↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第7巻 ストアフルエリア
193/206

第5章 直接対決(2)

 真守まもりは五階に上がってきた。四階以下と違って五階には店舗がほとんどない。東側に事務所があり、西側に広間がいくつか配置されている。


 非常階段から一旦中央に向かい、西に続く廊下を進むとくだんのイベント会場がある。イベント会場は壁で完全に区切られていて、一本の廊下に二つの出入口が設けられている。その内の一つにラクタリストの残党と思われる男が見張りをしていた。


「お前がジェーン・ドゥか?」

「そうです」


 真守まもりが答えると、男は「入れ」と言いながらイベント会場へ先に入っていった。真守まもりは奇襲を警戒しつつも言われた通りにイベント会場へ足を踏み入れる。


 真守まもりが入ってきたのはステージから遠い方であり、ステージのそばに人質が集められていた。二人の男が人質を見張っている。その内の一人は拳銃を持っている。


 真守まもりが立っている出入口付近には警備員と思われる二人の男性が、そして少し内側に入ったところで一人の男性が頭から血を流して倒れている。やはり真守まもり達が聞いた最初の銃声は、彼らを殺害するために発射された銃弾によるものだったようだ。


 そして真守まもりの真正面には先に入った男を含めた三人の男がいる。真ん中の男が拳銃を持っており、まるで楽しみにしていたプレゼントがようやく届いたかのように口角を上げて真守まもりを見つめている。


「待ちかねたよ。ジェーン・ドゥ」

「そういうあなたはフィリップ・ギランさんですね」

「そうだとも。会えて嬉しいよ」


 そのやり取りを聞いて、人質を見張っていた男が真守まもりの方へ振り向こうとする。真守まもりはそれを察知して、男が拳銃を構える前に告げた。


「撃たない方がいいですよ」


 男は真守まもりに銃口を向けたまま止まった。下っ端とはいえ分かっているはずだ。ここで真守まもりを殺すことは得策ではない。


「撃ったら、今までのことが全て無駄になります。エヴァン・ペンドリー氏が戻ってこないどころか、何もなすことができないまま、あなた達が全員捕まることになりますよ」


 真守まもりに追従するようにフィリップも男に言う。


「ボイド。このレディの言う通りだ。人質を見張っていろ」


 フィリップに言われると男は人質の方へ振り返った。ラクタリストの残党からすると人質にも注意を向けなければならないとはいえ、拳銃を持っているかもしれない相手に対してフィリップは余裕を持った態度をしていると真守まもりは思う。


 さらにフィリップが気さくな感じで真守まもりに話しかける。


「なかなか肝の据わったお嬢さんだ。見た目通り男勝りな性格なのかな」

「男性っぽい服装は偶々なのですが、まあ、ありがとうございます。というか、フィリップさんも紳士な言葉遣いですね。私を呼びつけた時はあんなに怒っていたのに」

「それは失礼したよ。なにせ我々も必死でね」


 このまま六時半になるまでだらだら雑談できないかと真守まもりは考えていたが、そうは問屋がおろさないようだ。フィリップが本題に入る。


「さて、君には動き回られると困るんだよ。だからここで大人しくしてくれないか。そうしてくれれば命までは取らないよ」


 フィリップがそう言うと、隣にいる男がロープを見せびらかす。真守まもりを縛っておくのだろう。少し読みを外してしまったが、真守まもりとしては些末なことだ。


「まあ、動き回るのは控えますが、私がじっと休んでいてもいいのですかね。皆さんが逃げる時に協力する人が欲しいのではないですか?」


 仮に、エヴァン・ペンドリーを取り戻し、サンクチュアリが脱出するということになったとしたら、ラクタリストの残党は連盟警察やヘンシェル教会に追われることになる。しかも魔術が使い放題の環境の中での逃亡だ。逃亡の際にも人質が必要となる。


 つまり、その人質役を真守まもり自らが買って出るということである。もちろん最終的にそのような結果にさせるつもりは真守まもりにはないが、ラクタリストの残党から見れば不自然な申し出ではないはずだ。


 しかしフィリップは首を横に振る。


「いや、その役目は支配人のコリー・ダグラス氏にやってもらう。よかったな。彼はまだ生きてるよ。脚を撃たれただけだ」


 真守まもりは一瞬だけ人質の方を見遣る。立派な背広を来た壮年の男性が寝転がっている。右の太ももあたりに包帯が巻かれており、その包帯には痛々しい赤色がにじんでいた。彼がコリーのようだ。


「あの怪我では難しいのではないでしょうか。人質には不向きですよ」


 人質としての価値が高いと判断してフィリップはコリーを選んだのだろうが、まともに歩くことができないコリーを運びながら逃走するのは、五人しか残っていない残党にとっては荷が重いはずだ。


 真守まもりが説得すると、フィリップは首を縦に振った。


「分かった。どうしてもと言うならそうしよう。そうと決まれば武器を捨ててもらおうか。妙なことは考えないことだね。いくら君が立派なアジアンビューティーでも、下手なことをすればこちらも容赦しないよ」


 フィリップがそう言った時に、人質を見張っている男が拳銃をちらりと見せた。真守まもりも銃撃戦は好みではない。


「分かりました」


 真守まもりは腰に差している拳銃をゆっくりと取り出して、人質がいる方向へ投げ捨てた。二本の警棒についても同じようにする。そこで動きを止めるとフィリップが苦笑いを浮かべながら言う。


「おいおい。拳銃は二丁持っているだろ。もう一丁も捨てなさい」

「持っていませんよ。忘れてきました。二丁拳銃に憧れているわけでもないですからね」


 真守まもりのふざけた姿を見兼ねたのかフィリップの隣にいる男が声を上げる。


「おい。舐めているとただじゃおかねぇぞ」


 しかし真守まもりは平然と言い返す。これ以上拳銃を持っていないことは事実だ。


「そんなに信じられないって言うなら、この通りですよ」


 そう言いながら、真守まもりは上着を脱ぎ捨てて自分の腰がよく見えるようにした。一回転もして背後にも拳銃やその他の武器がないことを示す。これにはフィリップも満足したようだ。


「いいだろう。さあ、こっちへ来るんだ」


 真守まもりとフィリップ達の彼我は三十メートル程である。真守まもりはゆっくりと歩くが、フィリップ達はそれをとがめない。ダッシュで来られても困るだろう。


 真守まもりの時間間隔ではそろそろ六時半を回っている。真守まもりが十メートル程歩いた後、その時がやって来た。


 ぶぉぉぉぉぉおおおおおお!


 とんでもない異音と共に換気口から小麦粉が噴き出してきた。真守まもりが想定していたよりも勢いは強い。換気口は人質がいる側にもフィリップ達がいる側にもあり、両方から小麦粉がき散らされていく。


「なんだこれは」


 ラクタリストの残党が慌てふためく。その間に真守まもりは駆け出して、投げ捨てた武器を拾った。念のため拳銃も拾っておく。


 またたく間に、淡いクリーム色の霧が出来上がっていた。視界は悪いが、真守まもりにとっては見通せない程でもない。人質の位置もラクタリストの残党の位置もしっかりと掴んでいる。


「ジェーン。てめぇ!」


 人質の近くにいる男が拳銃を真守まもりに向ける。しかしフィリップが叫んだ。


「撃つな。爆発する」


 やはり何が散布されて、それによって何が使えなくなるのか咄嗟とっさに理解できるようだ。人質の人達も状況が分かってきたようで、次々と立ち上がる。今や拳銃という、人質の逃走を阻む大きな障害は取り除かれた。真守まもりは拳銃を腰に差し、二本の警棒を構えると、人質に向かって大きな声で命令した。


「逃げなさい」


 その瞬間、イベント会場の扉が開き、人質にされていた人達が一斉に出入口に向かって走り出した。


 真守まもりも駆ける。まずは人質に近い男に向かった。その男は拳銃を腰に差し、ナイフを取り出そうとしていた。しかし真守まもりは大人しく待つつもりはない。男との距離を一気に詰めて、男の頭を目掛けて警棒を振り抜いた。男は避けることができず、呆気なく地面に倒れる。


「このガキ」


 人質の近くにいたもう一人の男がナイフを高く掲げてながら真守まもりへ突進してくる。あまりにも隙だらけな動作であり、警棒を持っていなくても余裕で対処できると真守まもりは思ってしまった。


 とはいえ真守まもりは油断することもない。左の警棒で男の左手首を抑え、右の警棒でガラ空きになっている男の腹を太鼓のように何度も叩く。男が痛みにもだえナイフを落とし膝をついたところを、真守まもりは警棒で男の顔面を殴った。二人目もダウンだ。


 残りはあと三人。一人は真守まもりに向かっていたが、その内の一人は別の人物を狙っている。人質はほとんどがイベント会場から脱出できたようだが、あとの二人だけ残っていた。


「支配人。もう少しです」


 コリーが若い男性の肩を借りて出口に向かっている。コリーは脚を怪我しているので、上手く歩けないのだろう。このままでは捕まってしまう。


 真守まもりは右の警棒を腰に差して代わりに拳銃を取り出す。真守まもりに迫っていた方の男が一旦立ち止まったが、拳銃が撃てないことに気づくと笑みを浮かべてから再び接近してくる。その判断は甘いと真守まもりは思わざるを得ない。真守まもりは発砲するために拳銃を持ったのではない。


「いってぇぇえええ」


 真守まもりは目のあたりに拳銃を投げたのだ。見事に直撃して、男は顔を押さえて立ち止まる。男が痛がっている間に、真守まもりは落ちているナイフを拾う。そしてしゃがんだまま、コリーに襲い掛かろうとしている男に投げつけた。


「ぐあぁぁああああ」


 ナイフが男の背中に突き刺さり、男はうつ伏せになって倒れた。そしてコリーと彼を支えている男性はイベント会場から出ていく。


「てめぇ」


 左手で目のあたりを覆いながらも右手でナイフを持って再び真守まもりに向かって来る。真守まもりは低い姿勢のまま男の左側にかけ、すれ違いざまに警棒で男の脚を払った。


 男は転び、真守まもりは立ち上がる。そして起き上がる間もなく、真守まもりに頭を踏まれて男は気絶した。真守まもりは投げた拳銃を拾い、再び腰に差す。


 先程コリーに襲い掛かろうとした男は背中にナイフが刺さって倒れたままである。呻いているので死んではいないようだ。出血も少ない。真守まもりは殺してしまうことも覚悟してナイフを投げたのだが、重要な臓器の損傷はまぬがれたのだろう。


「それ、抜いちゃだけですよぉ」


 真守まもりは忠告だけしておいて辺りを見渡す。残りはフィリップだけだが、そのフィリップが真守まもりへ攻撃してこなかった。それもそのはずである。人質が逃げるために通った出入口とは別の出入口に、フィリップは立っていた。仲間を囮にして自分だけは逃げようとしていたのだ。


 フィリップは怒りをあらわにして真守まもりのことを呼ぶ。


「ジェーン・ドゥ。貴様だけは殺してやる」


 そしてフィリップは扉を開けてイベント会場から出ていった。外から発砲等で火をつけることで粉塵爆発を起こし、イベント会場の中にいる仲間諸共(もろとも)真守まもりを殺すつもりのようだ。


 もちろん真守まもりは急いでイベント会場を出ようとするが、命の危機までは覚えていなかった。騎士ナイトである真守まもりの後ろには勝利の女神がいる。


「止まりなさい」


 真守まもりの望みを叶えるかのように、イベント会場の壁の向こうで、ソニアが凛とした声を上げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。