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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第7巻 ストアフルエリア
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第5章 直接対決(3)

 ソニアは六時半になるまで、イベント会場の近くで待機していた。イベント会場は西側の端にあり、すぐ近くには階段がある。またイベント会場の前にあるロビーは広くなく、少し幅の大きい廊下といった方がいいだろう。ロビーは五階の中央広場と西側階段に繋がっている。


 真守まもりがイベント会場に入ったのを陰から確認してから、協力してくれた三人のサンクチュアリ職員がこっそりと西側の階段へと移動した。人質がイベント会場を脱出してきた際、西側階段へ誘導するためだ。六時半には東側の階段の一階から二階を塞ぐ瓦礫は撤去されているはずだ。一旦、西階段で二階に下り、二階のフロアを経由して一階へ下り、サンクチュアリから脱出することができる。


 ソニアの準備もできている。さて、六時半を過ぎた頃だ。


「逃げなさい」


 真守まもりの大声が号令となり、サンクチュアリの職員がイベント会場の扉を開けた。小麦粉をかぶった人質が続々とイベント会場から出て行く。職員たちはその人達を上手に西側階段へ誘導していた。最後に脚を怪我した人と彼を支えている人が出てきて、「人質はもういない。女の子が戦っている」と告げていた。それを聞くとソニアは三人の職員も下の階へ行かせた。その直後だ。


「ジェーン・ドゥ。貴様だけは殺してやる」


 一人の男がイベント会場から姿を現した。ソニアもその人相にんそうは知っている。指名手配されているラクタリストの幹部、フィリップ・ギランだ。ソニアは腰から拳銃を取り出して、フィリップに銃口を向けた。


「止まりなさい」


 ソニアが警告するとフィリップはソニアの方を向く。そして不快なのか愉快なのかよく分からないように口角を曲げた。


「やっぱりいたのか。ソニア・ヘンシェル」

「いいから両手を上げなさい。そうしないと撃つわよ」


 ソニアがもう一度警告すると、今度こそ分かりやすくフィリップは可笑おかしそうに頬を緩めた。 


「おいおい。撃てるのか。名家の魔術師のお前に?」

「必要ならば撃つわ」


 魔術師であろうと、他者の命を救うためなら、今の立場を捨てる覚悟をソニアは持っている。しかしフィリップの言いたいことは別のところにあるようだ。


「安全装置がついたままだぞ」


 そう言った次の瞬間、フィリップは腰に手を伸ばした。拳銃を取り出し、銃口をソニアに向けようとする。しかし安全装置についてフィリップが指摘した時には既に、ソニアは唱えていた。


「オークティール」


 魔法陣が展開される。そして黒い炎の一閃がフィリップをでた。フィリップは拳銃を持った手を肩の位置まで上げていたが、黒い炎を身に受けたことで拳銃を落としてしまう。そのまま五メートル程後方へ吹き飛ばされていった。


「悪いわね。最初から撃つつもりはなかったの」


 ソニアは安全装置をわざと解除していなかった。もし本当に拳銃を使わなければならない事態になれば安全装置を解除したが、そうするまでもなかった。生まれて初めて触る拳銃を使うよりも、慣れ親しんだ魔術を使う方がソニアにとっては遥かに安心だ。ソニアは拳銃を腰に差す。


 フィリップは起き上がり膝をついて、憎らしそうな眼差まなざしでソニアを見つめていた。


「なぜ、魔術が使える?」

「私の黒い炎は、サンクチュアリで魔術の使用を阻害している異世界生命体の力を抑えることができるみたいなの」


 真守まもりが五階へ行き、非常階段付近の安全を確認した後、ソニアは五階に入る前に屋上へ行った。屋上の空気は異世界生命体で満たされていないので、問題なく魔術が使える。屋上からサンクチュアリの屋内に向かって黒い炎を放ち、異世界生命体の力を弱める。それから真守まもりが先に進んでラクタリストの残党がいないと確認したところを、ソニアが後から黒い炎を放ちながら進み、魔術が使える範囲を広くしていった。最後にラクタリストの残党の見張りと真守まもりがイベント会場に入ったのを確認すると、このロビーも黒い炎で満たした。


 四階以下のように店舗が並び、広範囲に渡って壁で区切られていない場所ならば、こうは上手くいかなかったかもしれない。東側が事務所で、中央や西側も壁で区切られたホールが多く、黒い炎で燃やさなければならない範囲も狭かったので、ソニアの魔力消費が思いのほか少なくて済んだ。ソニアは魔術を使うのに十分な余力を残している。


 とはいえ異世界生命体の所為で魔術の出力が落ちていることはソニアも否めない。素早く密度の低い攻撃だったとはいえ、黒い炎が直撃したというのにフィリップは気絶しなかった。


「ソニアさん!」


 真守まもりがイベント会場から出てきた。西側階段に近い方の出入口から出てきたので、ソニア達とはまだ距離がある。


 真守まもりは拳銃を構えながら進んでいたが、やがてイベント会場からロビーにれ出た小麦粉が多くなって霧のようになっていくと、拳銃を腰に差して右手に警棒を持った。


 ソニアと真守まもりでフィリップを挟み撃ちする形となった。しかし今このロビーでは魔術が使えることがフィリップにも知られた。しかも粉塵爆発の危険が生じるため拳銃が実質的に使えない。


 フィリップの微笑ほほえみがソニアには見えた。黒い炎は実際の火ではないので、粉塵爆発を気にせず安心して喚起できる。ソニアは躊躇ためらいなくフィリップへ黒い炎を放つ。


「Gather」

「オスニイド」


 フィリップの前に魔法陣が展開されて、彼の姿を隠すだけの壁ができた。フィリップは適正属性が土属性の魔術師だ。砂の壁を作ったようだ。フィリップは今、ロビーの奥の方にいる。異世界生命体の影響は少ないだろう。


 対してソニアはイベント会場の出入口に近い。イベント会場にいた異世界生命体が小麦粉と一緒に流れてきたのだろう。先程からソニアは魔術の使用に普段ではあり得ないような負荷を感じていた。


 結果、ソニアの黒い炎はフィリップによって呆気なく防がれてしまった。壁が少し崩れて小さな山になったところの向こうからフィリップの声が聞こえる。


「本当に魔術が使えるな。こいつはちょうどいい」


 フィリップはさらに魔術を発動する。しかしソニアや真守まもりに攻撃するためものではない。むしろ自分の周りに土の壁を広げていく。まるで何かから身を守るようだ。


「ソニアさん。逃げてください」


 フィリップを迂回するようにゆっくりと進んでいた真守まもりが突如ソニアの方に駆けてきた。ソニアもフィリップの意図に気づいている。真守まもりと横に並んだ瞬間に、ソニアは唱えた。


「オークギョーフオークイスニイドシゲルティール」


 ソニアも相手を攻撃するためではなく、真守まもりと自分を守るための魔術を発動した。ソニア達とフィリップの間に大きな黒い炎の壁を作る。その直後だった。


「Proceed」


 フィリップの適正属性は土だ。その情報は間違っていないだろう。しかし基本属性の魔術ならば、適正かどうかに関わらず大抵の魔術は発動することならできる。実戦で使いこなす必要はない。ただフィリップは小さくても遅くても、火の玉を喚起することができさえすればいいのだ。


 フィリップが閉じこもっている土の壁の向こう側から西側階段の方向へ小さな火の玉が放たれたのを、ソニアは黒い炎の壁の隙間から見た。その火の玉は、イベント会場の出入口近く、小麦粉の霧へと突っ込んでいく。


 ドォォオオオオオオオン!


 西側の出入口を中心に爆発が起きた。フィリップが意図的に粉塵爆発を起こしたのだ。小麦粉が充満したイベント会場を通じて、反対側の出入口にも爆発が伝わってきた。


 既に中央側の出入口とソニア達の間には黒い炎の壁が立っている。爆発による熱や壁は黒い炎がさえぎる。しかし黒い炎の出力は普段よりも弱い。黒い炎の壁は爆風によって少しずつ押されている。


 真守まもりがソニアのそばまで来ると、ソニアの手を取りそのまま中央広場の方向へ走っていく。その途中、イベント会場でさらに大きな爆発が起きた。ラクタリストの残党が保有していた爆弾が引火したのだろう。

 その爆発により黒い炎の壁は崩れてしまった。その頃にはソニアも真守まもりも爆発の場所から充分な距離を取っており、二本の柱にそれぞれ分かれて身を隠していたので、爆発に巻き込まれることはなかった。


「ふぅ……。危うくパンになっちゃうところでしたね」


 別の柱に背もたれているそんな冗談を言っていたが、真守まもりはすぐに真剣な表情になってイベント会場の方を見遣った。


「あの会場の中には、三人の警備員のご遺体がありました。やはり最初の銃撃で殺されていたようです。それなのに……」


 真守まもりは悔しそうな顔をする。あの爆発では遺体もかなり損傷してしまっただろう。原型が残っていないしれない。この事件においてソニアにはどうしようもなかったかもしれないが、それでも守るべき民衆が殺されたことに対してソニアはやるせない気持ちを抱かずにはいられなかった。


 さらに真守まもりは話を続ける。


「それと、ラクタリストの残党が四人倒れています。私が倒した人達です。全員生きていましたが、今の爆発で死亡したでしょうね。まあ、自業自得といえばそれまでですが、フィリップも仲間を簡単に見捨てる外道だったようですね」


 所詮、烏合うごうの衆だったということだろう。元々エヴァンがいた頃のラクタリストも協調性というものが感じられなかったとソニアも耳にしたことがある。ソニアもラクタリストの残党には同情しないが、フィリップの残虐性を許せなくなった。


 やがて爆風が晴れて、イベント会場とロビーの様子が見えるようになってきた。壁はところどころ崩れ、瓦礫の山ができている。小麦粉も吹き飛んだようで、むしろ爆発前よりもよく見渡せるようになっている。


 土の壁も残っている。そして喚起した本人が壁の角から姿を現した。


「Proceed」


 そこで大きな魔法陣が展開される。そこからソニアと真守まもりの間を通るように、土砂の山が連なっていく。ソニアも真守まもりも再び柱の陰に隠れる。壁はソニアと真守まもりに近づくにつれて高くなり、ソニアのすぐ横では二メートル以上であった。ソニアと真守まもりは分断されてしまった。


 フィリップが動き出す音が聞こえたが、ソニアからはフィリップの姿が見えない。真守まもりの方へ行ったのだろう。


「オスニイド」


 ソニアは咄嗟とっさに魔術で土の壁を壊そうとする。しかし上手く魔術が発動しない。別の場所から空気とともに異世界生命体が流れてきていて、その力が強いようだ。迂回することも考えたが、まだ魔術の発動の方が早い。


 その間にも銃声や何かが射出されて壁にぶつかる音が聞こえる。真守まもりとフィリップが交戦しているようだ。


「ソニアさん。屋上です」


 そう言い残して真守まもりは去って行き、真守まもりの後を追うような音が続く。その後、ソニアはなんとか魔術を発動させて土の壁を壊したが、真守まもりとフィリップの姿は既に見えなくなっていた。

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