第1章 血と魂(1)
ミヨクは自宅に帰ってきた。エドガー・テルフォードの裁判を傍聴してきたのだ。
判決は、死刑。
二十二人の司書を殺害したので当然の判決だ。さらに禁書保管庫から魔術連盟の秘匿文書を強奪したのだ。それだけでも相当な重罪である。一回殺されるだけで済まされることを、エドガーはむしろ感謝するべきだろう。
当のエドガーは、すんなりと罪を認めた。過激派の噂がある弁護士がついていたが、それでも控訴すらしなかったらしい。エドガーの死刑が確定して、裁判は粛々と幕を閉じた。
刑務官に連れられて裁判所を出る時、エドガーはミヨク達の方を向いていた。隣にいる真守のことも見ていたかもしれない。死刑判決を受けたことを全く気にする素振りを見せずに、ただただミヨク達に不敵な笑みを浮かべていた。まるで今後もミヨク達に立ちはだかるとでも宣言しているかのようだった。
ミヨクはそんな不気味な予感を必死に振り払うように正装を脱ぎ、部屋着に着替えた。そして同じように着替えた真守とエレンと共にリビングで集まる。テーブルを囲う形で椅子に座り、帰り道では話せなかったことを話し合う。ミヨクが口火を切った。
「さて、エドガーの死刑が決まったわけだが、それについていろいろ話そうか」
とはいえまず真守が出した話題は、外の人間に聞かれても問題ないような内容だった。
「ところで今更なのですが、メイスラには死刑制度があるのですね。イギリスでは死刑は廃止されたと聞いていましたけど」
地上の世界から来た真守には不思議に思うだろう。戦闘霊媒であるが故に日本の法律から逸脱した行為をしているとはいえ、真守も戦闘霊媒と関わりのない場面では日本の法律をしっかりと守っていたことだろう。
しかしメイスラにいるミヨクやエレンは根本から考え方が違う。
「いくらメイスラがイギリスの地下にあるって言っても、イギリスの法律は一切適応されないからな。もう完全に違う国なんだよ。そもそも表向きには、地上のイギリスはメイスラを認知していない。メイスラにはメイスラの法律しかないんだ」
だからミヨクもエレンもイギリスの法律など一切学ばずに育った。法律だけではない。地上の国の文化を一部流用しているところはあるかもしれないが、メイスラはメイスラだ。真守が戦闘霊媒として日本にいると認識していると同じようには、ミヨク達は魔術師としてイギリスにいるという認識を持っていない。
「とにかく、メイスラには死刑制度がある。俺も法律のことはよく分かんねぇけど、無術者と同じような感覚ではいけねぇってなるのはなんとなく分かる。たとえ行き着く先が魔術の使えない牢獄でも、強大な魔術師を生かしておくというリスクはできる限り負いたくないよな」
魔術師という存在は、地上の人間よりも戦闘能力の差が顕著である。魔力が非常に高く、卓越した戦闘の技術を持つ魔術師を、魔術の世界で制圧することは時に困難を極める。そのような魔術師が大罪を犯した場合、その者の更生よりも排除が優先される。
特にエドガーは過激な思想の下、大勢の人間を殺した。しかも稀代の三席とまで謳われた優秀な魔術師だ。排除するしかないと判断されない方が不思議だと、魔術師のミヨクは思わざるを得ない。
ここで真守がこんなことを言い出す。
「でも、エドガーはかなり余裕そうに振る舞っていました。脱獄する算段でもあるのですかね」
エドガーの態度には、真守も違和感を覚えていたようだ。死刑を宣告されたにもかかわらず自分は死なないと言わんばかりの尊大な振る舞いだ。しかしそう簡単に脱獄できるわけがないことをミヨクは知っている。
「エドガーが連れていかれるのは、難攻不落と名高い監獄だけどな。もちろん虚空間の外にあり、魔術は使えない。刑務官はほとんどが武術の達人で武装もすごいらしい。この前のサンクチュアリ事件のような、拳銃や爆弾を持った奴ら程度なら難なく撃退できるくらいじゃないかな」
「おお、それは頼もしいですね」
ミヨクの話を聞き、真守が感心したような声を上げる。実際に監獄は脱獄を一切許していない。また、十年以上前に過激派の魔術師が監獄を襲撃するという事件があったが、その襲撃者達は誰一人として壁を超えることなく、呆気なく捕縛されたとのことだ。
「ちなみにエヴァン・ペンドリーもそこに収監されていて、死刑の日を待っている。まあ、ラクタリストの奴らが監獄じゃなくて、サンクチュアリを狙ったのはそういうことだ」
ラクタリストの残党のように、徒党を組んでエドガーの解放を目論む者がいるともミヨクには思えない。そんな可能性の低いことよりも、ミヨクにはもっと気にしなければならないことがある。
「ところで、エドガーは禁書保管庫から『吸血鬼アイラ・メイスフィールドの研究記録』を盗んだわけだが、結局その禁書の行方は分からないままだ。エドガーは、役に立たなかったから日本で捨てたなんてふざけたこと抜かしてたけど、実際に、標山の森で捕まえた時にあいつは持っていなかったからな」
おそらく『白い魔女』に関わる資料で件の禁書以上に詳細なことが記されたものは存在しない。『白い魔女』を目指していたエドガーがその禁書を蔑ろにするわけがない。内容を全て把握したので破棄したとも考えられるが、もう一つ考慮に値する推論がある。
「日本で誰かに渡したのかもしれねぇな」
ミヨク達が標山の森で出会った時、エドガーは日本語を習得していた。それはエドガーの仲間が日本にいて、その仲間や関係者とやり取りをするためだったとも考えられる。
そして、魔術師が日本に潜伏しているかもしれないことをミヨク達は既に知っている。真守が思い当たる人物について言及した。
「千晶君が話していた、フードの男がそうかもしれませんね」
ミヨクも首を縦に振る。千晶の魂に触れ、エーテル欠乏症を誘発させたとされる男。彼の所業は魔術によってなされたとミヨク達は睨んでいる。他人のエーテル情報を読み取り、他人のエーテルを喚起する魔術師なのかは今のところ不明だが、もしそうだとしたら『白い魔女』の研究にも深くかかわっているかもしれない。
エーテル欠乏症を引き起こすことは、他の魂との繋がりを強くして、その繋がった何かを喚起するという点で、『白い魔女』を生み出す方法の一つとなり得るからだ。それは『白い魔女』にされた当事者であるミヨクがよく理解している。
「そうだな。あらためて日本にいるヘンシェル教会の教会員に調べてもらえるよう、ソニアに相談してみよう」
「そうですね。日本霊媒連合もフードの男を捜索しています。神奈に与する悪党ですからね。何か分かりましたら連絡が来るようにしています」
真守の言葉を聞いてミヨクは「分かった」とだけ言った。
『吸血鬼アイラ・メイスフィールドの研究記録』やフードの男についてはまだ分からないことだらけだ。とはいえミヨクが抱えなければならない問題でもない。それにミヨク自身の問題で今でも懸命に取り組まなければならないことがある。
「エドガーの話はこれくらいにしておくか。もう疲れただろ。明日に備えてゆっくり休もう」
ミヨクがそう言うと、真守は真剣な面持ちとは打って変わって快活な笑みを浮かべる。ミヨクと真守は明日から四泊五日の研修旅行へ旅立つのだ。行き先はゲルミリアである。
ミヨクは現在、メイスラにある大学の一回生だ。今回の研修旅行は、基本的には上級生を対象としたイベントなのだが、昨年の高等部で優秀な成績を収めた者は特別に招待されることになっている。
そこで日頃の成績や、魔術戦大会の戦績を鑑み、ミヨクの通う大学からは、ミヨク・ゼーラー、エルフリーデ・リヴィングストン、ギルバート・マクニッシュの三名が招待されたということだ。
ミヨクと真守が喜ぶ横で、エレンがつまらなさそうに溜息をつく。
「まあ、私には関係のないことだけどね。私は明日に備えなくていいから夜通し研究でもしようかしら」
エレンも優秀な成績を収めているのだが、まだ高等部の学生だ。研修旅行の対象にはならない。エレンは研究が好きであり、ゲルミリアにも興味があるようなので、ミヨク達が研修旅行に行くことを大変羨ましがっていた。
「不貞腐れるなって、エレンはきっと来年に行けるよ」
「そうなることを願っているわ」
ミヨクの慰めを軽くあしらい、エレンは真守の方を向く。
「真守。お兄様と旅行できるといって浮かれずに、私の分まで学んで来てちょうだい」
エレンにそう言われると、真守は背筋を伸ばして敬礼する。そして真面目な振りをしているだけなのが誰にも分かるように少し笑みを溢しながら宣言した。
「了解であります」
ところでどうして真守も研修旅行に参加できたのかというと、真守はメイスラではミディアムの大学へ通うようになり、そこで優秀な学生として認められたからであるらしい。要するに、ミヨク達と同じような待遇を受けたようだ。
「吸血鬼の話も結構あるようなので、一生懸命学んできます」
真守の言う通り、今回の研修旅行は異世界生命体の研究が主なテーマになっている。もし違うことがテーマであってもミヨクも真守も参加しただろうが、さすがに気合の入れようは変わってくるだろう。
様々な種類の異世界生命体が研究されているが、やはり最も研究が進められているのは吸血鬼だ。吸血鬼が存在することが魔術師の世界では公にされていて、吸血鬼による事件も実際に起きている。エヴォーダーでの事件ほど大規模なものではないものの、ゲルミリアでも数件報告されたようだ。
ミヨク達にとって、異世界生命体との繋がりはエーテル欠乏症の治療の鍵となり得る。エレンの言う通り、ただの旅行と思わずに、自分達の人生を変えるつもりでミヨクは臨んでいる。きっと真守も同じだろう。
そこで真守が研修旅行に関する小冊子を取り出して、ミヨクとエレンに見えるように広げてみせた。ミヨクと真守が最も注目している人物の写真が掲載されているページだ。
「特にマーティン・エルドリッチ教授の講義は、一言一句聞き漏らさず、何一つ見逃すことなく、全てを吸収して、みよ君の治療に繋げます」
マーティン・エルドリッチ。LOCの外部機関に所属し、吸血鬼に関わる研究においては彼の右に出るものはいないとまで噂されている研究者だ。




