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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第8巻 深紅の鍵
202/204

第1章 血と魂(4)

 研修旅行一日目の夜。ミヨクはトヴェルレダン城の近くにあるホテルに来た。研修参加者は皆、ここに宿泊するとのことだ。特筆することのない普通のホテルである。


 ただ生粋きっすいのお嬢様であるエルフリーデには居心地が悪かったのか、ホテルに入ってからずっと不安そうにしていた。エヴォーダーの時もそわそわしていたとミヨクは記憶している。


 それでもエルフリーデは文句を言うことなく、同室の真守まもりに助けられながらも、普通のホテルの宿泊に順応しようとしていた。本人は、富豪の環境でしか生きられないという自分を変えたいとのことだ。


 一方、ミヨクはギルバートと二人部屋で泊まる。今日はこれ以上活動することはなく、二人とも部屋でゆっくりとくつろいでいる。


 ミヨクは小冊子を読んで明日から本格的に始まる研修に備えていた。その間、ミヨクは今日の研修を思い返していた。


 結局、夕食後の説明会にはマーティンも出席していた。少しだけ話す時間もあり、少しふらついていたものの、倒れることなく話し終えていた。


 その後、大まかなスケジュールの説明があった。ミヨクが選択したメニューの場合、明日は吸血鬼に関する講義がある。ゲルミリアも吸血鬼と無縁というわけではない。むしろ吸血鬼に関する研究が進んでいるらしい。そして次の日のマーティン教授の講義に繋がるということだろう。


 小冊子を一通り確認すると、ミヨクはベッドに寝転ぼうとする。


「じゃあ、もう寝るわ。おやすみ」

「おや、早くないか? 折角二人きりになったんだから話をしようよ。ミス・マモリもエルフリーデと一緒に話しているじゃないかな」


 おそらくギルバートの言う通りだろう。真守まもりはエルフリーデと一緒にパジャマパーティをすると意気込んでいた。真守まもりのあの性格だ。エルフリーデのことをしばらく寝かさないだろう。


「まあ、エルフリーデも真守まもりが好みそうなタイプだからな。あんまり盛り上がり過ぎなければいいけど」

「日本の女の子が良家のお嬢様を普通の宿でエスコートか。なかなか微笑ほほえましいシチュエーションじゃないか」


 ギルバートの言葉にはおおむね共感するが、ギルバートが知らない事実があったようなのでミヨクは補足しておく。


真守まもりはああ見えて、元々かなりの金持ちだ。だからむしろ話が合うんじゃないかな。こういう宿も慣れてるようだけど、ホテルのスイートルームを用意することもあるからな」


 言ってから迂闊うかつだったことにミヨクは気づいた。ミヨクが五月にメイスラを出たことはギルバートも知るところではあるが、真守まもりと一緒だったことまでは話していない。しかし今のミヨクの発言は、真守まもりと旅行したことがあると白状したようなものだ。


 案の定、ギルバートが聞き流すわけもなく、愉快そうに笑みを浮かべる。


「そうだ。その話をしたかったんだよ。五月に休んでいたけど、あれはミス・マモリと旅行だったんだろ。妹さんは偶々、道で見かけたんだ。ということは二人きりの旅行だったってわけだ」


 面倒臭い話になる前に、ミヨクはギルバートの勘違いを正しておく。


「二人きりじゃねぇよ。あの時は他に護衛の人がいたし」


 もちろん、その護衛も若い女性だということは伏せておく。


「それに、そんな浮かれた話のできる旅行じゃなかったよ」


 結局、救いたかった人を死なせてしまった旅になってしまった。ギルバートもミヨクの口調から不穏な雰囲気を察してくれたのか、ギルバートも日本に行ったことはこれ以上詮索しなかった。


「分かったよ。でも、ミス・マモリから好きと言われているんだろ。加えて、あのソニア・ヘンシェル様から求婚されているときた。しかしそれは半年以上前のことだ。そろそろどちらにするか選ばないと、二人とも愛想を尽かせてしまうのではと、俺は思うのだがね」


 いつもならばギルバートの言うことを素直に聞き入れないミヨクだったが、正論が飛んで来たので黙るしかなかった。そこでギルバートは興が乗ったのか、口元が緩んだ。


「何か悩みがあるなら言ってくれよ。俺なら相談に乗れるからさ」


 頼んでもないのに、ギルバートがそんなことを言う。恋愛相談を受けるついでに話を聞きたいだけではないかとミヨクは勘繰かんぐってしまう。なんだか百々(もも)から異性の話を切り出されることを嫌がる真守まもりの気持ちが分かってきたように感じた。


 さらにギルバートは核心に触れてくる。


「ところで、ミス・マモリとソニア様、どちらにしようと思っているんだい?」


 ミヨクとしては避けて通れない、逃げてはならない道だ。二人の内のどちらかを選ぶ。


 共に苦難を乗り越えて、自分のことを認めてくれた女性だ。パートナーとして隣にいてくれる女性は真守まもりかソニアしかいないだろうと、ミヨクもそう思っている。


 告白されて半年以上経った今でも、ミヨクはまだ選ぶことができていない。それが情けないことだと自覚しているが、恋人を作る前に解決しなければならない問題があることも確かである。


「ギルバート。エーテル欠乏症のことは分かってるだろ。それが治らないことには、恋人ができたとしても迷惑を掛けるだけだろ」


 既に真守まもりやソニアに迷惑を掛けていることは、ミヨクも重く受け止めている。特に、真守まもりにはメイスラへの移住までさせてしまった。戦闘霊媒として果たさなければならないことがあるはずだ。それに日本霊媒連合から見ても、真守まもりは安易に長期の離脱を許していいような人材では決してない。


 ソニアにしてもそうだ。彼女はヘンシェル家の魔術師で、今でもヘンシェル教会メイスラ支部長だ。今後は魔術師界の中心的な役割を担っていくに違いない。


 エーテル欠乏症が治らないまま、ミヨクが真守まもりとソニアのどちらかを選んだとする。そうすればミヨクが邪魔をしてしまうことは目に見えている。今は真守まもりのお陰で症状が落ち着いているが、いつまた気を失うようになるのかは分からない。


 それでもギルバートは平然と言いのける。


「そんなこと、ミス・マモリは気にするような人じゃないと思うけどな。ソニア様にしたってそうだろ」


 ギルバートは分かって言っているのだろう。ギルバートの言うとおり、真守まもりもソニアも、エーテル欠乏症が完治するかどうかにかかわらずミヨクを恋人として受け入れようとしている。だから尚のこと、ミヨクは彼女達の優しさに甘えるような真似はしたくない。


「分かってる。そのあたりもちゃんと考えてる」


 エーテル欠乏症については五年で解決しようとしている。しかしミヨクは五年もかけるつもりはない。自分にできることがあればなんでもすぐに行動へ移す。


 そして完治とまではいかなくても、完治の目途が立ったと判断することができれば、次のステップに進むことができるとミヨクは思っている。


「詳しくは話せないけど、治療に協力してくれる人が日本にいる。五月に日本に行ったのも、半分くらいその協力を頼むためだったんだ。この協力のもとで、長期的な治療の計画を立てているところだ」


 ミヨクも真守まもりも、エーテル欠乏症の治療には長い時間が必要だろうと見込んでいる。フードの男が空角くうかくに与えたとされる、魂を繋げる力にどれ程の効果があるかはまだ分からないが、魂が肉体に定着することを容易に可能とするはずがない。


 だから、更なる方法を模索しようとミヨクと真守まもりが考えていたところ、今回の研修旅行の話が舞い込んできたということだ。特に、血と魂の繋がりというテーマは渡りに船と言いたくなる内容だ。


 魂と肉体の繋がりについて研究が進めば、治療の計画を詳細に練り上げることができ、治療に必要な期間も明確になるだろう。


「その計画を立てて、俺の病気が治る算段がついたら、パートナーのことに正面から向き合うよ」


 エーテル欠乏症のことが完治していない以上、迷惑は掛けるだろう。しかし終わりが見えないわけではない。ミヨクとしても、ミヨクの実情を受け入れてくれる人の気持ちに応える準備は着実に整えているつもりだ。


 ミヨクの話を聞いて、ギルバートは満足そうに口角を上げて頷いていた。


「そうか。ミヨクなりに女の子のことをよく考えているのは分かった。正直、見直したよ」

「それは良かったよ。じゃあ、寝るわ」


 ギルバートにも納得してもらえたようなので、ミヨクは今度こそ眠ろうとギルバートに背を向けて寝転ぼうとする。しかしギルバートはまだ話を終わらせるつもりはないようだ。


「で、ミス・マモリとソニア様、どちらにしようと思っているんだい?」


 確かに、ギルバートの質問はそれだった。ミヨクはすっかり忘れていた。ミヨクは自分の考えを真剣に伝えたが、意図的にではないとはいえ、ギルバートの質問をはぐらかしてしまっていた。


 ミヨクは首だけを回して、不機嫌そうな眼差しでギルバートを見遣る。


「今、お前に話さないといけないことか?」


 自分は間違ったことを言っていないはずである、とミヨクは思う。どの女の子を好いているかをギルバートに話す義理も義務もない。


 実のところ、ミヨクは考えていない。普段の学業やエーテル欠乏症の治療に専念していて、恋愛のことはあまり考えていなかった。


 魔術戦大会の後に、真守まもりとソニアの告白を受けてからしばらくは、ミヨクも恋愛に対する意識が強く持っていたかもしれない。しかし返事を保留したまま、二人と仲良く接する内に、親しい友人という認識の方が強まってしまったのだろう。


 真守まもりは大切な幼馴染おさななじみだ。真守まもりが抱えている苦しみを少しでも和らげてあげたいとミヨクは思っている。


 ソニアは良き好敵手ライバルだ。お互いに切磋琢磨せっさたくまして魔術の修行にはげんでいる。ソニアに対する苦手意識は既になく、ミヨクは彼女のことを尊敬している。


「つれないな。相談に乗ると言ってるだろ」

「別に要らない。もう寝る」


 ミヨクは早口に言うと、ギルバートの返事を待たずに、毛布にくるまった。


「やれやれ。先が思いやられるな――」


 とギルバートはミヨクに聞こえるように呟く。「ほっとけ」と思いつつも、そろそろ真剣に考えなければいけないと、ミヨクは真守まもりとソニアの顔を思い浮かべるのであった。

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