第29話 温泉へGO清めて百合ちゃん
《放課後 五月女旅館》
「見ろ。我が親友たる光よ。このみすぼらしくも古臭い我が旅館をな」
「立派な建物じゃないか。キメーツとかに出てきそうな建物で。実写版ムザンな城とかでSNSに流せばバズるんじゃないか?」
そんなど素人丸出しのその場で思いついた意見を俺は喜一に話すと。
「ほう。数年前に大流行したあのキメーツか……ほうほう。それは良いアイディアかもしれんな。少し待っておれ。光よ…………我が妹たる百合よ。旅館内の動画を撮りどこでも良いから投稿せよ。何? 我が考えた事ではないわ。我が親友たる光の案だ。何? 直ぐにやるから待ってろだと?……ハハハ! 百合よ。貴様まだ光の事を忘れられんのか? 光はとうにあのギャルビッチ擬きの毒牙にかかって……後で温泉で溺死させる?……おいっ! 貴様っ! 待て。百合よっ!」
「長いやり取りだったな。電話の相手。百合ちゃんか? 喜一」
「あ、ああ……光の提案を妹百合に話したらやる気にはなってくれたのだがな。あのギャルビッチ擬きの話をしたら我を温泉に沈めると言い放ちおったわ」
……相変わらす。喜一の妹の百合ちゃ んは実の兄に容赦ないようだな。
「しかし。喜一の家って旅館の後ろ側だよな。 あそこも結構でかい建物だよな? それにあの倉庫みたいな場所なんか異質だな……何があるんだ?」
俺は歩きながら喜一の実家。旅館の後ろ側にある旅館よりも少し小さい建物を指差しながら喜一に聞いた。
「む? ああ、我の祖父の代はかなりの金持ちでな。それを見栄っ張りでもある。それであの用なただ広いだけの家と旅館を建てたのだ」
「いや。俺はただあの倉庫が気になってだな」
「まあまあ、聞け。光よ。この話。貴様の知り合いが取り憑かれてた話にも…貴様にも関わりがある話なのだぞ」
「取り憑かれてた話と俺にも関係ある話だと?」
何だそれ? そんな事を言われたら興味を抱かずには入れないじゃないか。
「まあ、それ程深い話ではないがな……我が祖父は恋をしておったのだ」
「恋? 誰にだよ」
「美貌麗しき天女だな」
「は? 天女? お前またオカルト染みた事を言い始めて……」
喜一といい。彩葉といい。そういう霊力的な何かを感じる奴等って本当に不思議な事を平気で言ってくるよな。
「まあ、天女は例えだ。我が祖父が恋をした女の名前は汐崎陽葵と言う 」
「……おいっ! それって俺の……」
「うむ。貴様の祖母たる人物の名だな。光よ」
おいおいおいおいっ! なんでそこで俺の婆さんの名前が出てくるんだ?
「……それと今回の取り憑かれてた件と何が関係あるんだよ。喜一」
「我が祖父と貴様の祖母はかつて婚約者だったのだ。そして、あの煌びやかだった倉庫は結婚に浮かれていた我が祖父が無駄に建てた建物……ただそれだけの話」
いや話が全く分からん。喜一の祖父と俺の婆さんが婚約者だったっていうのも驚きだが。そのせいでなんであの変な建物が建てられたのかの真相を教えて欲しいものなんだがな。
「いや。それだとよく分からないんだが?」
「おお、済まん済まん。我はつい話をかいつまんで話してしまうからな……我の祖父と貴様の祖母も失敗したのだろう。今回の取り憑かれた何かのせいでな。それで残ったのが無駄に建てた聖なる社とか言う奇怪な建物よな」
「取り憑かれた何かで失敗?」
「うむ。以前は2人の間に取り憑き失敗した。だから今回は第3者となる人物に取り憑き恋を成就させようとしているのではないか?」
……いや。何を言ってんだ? 喜一の奴は。
「話が全く見えないぞ。喜一」
「女心が気薄の朴念仁である光にはまだ分からぬだろうよ……表では取り繕っていても。裏では苦しむ恋する乙女の気持ちなどな……(我が妹の様に)」
「……馬鹿にしてんのか? お前」
「いやいや。罪多き男にキツイ一言を喰らわしただけよ。簡略的に説明するならば我が祖父と貴様の祖母は婚約者だったが結局は別れてしまった。原因は秋月神社の何かなのだろう。そして、時は経ちその祖母の血縁者たる貴様と何者かが如何わしい事をしようとしていたのを見たその何かは嫉妬し。同じく嫉妬する第3者に取り憑き。2人の仲をそれ以上発展させない為に尽力しておるのだう」
「あ、ああ……」
喜一の奴。いつも説明が長いんだよな。
「それは間違いなく貴様の障害になっているのならば排除せねばなるまい? ならば我が家の温泉に入り身体を清め。取り憑かれてる者の身体からその何かを祓えばこの話は終わると言う事よな。フハハハハ!」
「そ、そうか。なんとなく話は良く分かった。サンキュー、助けてくれてな」
「良い良い。貴様と我の仲だ。それに我が妹も1月振りに光に会える事を喜んでおった……ぐごっ?!」
喜一が最後まで何かを言おうとしていた所に風呂の桶が飛んで来て、喜一の顔面に直撃した。
「お兄ちゃん。遅い~! あっ! 光さん。お久しぶりですっ!」
「お、おう。百合ちゃん。久しぶり」
髪をポニーテールに縛り。割烹着姿に身を包んだ活発そうな女の子が俺に元気良く手を振っている。五月女百合ちゃん。
俺の妹の三久と同級生の2つ下の中学三年生の女の子だ。
「ごほへっ?! 百合。貴様っ! 我を殺す気か?」
「あん?! 家の手伝いもろくにしないクズ家族に制裁してるだけですがなにか? ていうか。今日はお兄ちゃん塾の日でしょう? 何油売ってんのよ? さっさと行けーっ!」
「ごがっ?!…くっ! 分かっておるわ……光よ。我は行くが後の事は百合に委かゆだねろ。温泉に入り身体を清めたらそのまま元凶の近くまで行き。どこでも良い身体に触れろ。そうすればその元凶は貴様の誠意ある謝罪を受け入れ、憑依した者から居なくなる筈だからな」
「あ、ああ。教えてくれてありがとうな。喜一」
……喜一はやはり説明が長いな。そして、来た道を戻り始めた。
「……結構調べて見たいですよ。お兄ちゃん」
そんな喜一の姿を見ながら俺にそう告げて来るのは百合ちゃんだった。
「調べた? 何を?」
「家《五月女》にあった古い文献ですよ。〖最近、我が親友たる汐崎 光の様子が可笑しい。きっとあの外道ギャルビッチ擬きに何かされたに違いない。救ってやられねば〗とか言い始めて。倉庫に保存したあった本をずっと漁ってたんです」
「……喜一の奴が俺の為にそんな事してくれてたのか」
「ほら。この黎明市ってたまに変な事件起こるじゃないですか?」
「ん? ああ、時たまな。小さい時に別れた男女がいきなり再会して喜びあまり黎明市中を駆け回ったとか。金持ちで仲がすこぶる悪かった男女がとある日を境に結婚したとか変なニュースで見るよな。幸せの話ばっかりだが」
「それもこれも秋月神社の織姫様の縁結びのお陰らしいですよ……家のお爺ちゃんの時は裏切ったくせに」
「……百合ちゃん?」
何だろうか? 一瞬。百合ちゃんの顔が悲痛な表情に変わった様な?
「あっ! すみません。家の話ですよ。個人的な……それよりも今日は温泉と御飯食べていくんですよね? お兄ちゃんに誘われて」
「ん? ああ、そうだな。喜一に言われて来たんだけど……俺、帰ろうか? 誘って来た喜一も居ないし。後日また来れば……」
「いえ。今日、身体を清めて帰った方が良いですよ……じゃないと光さん……今日の夜のうちに食べられちゃいますよ。貞操……今の光さんにはその相が見えちゃってますから」
物凄い怖い表情でそう告げる百合ちゃん……昔からこの娘には霊感があるとか喜一は言っていたが。それが本当だとしたら今夜何か俺に起きるというんだろうか?
「……分かった。そういう理由ならお世話になるわ。百合ちゃん」
「はいっ! 直ぐにご案内しますね。光さんっ!」
俺は百合ちゃんに言われるがままに五月女家へと入って行った。
◇
《早乙女温泉》
かぽーんっと俺の脳内では温泉特有の擬音が鳴り響いていた。中学生の頃はよく織姫家の人達に連れられて早乙女旅館に来たものだ。
「……数年前とあんまり変わってないんだな。手入れも行き届いてるし。これで本当に貧乏なのか?」
「それは建前ですよ。実際は都内住みの財界や政界の方々の避暑地みたいな所なんです。家は」
割烹着の裾を肩まで巻いて俺の背中を洗ってくれるのは百合ちゃんだ。なんでも特別な御客様には百合ちゃん自らがご奉仕《背中を洗う》をしてくれるらしい。
……そんな温泉サービス聞いた事ないんだが。
「ふーん……じゃあ部屋があんまり予約取れてないと喜一は言ってたけど……」
「実際はお金持ちの方々が旅費を多く落としてくれているので潤ってますよ。家の旅館は量より質を大切にしていますからね」
ゴシゴシと一生懸命になって俺の背中を擦ってくれる百合ちゃん。健気で良い娘だな。
「じゃあ。やっぱり。喜一の奴が金無い金無いとか言ってるのも一種のポーズみたいなものか?」
「あ~、いや。あれは本当ですね。あの馬鹿お兄ちゃん。最後まで手は出せないヘタレの癖に女の子とイチャイチャするのは大好きな男なんでデートは頻繁にするんですよ。だからお金がかかるかかる」
流石、喜一の妹。喜一の全てを把握してるんだな。
「……アイツ。それでよく金が持つな。まさか付き合ってる女の子達に貢がせてるのか?」
「いえいえ。お兄ちゃんあれでも多方面一途なんで惚れた女の子達には一切お金出させないんですよ。だから週一で高額なアルバイトでデート代は荒稼ぎしてるんです」
多方面一途なんて言葉初めて聞いたな……しかし喜一の奴。ただの女好きじゃなくて努力をする女の子好きだったんだな。
普段は二股どころかそれの×5位を平気でやる男なのに……浮気を出来るやる男だったとは。驚いた。
「アイツも色々と大変なんだな」
「全て自業自得ですけどね……はい。お背中洗い終わりましたので流しますね~」
「ん。ありがとう。百合ちゃん」
百合ちゃんは俺の背中に付いていた石鹸の泡を湯煎をかけて流してくれた。
「じゃあ。俺、温泉入って来るから百合ちゃんは……」
「はいっ! 私も是非一緒に入らせて下さい。光さん」
「……何? 百合ちゃん。君。今なんて言った?」
そんな俺の質問など届いていなかったのか。割烹着をそのまま脱ぎ始めた百合ちゃんは何ともあられもない姿に……
「ジャーンっ! 温泉用に買った新品の水着ですよっ! ドキドキしました?」
にはならず。白色のワンピースの水着姿になっただけだった。
「……なんだ。割烹着の下に水着着てたのかよ。驚いた」
「ニヒヒ! サプライズってやつですよ。サプライズ~」
イタズラっ子の様に笑う百合ちゃん。その微笑む姿は喜一に少し似ていた。やはり実の兄妹。イタズラが好きなんだな。
「百合ちゃんも入るのか? 温泉」
「はいっ! 光さんと一緒にですっ!」
「……そうか」
俺は頷くと静かに百合ちゃんと一緒に温泉へと入った。それからとくに何か起こるわけでもなく。会っていなかったこの1ヶ月の間の出来事を話した。




