青を磨く村
「か⋯」と小さく零れたモントの声を掻き消すようにキンターの勝鬨が反響する。
「勝ったぁあああ!!」
ブラウエ・アウゲンの底まで燦々と降り注ぐ太陽は、歓喜に湧くキンター、ミュプフィア、シュラウス、エルツの姿をモントの瞳に焼き付けんとするスポットライトのようだった。
肩を組み手を取り合って見上げる4人は、モントに向かって手を振る。エルツもシュラウスに支えられ、片腕で必死に振っている。その目尻の皺には涙が伝い、大きく口を開け叫ぶ。
「ありがとう!ありがとう!!」
モントはその大きな感謝を受け入れるように、ちぎれんばかりに腕を振り返した。
朝日で山稜は輝きを増し、空には幾筋もの光芒を描く。モントは頂上から望む景色が、あまりにも美しくて言葉を失った。
大きな嘶きが聞こえ我に返ると、クンペルが自分の手綱を咥えてモントに駆け寄って来た。
「クンペル!終わったよぉ~!」
緊張の糸がぷつりと切れて、モントはクンペルに抱きつくと自然と涙が溢れていた。
「コレ⋯どうすりゃ良いのか⋯。」
「持って帰るに決まってるでしょ。賞金貰えないじゃない!」
「でも、剣抜いたら落ちるんじゃないか?」
キンターとミュプフィア、エルツは巨大な黒い塊体を見上げて後処理に頭を悩ませていた。
「俺が何とかしよう。」
そう言うと、近くにあった壊れたスコップの柄を握り魔法弓で矢のように放った。キンターの剣の直ぐ側へ、ゴシャッと鈍い音と共に魔物に突き刺さった。
「シュラウス、流石だな!」
キンターは勢いを付けて壁を蹴って飛び上がると自分の剣を抜いて、すり鉢内壁の狭い土の道に降り立つ。
「うげぇ⋯。剣、ネチョってしてる⋯。」
「キンター!そのまま魔物ちょっと切ってよ!証拠品にするんだから! お金!お金!」
「お〜う⋯。」
ミュプフィアの指示でキンターは魔物の端を斬り落とし、小脇に黒い塊を抱え頂上への道を登る。
シュラウスとミュプフィアはエルツを支えながら内壁の道を登るが、戦跡として所々道が削れている。
「ミュ、ミュプフィア?!お、俺⋯無理かも。」
「もう、意気地なし!ちょっと飛ぶだけじゃない!私が支えていくから、シュラウスは後から来て!エルツさん行きますよ。1、2、3!」
ぽんっと一歩分欠けた道を飛び越え、二人は先へ進む。
「あぁああ置いて行かないでぇええ!」
シュラウスは来た時と同じく震えながら頂上へと向かうのだった。
「本当にありがとう。君達は命の恩人だ。是非お礼がしたいんだが、俺の村へ来てくれないか?」
エルツの提案に顔を見合わせる4人は、同じ思いだった。
「当たり前だ!俺らは最初っからおっさんを送り届けるつもりだったぜ?まぁ、お礼は有り難く⋯」
「キンター!⋯コホンッ。エルツさん送ります。」
軽快に笑うエルツの案内の下、一行はブラウエ・アウゲンをあとにした。
「着いたぞ。此処が俺の村、ブラウシュライフェンだ。」
「“青を磨く村”ですか。」
「今はもうアウインの瞳もなくなっちまったのに、名前だけが残ってるんだ。昔のちょっとした誇りだったんだろうな。」
入り口にはザントルツの忌避剤が燻っていて独特な匂いを放っている。この村は十数軒の堅牢な家が整然と建ち並び、煙突のある工房も見受けられる。
しかし何処か違和感がある。自分が“大きくなった”というか⋯家が“小さい”?
「嘗てはドワーフの村だったんだ。頑丈に造られた家を改装して俺達は暮らしてるが⋯⋯頭、気を付けろよ。
ただいまー!いるかー?」
エルツの説明で納得した。ドワーフは身長が低いと聞く。
クンペルを近くの木に結び腰を屈めエルツの家へと足を踏み入れると、テーブルと6脚の椅子、壁際に暖炉と奥に小さなキッチン。生活の熱が籠ったこぢんまりとした空間だ。
「はいはい。居ますよ⋯エルツ!?その⋯腕どうしたの!?」
奥から現れたのは柔和な御婦人。どうやらエルツの母のようだ。
片腕を失った息子を見て悲鳴に近い声を上げ衝撃に膝から崩れ落ちそうになるのを、エルツが残った右腕で支えたが力無く二人はぺたりと床にへたった。
「あゝなんてこと!どうしたらいいの!?」
涙が止まらないエルツの母にエルツの瞳も潤む。エルツが優しく抱き締めると、母は布で巻かれた痛々しい腕を撫でる。
その光景をモントは射抜かれたように見ていた。
エルツの母は漸くモント達に気付く。
「この方達は⋯?」
「俺を助けてくれた冒険者の人達だ。」
「そうでしたか、息子を助けて頂いて有難う御座います。すみません取り乱してしまって⋯。こちら座って下さい。」
丁寧に感謝し茶を淹れてくれる中、モントは複雑な気持ちだった。大切な人を抱き締める為の腕を奪った罪悪感が、モントの心に深く根を張る。
「息子を助けていただき感謝してもしきれません。」
「いえいえ、俺じゃなくてモントです。俺らもコイツがいなかったら死んでたかもな!」
「笑って言うことじゃないでしょ!でも確かにね。」
「誰が欠けても難しかった。エルツさんとも協力して戦ったわけだし。」
キンター達に功績として讃えられる度に、モントの胸には悔恨の念が込み上げる。
「⋯すみませんでした。僕は⋯僕は⋯」
モントは咄嗟にエルツの家から飛び出していた。クンペルも置いてモントは知らない小さな村を走った。苦しい。息が出来ない。
エルツの仕事は?家計の支えがエルツなら?エルツの指輪の相手は?
もう腕は戻らない⋯。
モントは小さな石に躓き地面に手をつく。
「僕は⋯間違っていた⋯」




