の花火に「わぁあ!」と一際大きな歓声が上がる。
モントも見上げるとトレーデンとエルツが目の端に映った。
両手を組み願いを込めるトレーデンの横でエルツも胸に右手を当て空を見上げていた。
モントはルーンの言葉を思い出す。
『研究結果に後悔しても仕方ない。材料から見直して次に繋げれば良い。』
(材料⋯僕が次に繋ぐ物⋯)
モントは一縷の希望を胸に村を出た。




