第3章 作戦開始(4)
真守は伝声管の蓋を開けた。ソニアがラクタリストの残党と話すべきではない。サンクチュアリにソニアがいるという情報は敵側も握っている可能性が非常に高いが、だからこそソニアの行動を知られるべきではないと真守は判断した。
ここはラクタリストの残党にとって誰でもない真守が相手をする。
「もしもーし。フィリップ・ギランさんのお宅はそちらで間違いないでしょうかぁ?」
真守は敢えておどけたように呼びかける。すると三秒後に返答が来た。
「いかにも。ただ、いたずらにしては少々度が過ぎているよ、お嬢さん」
テロリストが何か言っていると真守は聞き流す。とにかく今話しているのが、現在のラクタリストのリーダーと目されているフィリップであるようだ。
「お呼びになっていた三人はどこかで昼寝をしています。危ないので拳銃やナイフは預かっていますね」
応答した時点で四階にいた三人を倒したと白状したようなものだ。下手に嘘をついても意味がないと真守は考える。銃を奪われたと知れば、フィリップ達もいくらか動揺することだろう。
「そうかい。それはご親切に。それにしても、君だけが俺の名前を知っているのに、君は名前を教えてくれないなんてつれないじゃないか」
「私の名前ですか。ジェーン・ドゥです」
名前は伏せておいた方が無難だと真守は考えた。メイスラでは一般人のつもりではいるが、エヴォーダーで吸血鬼討伐に一役を買ったり、魔術戦大会で決勝まで残った選手のコーチを務めたりした。どこでどういう風に名前を広められているか分からない。
「どこまでもふざけたお嬢さんだ。訛りを隠せていないよ。アジア系だろ」
やはりたった一年の留学ではネイティブの発音に近づけていないようだ。真守は自分の語学力に自信を失いかけたが、正体を知られたわけではないと切り替える。ただ、地上出身者だということは見破られたことだろう。
「それで、何者でもないジェーンさんは俺に何の用かな? 警備員にしては少し仕事熱心過ぎやしないかな?」
「別に、話し相手がいないのは可哀そうだなと思っただけですよ」
普通に仕事熱心な警備員が近くに二人もいるのだが、問題はそんなことではない。フィリップは真守の素性を探ろうとしている。フィリップからしたら、魔術が使えない環境下で銃を持った者を含めた三名の男性を撃破したと考えられるので、真守のことを警戒するのは当然だろう。
さらにフィリップは核心を突こうとしてくる。
「ところであのソニア・ヘンシェルがサンクチュアリに来ているそうなのだが、君は見かけたかい?」
おそらく真守のことをヘンシェル教会の教会員だと考えたのだろう。当たらずといえども遠からずだ。とはいえ馬鹿正直に真守も答えるつもりはない。興奮気味の甲高い声を伝声管に送る。
「えっ、あのソニア・ヘンシェルがここに来ているのですか? 私、大ファンなのですよ。見かけたらサインをもらってくださいよ」
「ああ、はいはい。考えておくよ」
フィリップも茶番に付き合うのに飽きたようだ。真守もそろそろ真面目な話を切り出すことにする。
「ところで、人質を取って立て籠っているそうじゃないですか。いけないですよ。そんな酷いことをしたら。結局捕まるだけなんでこんなこともうやめましょうよ」
「そういうわけにはいかないんだよ。我々にも魔術師としての大義というものがあるからね。地上出身のお嬢さんには難しい話かもしれないが」
魔術師ではないことは正しいし、魔術師の理念というものが正直よく分からない時があるが、真守にも明らかに間違っていることくらいは理解できる。
「侵略行為に大義もクソもないと思いますがね」
つい汚い言葉が零れ出てしまった。むしろこのままの勢いで警告の一つや二つ送ってやろうと真守は思った。しかし突然、別の受話口から声が流れて来た。
「サンクチュアリは異世界生物だ!」
パン。
壮年の男性らしき人物の叫び声の後、銃声が響く。かなり重要な情報がもたらされたが、それよりも真守にとって優先するべきことがある。
「まさか殺したのですか?」
壮年の男性は拳銃で撃たれたと考えて間違いないだろう。先程の言葉が現在の状況をどれだけ左右するか、真守もまだ分からないし、ラクタリストの残党も察していないだろうが、声の主は状況を一変しうると考えたから、殺されることも覚悟して情報を流したに違いない。
「おっと、余裕がなくなってきたかい。素が出てるよジェーンさんよぉ」
と言いつつも、フィリップは少し苛ついたように舌打ちしたのを真守は聞き逃していなかった。声の主を傷つけることは極力避けたかったのだろう。真守達が解除しようとしている力場の正体を知っているような発言もしていた。サンクチュアリを熟知している人間だ。
真守は一度伝声管の蓋を閉め、バリーに訊いた。
「先程の声の主が誰か分かりますか?」
「サンクチュアリの支配人、コリー・ダグラス様だ。間違いない」
バリー達が予想していた通り、支配人のコリーも五階のイベント会場にいて、人質にされているようだ。
真守は再び伝声管の蓋を開け、冷たい口調でフィリップに問いかける。
「で、どうなのよ。いいから答えなさいよ」
「さあな。俺は今、通信室なんだ。イベント会場のことはこれから確認する」
フィリップの言葉を信じるなら、先程の声の主は、真守とフィリップの会話を聞いて、割り込む形で声を発したのではない。四階の銃声、それからラクタリストの残党が動揺した姿などを勘案して、四階に自分達の味方が来たのだと察したのかもしれない。タイミングも、たまたまイベント会場にある伝声管に声を届ける隙ができたのがその時だったということだろう。
「ちゃんと生かしておきなさいよ。モラトリアムが減るのはあなた達にとっても不本意でしょう」
「言われなくても努力するよ。けど、もう俺達は三人やっちまったからな。哀れな警備員だったぜ」
「貴様っ」
横からバリーが声を出してきたので、真守が片手で制する。仲間が殺されて憎い気持ちは十分に分かるが、今は真守以外の人間が発言することすらも軽率な行動だ。どのような形で何を悟られるのか分からない以上、フィリップに余計な情報を与えるべきではない。
しかし遅かったようだ。フィリップが愉快そうな声を上げる。
「今のは男の声だったな。警備員がそこにいるのか。警備員と一緒に行きそうな場所でも、あいつに聞くとするかな」
先程のコリーの行動により、真守達も事件の解決策を得ることができた。大いに助かったと評価してもいいだろう。しかしラクタリストの残党側もサンクチュアリに関わる情報を得る契機となってしまった。他の人質を殺すと脅されれば、コリーも泣く泣くラクタリストの残党へ情報を提供してしまうだろう。それは仕方ない。
真守達が環境整備室にいることが知られると考えた方がいい。しかしバリーとベンはまだしばらく環境整備室を離れることができない。一階の換気ですらまだ半分を終わっていないはずだ。
救援は来ない。退路もない。こちら側も拳銃を一丁持っているものの、不利な状況で環境整備室を防衛しなければならない。
真守は深呼吸してから腹を括る。
「私達がいるのは環境整備室ですよ。叩き潰してあげますから来てください」
返事を待たずに、真守は伝声管の蓋を閉めた。他の受話口から声がすることもない。おしゃべりはこれで終わりということだ。
あらかじめ四階への入り口は封鎖しているが、相手が爆弾を所持している以上、侵入を許してしまうだろう。それでもいくらか時間稼ぎはできるはずだ。真守はソニア達を今後の対策を話し合うことにする。
「みなさん。お聞きの通り、ここに敵が来ます。私達の狙いも大まかには知られることでしょう。迎え撃つ準備をしますよ」
真守が発破をかけると、呼応するようにバリーが憤りを露わにする。
「ああ、あいつら、やっぱりあの時の銃声で殺してたんだ。許せねぇ……」
警備員の仲間のことだ。仲も良かったのだろう。バリーは今にもここを飛び出して、ラクタリストの残党のところへ突撃しそうな程、殺意を漲らせている。
「落ち着いてください。今やるべきは――」
「落ち着いていられ――」
殺意を込めた眼差しをそのままに、バリーは真守を睨みつけてきた。しかしすぐに引っ込める。年端も行かない小娘に諭されるのが気に食わなかったのだろうが、バリーも気づいたのだろう。
今やるべきことは、復讐心に身を任せることではない。
「すまない。続けてくれ」
バリーが冷静になったところで、真守は本題に入る。
「対策を決める前に確認ですが、一階の換気はどこまで進みましたか?」
真守の質問に対して、ベンが答える。
「半分は終わったよ。本来の出力にはならないだろうけど、魔術は使えるかもしれない」
だからと言ってヘンシェル教会や連盟警察がすぐに四階へ駆けつけてくれることを期待しない方がいいだろう。しかしこちらは切り札を入手した。厳密にいえばずっと手にしていたが使えなかった切り札が使えるようになったと言った方がいいだろう。
「ソニアさん。サンクチュアリの内部は異世界生物で満たされて、それが魔術の使用を防いでいると考えられます」
真守もずっと違和感があった。霊的な存在を感じていたのは本当にそういう存在がいたからであったようだ。ただ、真守がよく知るような霊体とは少し違うようだ。異世界の精霊と考えた方がいいのだろう。
つまり、ソニアの出番だということだ。
「ソニアさんの炎で、サンクチュアリの異世界生物の力を抑えることができるのではないでしょうか」
吸血鬼とは異なるが、サンクチュアリの異世界生物も物質世界の繋がりが弱い存在なのだとしたら、ソニアの黒い炎が弱点になり得ると真守は考える。そうだとしたら環境整備室の換気口を伝って黒い炎を送り、建物内を黒い炎で満たせば、この方法でもサンクチュアリを魔術が使える環境にすることは可能なはずだ。しかしソニアの反応は芳しくない。
「その異世界生物に、私の炎が勝てる保証はないでしょう」
霊体の侵入すら許さないとされるサンクチュアリの異世界生物だ。当然の反論だと真守も思う。しかし真守は反証の材料を既に持っている。
「私、サンクチュアリに入ってからずっと夜刀神を連れていますけど、何ともありませんよ。ソニアさんの黒い炎だってきっと負けませんよ」
バリーとベンを置いてけぼりにするのは申し訳ないが、大事なことだ。真守の言葉を聞いてソニアは考え込む素振りをする。異世界生物にも制御能力の限界があるはずだ。夜刀神が素通りできるならば、ソニアの黒い炎が打ち勝っても不思議ではない。
やがてソニアはしっかりと真守を見て頷いた。
「やってみる価値はあると思うわ。けど、フロア丸々の異世界生物を押さえつけるとなると、それだけで私は魔力を使い果たしてしまうと思う。使いどころをよく考えましょう。それと……」
ソニアも同じようだ。悪逆非道は許せない。闘志を迸らせた瞳で真守を見つめている。
「私も同じ気持ちだから。早くあいつらをぶっ飛ばすわよ」
「ええ、やってやりましょう」




