第5章 直接対決(4)
真守は後方に拳銃を撃ちながら廊下を走っていた。三十メートル後方にフィリップが迫っている。彼は銃弾を土の壁で防ぎつつ、土の杭を真守に向けて放っている。真守は魔法陣を注視してフィリップの攻撃を回避していた。
真守としては一旦逃げるしかなかった。ソニアと分断された時点で、ソニアの加勢を待つ余裕はなかったし、真守が逃げればフィリップが追って来るのは分かっていた。
真守は魔術師ではない。魔術が使える環境になってもなお拳銃に頼ったことで、フィリップにはそのことが露見しただろう。ならばフィリップからすると真守だけを狙えばよくなるはずだ。真守がソニアから離れることは願ったり叶ったりであったことだろう。
両者攻撃が命中することなく非常階段まで来た。
「Proceed」
フィリップから放たれる土の杭を回避して、真守が非常階段に飛び込む。そして一気に駆け上がり、屋上に出た。ほとんどがレンガの床であり、三か所だけ貯水槽らしきものがあるだけの殺風景な屋上だ。
真守はしばらく中央に向かって進んでから振り返り、拳銃を構えて待っていたが、フィリップはなかなか現れない。下の方でなにやら音がしていた。土の魔術で屋上を塞いでいるのだろう。
しばらくするとフィリップが詠唱しながら扉を開けた。
「Gather」
真守はフィリップが現れた途端に拳銃の引き金を引いたが、それよりも先に土の壁が顕現する。銃弾は全て防がれてしまった。土の壁の向こうからフィリップが言う。
「ここでも魔術を使わないとなると、本当に魔術師じゃないみたいだな。ミディアムか?」
「そうですよ。メイスラには去年来たばかりです」
もう隠しても仕方ないだろうと思い、真守は素直に打ち明ける。さらにフィリップはこんなことを言う。
「そろそろ本当の名前を教えてくれないか」
フィリップに言われて、偶然かもしれないがソニアもフィリップの前では言っていなかったことに真守は気づく。
「久遠真守です」
「日本人か」
「よく分かりましたね。その通りです」
ジェーン・ドゥという名前は意外と気に入っていたと惜しみつつも、真守はフィリップの姿を視界に捉えようと少しずつ動く。
「Proceed」
突如、土の壁の上から魔法陣が展開され、土の杭が射出された。狙いは真守から外れていた。とはいえ複数の土の杭を連続で放たれてしまえば、真守もその全てを避けることはできない。ただ、拳銃を使った方が手っ取り早いはずなのにそうしないということは、フィリップはソニアとの戦闘の際に拳銃を失ったようだ。
「俺に勝つことも時間を稼ぐことも考えないことだ」
そう言ってから、フィリップは「Gather」と唱えた。真守の位置からは見えないが、フィリップの背後にある非常階段への扉を土の壁で塞いだのだろう。いくら魔術が使えるようになったとはいえ、サンクチュアリの中には魔術の使用を制限する異世界生命体が残っている。ソニアが土の壁を破って屋上に来るのは簡単ではないだろう。
フィリップは怒りを抑えたように震えた笑い声で真守に話しかける。
「大人しく捕まってくれたら助かるんだけどな。俺が安全なところに行くまで付き合ってくれればいい」
フィリップからすれば仲間を捨てて逃げるしかない。真守を人質に取れさえすればまだ逃げられる可能性は残っている。
「そう言って、用が済んだら私を殺すでしょう」
フィリップ達の計画を台無しにした張本人だ。今は優位に立っていると思い込んでいるのでフィリップは冷静を装っているが、真守を殺したいほど憎んでいるに決まっている。
「そんなことはしないさ」
嘘だろうし、本当か嘘かなど真守にとってはどうでもいい。フィリップがまだ諦めていないというのならば、真守は引導を渡してやるだけだ。
「いい加減降参してくださいよ。私を捕まえたところでどうにもならないですよ」
「俺にはまだやるべきことがある。ラクタリストを再起して、今度こそ無術者から世界を奪い返すんだ」
いくらメイスラに来てまだ短いミディアムの真守でも、過激派の思想には辟易するものがある。エドガー・テルフォードという狂人を知っているので尚のことだ。対話は無駄だと思ったが、真守には言わずにはいられないことがあった。
「仲間を殺しておいてよくそんなことが言えますね」
倒した残党のメンバーを死なせてしまうような状況を作ったかもしれないが、断じて真守が殺したわけではない。
それでも殺した張本人は平然と言い捨てる。
「大きなことをなすためには多少の犠牲は必要だ」
その言葉を聞いた次の瞬間、真守は拳銃を撃った。最早何を話しても無駄に違いない。フィリップには痛い目を見てから監獄に入ってもらうしかない。
「君なら分かってくれると思ったんだけどな。Proceed」
フィリップが魔法陣を展開する。今度は三本の土の杭が射出される。依然として真守の周りには遮蔽物はない。なんとかフィリップの攻撃を回避しているものの段々と屋上の端まで追いやられていく。
「Gather」
フィリップは自分の前に土の壁を作りながらじりじりと真守との距離を詰める。真守は拳銃を撃っているが、フィリップは上手に身を隠しながら進むので銃弾は当たりそうにない。
「Proceed」
さらに五本の土の杭が射出された。真守は攻撃の隙間を見極めてそこに飛び込んだものの、途中で拳銃を落とした。遠くに投げ捨てる形になる。それを察知したのか、フィリップが土の壁から姿を現した。そして興奮したように勝利を主張する。
「さあ、拳銃もなくなった。地上の武器が魔術の世界では無力だということを思い知っただろ。諦めて俺と来い」
「まだありますよ」
感情を昂らせているフィリップに対して、真守は平然と話し始める。これではどちらが追い詰められた状況にあるのか分かったものではない。
「戦闘機って知っていますか。地上のイギリスにもあるでしょう。空を飛んで、機関銃やミサイルを撃つやつですよ」
「だからどうした。そんなものがあれば確かに脅威だが、拳銃を持ち込むことすら困難なメイスラにあるわけがない」
真守の言葉を馬鹿にするフィリップを馬鹿にするように真守は鼻で笑う。
「私も持っているのですよ。もうすぐ私を迎えにきてくれます」
「何、訳の分からねぇことを言ってんだ。Proceed」
フィリップが激昂しながら唱える。土の杭が真守に向かって射出された。真守はその場から動かない。しかし土の杭が真守に突き刺さることはなかった。
ドレスを着た女の子の形をした黒い影が片手で土の杭を掴んでいた。
「なんだ? ガキの霊体?」
ずっと屋上で待機していたエリザベスが満を持して物質化した。しかしそれだけでは終わらない。先程フィリップは屋上に助けは来ないと言っていたが、一階から屋上まで簡単に飛んで来られる魔術師がいる。
「私のかっこよくてかわいい戦闘機が」
彼らは真守の背後から来た。大きな杖に跨って、男の子と女の子が飛翔してきた。両翼には小さな女の子の霊体が二人並んでいる。マーガレットとマチルダだ。後方はメアリが構えている。エリザベスが欠けている状態ではあるが、ミヨク達の飛行魔術は問題なく運用されているようだ。
「Pro――」
「Drei」
フィリップが魔法陣を展開するよりも早く、アーミラリステッキから魔法陣が展開されてエーテルの射撃が放たれた。それが直撃し、フィリップは後方に飛ばされる。そのまま呆気なく仰向けに倒れた。
「思いっきり魔術じゃねぇか……」
それだけ言ってフィリップは気絶したようだ。これでラクタリストの残党との戦いは幕を閉じた。
ミヨク達が真守の傍に舞い降りる。真守は手を振りながら彼らを迎えた。
真守は屋上に来てすぐにエリザベスと思念で会話をしていた。そして下にいるエレン達に支援を呼びかけるように伝えていた。フォルトナー四姉妹ならばこの程度の距離ならば離れていても意思疎通ができる。魔術師でも普通は五階建てのデパートの屋上に飛んでくることはできないが、ミヨクとエレンならば造作もないことだ。あとはタイミングを見計らって、ミヨク達に合図を送ればいい。こうしてミヨク達は飛行魔術で助けに来てくれたというわけだ。
着地して早々、エレンが心配そうな面持ちで真守に問いかける。
「真守。無事? 怪我はない?」
「ええ、大丈夫ですよ。ソニアさんも無事です。もうすぐここに来るはずです」
五階での戦闘では、真守達や人質の中で新たな死傷者は出なかった。人質の皆も今頃はサンクチュアリから脱出して、連盟警察やヘンシェル教会に保護してもらっていることだろう。安心して気が抜けると、真守は自分の身の回りの方が気になりだした。
「それより見てくださいよ。服が小麦粉とか爆煙で台無しになってしまいました。結構気に入っていたのですけど……」
焦げたり焦げていなかったりする小麦粉を真守は懸命に手で払ってみたが、手が余計に汚れるだけだった。そんな真守を見てエレンは呆れたように眉を顰める。
「だったらいいわ」
そう呟くと、エレンはフィリップの方を向いた。
「マーガレット、マチルダ、あいつがちゃんと気を失っているか確かめてきて」
指示を受けた二人はフィリップの元へ飛んでいった。そして二人はフィリップのあちこちに触れて、フィリップからナイフ等の危ないものを投げ捨てていく。
それから今度はミヨクが真守の方へ寄ってきた。なんだか申し訳なさそうに頭を掻きながら上目遣いで真守を見つめている。
「ごめんな真守。結局、助けるのが最後の最後になってしまって」
「いえ、そんなことは気にしないでください」
できる限りミヨク達に危険が及ばないように真守はお膳立てをしたつもりだ。しかしサンクチュアリの構造やミヨク達の立場を考えると、助けに来てくれたことが奇跡だ。
あまり危険な目には遭わせたくないという気持ちと、助けてくれると信じているという気持ちが真守の中で喧嘩している。今回はなんだかんだで折り合いがついて、後者の気持ちに花を持たせることになった。
霊能力が使えず、相手は拳銃を使ってくるという危険な状況で頑張ったのだ。最後くらいは騎士の役目を他人に任せても罰は当たらないだろう。
「ありがとうございます。私達の騎士」




