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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第7巻 ストアフルエリア
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第5章 直接対決(1)

 ソニアは二階にいる男性の協力を得て、喫茶店等で保管されている小麦粉を四階の環境整備室へ運搬することにした。現在は六時十五分。ラクタリストの残党が指定した時間は刻々と近づいている。


 それでも何とか間に合うだろうと思われていた矢先、ラクタリストの残党が新たな要求を出してきた。ソニアは真守まもりと一緒に環境整備室でそれを聞く。


「ジェーン・ドゥと名乗る女。こそこそと何かを仕掛けようとしているのは分かっている。六時半までに一人で五階のイベント会場へ来い。さもなくば人質を殺す」


 フィリップはいらついた口調で言い捨てた。真守まもり達によって動ける人数を大幅に減らされて余裕がなくなっているのだろう。


 フィリップにとって墓穴を掘るような要求だという見方もできるが、ソニアとしては無視するわけにはいかない。実際に人質が殺されてしまえば、最終的にラクタリストの残党は全員捕まることになるだろうが、ソニア達の負けだ。


 ところで名指しされているというのに、当の本人である真守まもりは落ち着いた様子だ。


「まあ、四階に寄越したお遣いの人達が戻ってこないとなると、私達が自由に動いて何かをしようとしているなんて、嫌でも分かるでしょうね」


 真守まもりの言う通りだ。小麦粉の運搬はできるだけ音を立てないように行われているが、それでも従事している人は多い。フィリップは何らかの気配を一階下から感じたのかもしれない。


 ソニア達が何らかの作戦を実行しようとしているのを、フィリップが阻止したいと考えるのは当然だ。ラクタリストの残党の視点ではジェーンなる人物が作戦を指揮していると考えているようだ。そしてそれは当たらずとも遠からずである。


 ソニアとしては、真守まもりをこれ以上、ラクタリストの残党と戦わせるつもりはなかった。午後六時半には一階と二階を塞ぐ瓦礫が撤去される。午後七時まで連盟警察やヘンシェル教会の教会員が上がり、小麦粉の噴射と同時にイベント会場へ突入すると打ち合わせでは決まっていた。その時の真守まもりの役割は、イベント会場から逃げて来た人質の誘導だ。本人も渋々ながら了承した。


 しかしソニアにとっても真守まもりの存在は非常に心強い。仮に六時半の時点で真守まもりがイベント会場へ行きラクタリストの残党に捕まったとすると、作戦の実行に影響はないだろうが、やはり現場は動揺するだろう。今の真守まもりは、サンクチュアリの命運を握る人物だと言っても過言ではない。


 それでもなお、真守まもりは他人事のように状況を分析する。


「向こうは相当焦っていますね。要求通りエヴァン・ペンドリーが来るにしても来ないにしても逃走する手段を確保したいと考えるはずです」


 自分で言っていることの意味を分かっているのだろうかとソニアは心配になる。


「それってつまり、真守まもりは逃げる時の人質にされるってことじゃないの?」

「ええ、そうですね」

「ええ、そうですねじゃないわよっ」


 思わずソニアは叫んでしまった。作業している人達の注目を集めてしまう。ソニアがわざとらしく咳払いをすると、彼らは作業に戻っていった。


「ソニアさん。落ち着いてください。ラクタリストの残党が取る行動としてはむしろ真っ当な方ですよ。何かの拍子で狂いだされる方が厄介です」


 確かに真守まもりを人質にすることで、ソニア達の戦力をぐこともできる。ラクタリストの残党からすれば一石二鳥の手だ。今はまだ合理的な思考をしているという見方もできる。しかしソニアの心配事はそれだけではない。


「でも、だからって真守まもりを……」


 メイスラの治安を守るヘンシェル教会の魔術師としてこんなことを考えるべきではないかもしれないが、ソニアは単に、友達である真守まもりをこれ以上危険な目に遭わせたくない。


 そんなソニアの心中を察してか、真守まもりがソニアの肩に手を置く。


「ソニアさん。安心してください。私もみすみす人質になろうとは思っていません。小麦粉作戦を決行しましょう」


 おそらく六時半の時点でも、四階の環境整備室から五階のイベント会場へ小麦粉を噴射することはできる。しかし連盟警察やヘンシェル教会の教会員の到着が間に合わない。その場合、ラクタリストの残党と戦うことができる人間は一人だけだ。


「それだと、また真守まもりが戦うという意味になるのだけど」

「相手が拳銃を使わず、私が警棒を使えるのなら何とか戦えますよ」


 真守まもりは平然と言ってのける。真守まもりが剣術の達人であることはソニアも知っている。警棒も形状が剣に似ているし、真守まもりは易々《やすやす》と使いこなすことができるに違いない。しかしそんなことでソニアの不安が払拭できるわけがない。


 そもそも換気口を通じて、ラクタリストの残党が粉塵爆発を懸念するだけの量の小麦粉をイベント会場へ散布できる保証はない。理論上可能であるだけだ。サンクチュアリの設計者もそんな事態を想定していたわけがない。仮に真守まもりが来るように要求されていなかったとしても、小麦粉作戦は相当な博打だ。


真守まもり、考え直して。真守まもりがジェーンだという確証は、まだ五階の連中にはないでしょ。私がジェーンだということにして行くこともできるのよ」


 ラクタリストの残党の一人がソニアと遭遇した時、ソニアがジェーンであるかと疑っていた。彼らはジェーンのことをアジア系の女性だと予想しているようだが、容姿についてはまだ確証を持っていないようだ。


 それに真守まもりはメイスラでは一般人だ。ソニアはその認識を変えるつもりはない。ここは自分が身をていするべきだと主張した。しかし真守まもりはあっさりと反論する。


「無理ですよ。フィリップには私の声は聞かれていますし、アジア系だとバレています」

「口数を少なくすれば何とかなるわよ」

「ソニアさん。言い争っている時間はないですよ」


 真守まもりが強めの口調で言う。自分の企みが甘いことくらいソニアにも分かっている。それにソニアが行き、イベント会場が小麦粉に満ちて拳銃が使用不可になったところで、魔術が使えないソニアに戦うすべはない。さらに真守まもりは見落としてはならないことを指摘する。


「私が行かなければ、大勢の人が殺されてしまいます」


 人質になった人達を救出するためには、真守まもりが行くしかないのだ。まさに負わなければならないリスクである。ソニアも認めるしかなかった。


「分かったわ。私達も最大限のバックアップをする」


 ソニアがそう言うと、真守まもりは満面の笑みを浮かべた。


「そうなくっちゃ」


 自分が危機的状況に置かれていることを自覚しているのかと真守まもりに説教するべきなのだろうが、ここまで頼りになると最早何も言えないとソニアも笑うしかなかった。


 真守まもりは懐中時計を取り出して、時計をソニアに見せる。六時二十分を少し回ったところだ。


「今すぐ行きます。逃げて来た人質を誘導するために何人か来てください」


 真守まもりの頼みに、三人の男性が応じた。三人ともサンクチュアリの職員とのことだ。小麦粉の噴射は六時半になれば始めてほしいとだけバリーに言い残し、ソニア達は環境整備室を後にした。


 依然として四階から五階に行く手段は非常階段のみである。環境整備室から非常階段までの道中で、ソニアは真守まもりと話せることを話しておくことにした。とはいえ半分は、ソニアが真守まもりに拳銃の使い方を改めて教わることに消費された。


 ソニアと三人の職員はラクタリストの残党に気付かれないようにイベント会場の外で待機する。ラクタリストの残党が小麦粉の充満したから出て来た時、拳銃を使う場面が生じてしまうかもしれない。ソニアも覚悟を決めているつもりだ。


 それにソニアにも考えがある。上手くいけば拳銃を使わずに済むし、戦況を大きくひっくり返すことができるだろう。とはいえこれは確証がない賭けのようなものなので、今は真守まもりに話さないでおいた。


 五階のどこに待機するべきか、そしてどの方向へ逃げて来た人質を誘導するべきかを話し合った。その後、まだ伝えるべきことがあったようで、真守まもりが上を指差しながら話す。


「奥の手は屋上に隠しています。もしラクタリストの残党を取り逃がすようなことがあれば、屋上に誘導してください」


 もしラクタリストの残党が人質を連れることなく逃げるとしたら下の階ではなく屋上だと予想されるということだ。一階は既に魔術が使えるようになっていると彼らも勘付いているはずだ。いくら拳銃を持っているといっても大勢の魔術師に対してはが悪い。屋上から何らかの手段で滑空をした方が、まだ逃亡の可能性が残っているかもしれない。


 だからそこを叩く。ソニアも真守まもりの言う奥の手が何かを察している。


「奥の手って、エレンの守護霊のことね」


 真守まもりはクレメンスをとおして、エリザベスという霊体を屋上で待機させるようエレンに伝えている。霊体がいて霊能力が使える状況ならばテロリストを制圧できると真守まもりは断言していた。しかし真守まもりの考えにはさらに奥があったようだ。


「いえ、もっとすごいのですよ」


 また何かを企んでいるのだろう。真守まもりは愉快そうに歯を見せた。どちらにせよその奥の手が何かをゆっくりと聞く時間はない。


「まあ、見る機会がないことを祈るわ」

「それは私も同感ですね」


 話が終わったところで非常階段に着いた。六時二十五分だ。


 ここからは真守まもりが先行してイベント会場に入り、ソニアと三人の職員は可能な限りイベント会場へ接近することになる。ただ、ソニアには六時半になる前に試しておきたいことがある。


 真守まもりが階段に足を掛ける前に、ソニアへと振り向いた。


「じゃあ、行ってきますね」

 真守まもりは今でも晴れやかな笑顔を見せている。今の真守まもりは霊能力が使えず、自分の能力を十全に発揮できないはずなのに、そんなことは関係なく彼女ならば何でもできるようにソニアには見えた。


 ソニアも少し引きつったかもしれないが同じような笑顔を返す。


「ええ、後ろは任せて。それと――」


 時間が差し迫っている中、そんなことをしている場合ではないのだが、それでも真守まもりの強さに一歩近づけると思い、ソニアは小粋なセリフを吐いてみた。


「期待しているわよ。私の騎士ナイト


 ソニアの激励を聞くと、真守まもりはサムズアップを見せてから階段を駆け上がっていった。

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