第5章 直接対決(5)
ソニアは何とか土の壁を黒い炎で壊して屋上まで来た。その頃には全てが終わっていた。フィリップが倒れていて、ミヨクとエレンがいる。エレンがフォルトナー四姉妹と呼んでいる少女の霊体達もソニアが視認できるくらいまで実体化していた。
「ソニアさん」
真守は拳銃に触って銃弾を取り除いているような仕草をしていたが、ソニアの姿を確認すると拳銃を腰に差し、笑顔でソニアを出迎えた。
「真守。よかった……。無事だったのね」
「はい。みよ君達のお陰です。ところでソニアさん。拳銃を持っていますよね。弾を抜くのでいただいてもいいですか」
ソニアは「ええ」と答えて拳銃を真守に渡す。すると真守は慣れた手つきで拳銃から銃弾を出して、銃弾をポケットに入れ、拳銃を腰に差した。
その間にミヨクもソニアの元へ駆け寄ってきた。そしてなぜか気まずそうに上目遣いでソニアを見つめる。
「一応、クレメンス先生の許可は取ってあるからな」
メイスラの外にある地上の湖で、ミヨクとエレンがリリーという少女を助けるために、飛行魔術を用いて霊体と空中戦を行った。最終的にはヘンシェル教会として表彰したのだが、その前に危ないことをしたとソニアがミヨク達を咎めたのだ。今回もミヨク達には後ろめたい気持ちがあったのだろう。もしかしたら事件の最中に同じようなことでクレメンスに叱られたのかもしれない。
「それならいいわよ。私からもありがとう。来てくれて助かったわ」
「まあ、どういたしまして……」
ソニアは素直な気持ちを伝えた。するとミヨクは視線を逸らして頭を掻きながらも、少し頬を緩ませる。真守のことも当然だが、ソニアの心配もしていたのだろう。互いに変な強がりや口喧嘩をしなくなったとソニアは思う。
そんなソニアとミヨクを見て、間にいる真守がにやにやと笑っている。少しは恋敵らしいことでも言ってやろうとソニアは思ったが、その前に新しい声が割り込む。
「ちょっといいかしら」
エレンがソニア達の方に近づいてきていた。フォルトナー四姉妹も一緒であり、一番背の高い霊体がフィリップを担いでいる。エレンは少し不機嫌なようにソニアには見えたが、事件に巻き込まれたので当然と言えるだろう。
「私とエリザベス、メアリでこの男を下まで運ぶわ。お兄様は真守とソニアさんを乗せて下りてきて。真守、マーガレットとマチルダの力を借りて空中の姿勢制御をするくらいはできるわね」
屋上から直接降下するとのことだ。しかしミヨク達が飛んで来たからといってわざわざ飛んで下りる必要もないとソニアは思う。
「待って。階段で下りたらいいのではないの?」
ソニアの疑問に対してはミヨクが応じた。
「多分、今やっと一階の階段が通れるようになったくらいだと思う。それもあまり大きな穴じゃないだろうからすぐに全員脱出できるわけでもないかもしれない。折角だし俺達はここから下りようぜ」
ミヨクの提案にソニアは少し考える。それでも階段で下りた方がいいとも考えたが、他の人達が下りるの待つよりも、一刻も早く下りてヘンシェル教会の部下達や連盟警察と連絡を取り、サンクチュアリに残されている人達の救出に参加した方がいいだろうとも思えた。
「分かったわ。それでいきましょう」
ソニアが言うと、エレンがフィリップを担いでいる霊体ともう一人の霊体を連れて屋上の端へと向かっていった。
「じゃあ、真守も任せたわよ」
「はい。任せてください」
真守が答えた途端に、エレンは二人の霊体と一緒に屋上から飛び降りた。ソニアにはただ落ちただけに見えたので一瞬驚いたが、隣のミヨクと真守が平然と眺めていたので大丈夫ということなのだろうと安堵する。
今度はソニア達が降下する番だ。ミヨクはアーミラリステッキに跨っている。そこへ真守がミヨクの前に腰掛け、両腕をミヨクの首に回しだした。
「ちょっと、こんな時に一体何をしているのよ?」
いわゆるお姫様抱っこに近い体勢になっている。恋人同士が睦み合っているようにしかソニアには見えなかったが、真守は至って真面目な面持ちでソニアの問いに答えた。
「何って、みよ君に乗せてもらうのだから、しっかり掴まっているだけじゃないですか」
今から飛行するのだ。確かにしっかりと掴まっていないといけないことはソニアにも分かる。しかしソニアにはもう一つ納得できないことがあった。
「でも、そんな姿勢だと、ミヨクがバランスを取りづらいのではないかしら?」
ソニアがそう言うと、ミヨクはあっさりと首を横に振る。
「いや、それがむしろバランスが良くなったような気がする。既にマーガレットとマチルダも実体化しているからかな」
ミヨクは驚いたように目を見開いている。真守をおだてるために言っているわけではなさそうだ。あの体勢でもバランスを考慮するくらい真守ならできそうだとソニアも認める。
いつの間にか小さな女の子の霊体が二人、ミヨクの後ろに両翼のような形でついている。ミヨクと女の子の霊体の間には一人が座れるだけのスペースが空いている。そこに座れということだろう。
「そういうことですよ。今だけは私も大目に見ますから、みよ君にしっかりと抱き着いてください」
そう言う真守はしっかりとミヨクに抱き着いている。ミヨクと恋人同士になったら報告するとお互いに約束しているので、まだそういう関係にはなっていないはずだとソニアは信じている。しかし真守がミヨクに抱き着くところはソニアも何回か目撃している。
恋愛に疎いソニアでも分かる。これは挑発だ。真守はソニアに向けてウインクまでしている。これくらいできないと自分がミヨクを奪ってしまうぞということだ。
「分かったわよ」
ソニアは観念して、ミヨクの後ろで杖に跨る。そしてミヨクの両肩に手を置いた。しかしミヨクは少し後ろを振り向いて言う。
「そんなんじゃ振り落とされるぞ」
ソニアは実のところ、ミヨクのアーミラリステッキに乗せてもらったことがある。エヴォーダーで過剰摂取型に勝った後、研究所から出る時のことだ。魔力を使い果たしてしばらく歩く気力もなかったので、アーミラリステッキに乗せてもらうことにしたのだ。その時のようにミヨクに掴まったのだが、ただ腰の高さくらいまで浮いてゆっくり進んでいた時と同じではいけないのだろう。今は建物の六階相当の高さから降下するのだ。
さらに真守が少しからかうように言ってきた。ミヨクの腰に腕を回しやすいようにか、これ見よがしに自分の身体とミヨクの身体に隙間を作っている。
「ほら。私で予行演習したじゃないですか」
恋敵にそこまで煽られたら、ソニアも負けてはいられない。相手がミヨクならばと覚悟を決める。ミヨクの両肩に乗せていた手をミヨクの腰に移し、全体重を乗せるようにミヨクへ抱き着いた。
「うっ……」
その瞬間、ミヨクは変な声を出した。自分のどの部分がミヨクの背中に触れているのかソニアも承知している。そんな反応をされてしまえばソニアも嫌でも意識してしまう。そんな二人の気持ちもお構いなしに真守は呑気な声を出した。
「やっぱり柔らかいですか?」
「行くぞ。Fünf, Zwei, Sieben」
真守の問いを無視して、ミヨクは魔術を発動した。ソニアの後ろからエーテルが噴射されたようで、アーミラリステッキは前に進んでいく。速度の基準は、ソニアには分からないが、きっとミヨクはミヨクなりにゆっくりと安全に飛行してくれているのだろう。
大きく旋回しながら螺旋を描くように降下していく。その間に頬を撫でる風がソニアには心地よかった。自分よりも背が低いはずなのにミヨクの背中が大きく感じる。このまましばらく空中散歩を楽しみたいとさえ思ってしまう。
とはいえあくまでサンクチュアリから脱出するために飛行しているだけだ。三階くらいの高さまで下りたところで、二人の霊体がソニア達に向かって上がってきた。エレンとフィリップを下ろし終えて、ソニア達の支援に来てくれたようだ。エレンも下から手を振っている。とはいえソニア達が来るのを陽気に迎えているというよりかは、着地点を誘導するための動作だろう。
四人の霊体がアーミラリステッキに集まってからはそのままゆっくりと真下に進み、ソニア達は安全に着地した。
四人の霊体の実体化が解かれ、ソニア達はアーミラリステッキから降りる。周囲にヘンシェル教会の部下や連盟警察がいるが、まずはエレンがソニア達を出迎えた。
「お疲れ様。後のことはみんなに任せて、あなた達は向こうのテントで休んでいると良いわ」
エレンの態度はどこか素っ気ない。元々愛想を振りまくような性格ではないが、それを差し引いてもやはり不機嫌のようにソニアは感じる。真守も同じようにエレンの異変を察していたようだが、なぜかおどけたように明るい声でこんなことを言う。
「もしかして愛しのお兄様が女の子二人に抱き着かれていたからヤキモチを妬いちゃ――」
「心配していたんでしょうがっ!」
エレンが溜まっていた鬱憤を爆発させるように叫び出した。エレンが怒るのも無理はないとソニアも思う。真守はエレン達に心配させまいと敢えて軽口をたたいたのだろうとソニアは察しているし、エレンも分かっているだろう。
それでも今回の事件における真守には妙な違和感があり、その正体が分かったようにソニアは感じた。
真守は、自分が誰かに心配されていると思っていなかったのではないか。
事件の最中、真守はソニアや警備員、そして人質のことになると感情を昂らせたところを見せたものの、自分のことになるとずっと余裕な態度を示し続けていた。もしもの時は自分を見捨てろと平然と言ってのけた程だ。
きっと戦闘霊媒として最前線で戦ってきたという経験が真守をそうさせてしまったのだろう。しかも戦闘霊媒の中でも相当の実力者だ。自分が戦うのが当たり前。全てがそうではないだろうが、戦闘霊媒の味方からも負けることが想像されないくらいだったのかもしれない。少なくとも真守はそういう雰囲気を感じさせるような立ち振る舞いをしていた。
しかしエレンは違った。ミヨクも違うはずだし、ソニアも違う。
「いくら強い真守でも、サンクチュアリの中に霊体は入れないし、テロリストは拳銃を持っているって話だったから、もしものことがあるんじゃないかと思って気が気じゃなかったのよ」
ソニアもエレンと同じ気持ちだ。確かにサンクチュアリでの戦いにおける真守は信じられないくらい頼もしかった。しかしそれは真守なら絶対に負けないという意味ではない。真守を失ってしまうかもしれない不安がずっと心の中にあった。
「ああ、もう! 本当に、いざという時に頼りになり過ぎるというのも考えものね……」
段々と泣きそうな声になって、ついにエレンは真守へと抱き着いていった。真守の胸に顔をうずめながらも声を漏らす。
「心配、したんだから……」
これには真守も反省したように、落ち着いた声でエレンに語りかける。
「ごめんなさい。ちょっと無茶したかもしれませんね」
しばらく真守はエレンと抱き合い、エレンの背中を優しく撫でていたが、ふと何かを思いついたようにエレンから離れた。
「っと……今更ですが、私やソニアさんが抱き着いたから、みよ君とエレンちゃんまで服が汚れちゃいましたね。ごめんなさい」
真守の言う通りだ。真守とソニアは五階での戦闘により小麦粉と土埃に塗れていた。案の定、ミヨクやエレンの服も真守やソニアと接触した部分が同じように汚くなってしまった。白い服に黒い汚れが目立っているにもかかわらず、ミヨクは何でもないかのように笑う。
「そうだな。まあ、いいってことよ」
エレンも黒いゴシックドレスに小麦粉が染み込んでいたが、これには怒るような素振りを見せなかった。むしろ呆れたように溜息をつきながらだが小さく笑っている。
そんな自分達の姿を見てソニアは名案を思い浮かべた。まさか自分からこんなことを言い出すとは、昨日までのソニアは夢にも思っていなかっただろう。
「今回の件が落ち着いたら、みんなで服を買いに行きましょう」




