第3章 作戦開始(1)
ソニア達は東階段で四階まで上った。そしてすぐにシャッターを閉じて鍵をかけ、内側から店の什器を置いて、出入口を封鎖する。ラクタリストの残党が五階から下りてきてソニア達の邪魔をしてくるのを防ぐためだ。
警備員曰く、サンクチュアリの全体を換気するためには、かなりの時間を要するとのことだ。それに、サンクチュアリの内情を知られているとしたら、換気を始めればソニア達が四階で作業をしていることが確実に知られてしまう。換気が完了するまでに充分な時間を稼がなければならない。
東階段に続いて中間にある非常階段も同様に封鎖する。非常階段へ向かう途中、真守が四階を見回していた。ラクタリストの残党がいないか警戒しているというのもあるだろうが、他にも思うことがあるらしい。
「もっとゆっくり回りたかったなぁ……」
四階には工芸品や、メイスラで流行っているマスコットキャラクターのグッズが売っている店が多い。そして西側には遊技場がある。真守は楽しみにしていたが、今はもちろん遊んでいる場合ではない。
「真守。悔しいのは分かるけど、早くみんなを助けないといけないわ」
「はい。すみません……」
真守は肩を落としてしまう。もう少し気の利いた言葉を掛けてあげた方がよかったかとソニアは思っている内に、警備員のバリーが話しかけてきた。ちなみにもう一人の警備員の名前はベンである。四階へ上がる前に自己紹介は済ませておいた。
「ソニア様。非常階段の封鎖を始めますので、しばらくお待ちください」
「分かりました。お願いします」
いつの間にか非常階段まで来ていた。四階の出入口の封鎖はバリーとベンが行い、ソニアと真守は見張りをする。東階段の時もそうだったが、できる限り音を立てないように作業しているとはいえ、ラクタリストの残党が来る気配はない。真守も危機は迫っていないと判断したのか、ソニアにこんな質問を投げかけてきた。
「ソニアさん。ラクタリストが起こしたクーデターのことは知っているのですが、ラクタリストの指導者だったエヴァン・ペンドリーという男はどんな人なのですか?」
エヴァンはメイスラの間では名の知れた凶悪犯罪者だが、真守は名前を聞いたことがあっても詳しくは知らないだろう。真守がメイスラに来る少し前に、エヴァンの死刑が確定したので、真守が住み始めた頃にはエヴァンが話題にされることも少なくなった。
「端的に言えば、快楽殺人者よ。クーデターにかこつけて、人を殺したかっただけの狂人。魔術師の興隆なんて謳ってはいるけど、あいつはただ暴れたいだけ。地上の無術者も殺して回りたいのでしょうね」
説明し終えてから、もっと具体的な事例を話した方が分かりやすかっただろうかとソニアは考えたが、むしろ真守が知りたい情報を語れていたようだ。
「うちにもいますね。そういう救いようのないクズが」
真守と敵対している戦闘霊媒のことを言っているのだろう。エヴァンのことを深掘りしていきたいのか真守はこんなことまで訊きだした。
「エドガー・テルフォードと同じようなタイプですか?」
その瞬間、ソニアは真守のことを横目で睨みつけてしまった。かなり敵意の籠った視線を向けてしまったのだろう。真守が怯えたように目を見開く。
「ごめんなさい。軽率でした」
真守が謝るが、むしろソニアは自分の方が申し訳なく感じる。真守がメイスラで起こったエドガー関連の事件についてどれだけ把握しているかは知らないが、少なくともエドガーの名前を出すだけで責めてしまうのは度を越してしまっているだろう。
「いいえ。気にしないで。エドガーの場合は、魔術師としての在り方を重視するあまり、地上の無術者や邪魔する穏健派を殺そうとするタイプで、ラクタリストの中にも同じような思想を持った奴が多いでしょうけど、エヴァンは違うわ。本当に力を誇示したいだけ。魔術も戦闘にというよりかは、殺傷に特化しているようなものよ」
「殺傷に特化……。そんなに凶悪な魔術属性なのですか?」
真守の疑問を聞いて、説明の仕方が少し悪かったとソニアは反省した。エヴァンの魔術属性は、それ自体は危険なものではない。しかしエヴァンは魔術を人殺しの道具とするために自分の魔術属性を活用するのが得意だった。
「エヴァンの魔術属性は、塵よ」
「塵……ですか?」
真守は最初こそ訳が分からなさそうに困惑したような表情を見せたが、しばらくすると嫌そうに目を細めた。科学技術が発展した地上の国の出身だからだろうか、塵と聞くだけで察しがついたようだ。
「まさか魔術で粉塵爆発を起こしていたのですか」
「そうよ」
適正魔術で塵芥を周囲に散布し、適正ではないがすぐに発動することくらいはできる火の魔術により着火する。そして塵芥を通して爆発を起こす。五年前のクーデターでは多くの人がこの魔術の犠牲になった。
とはいえエヴァンは既に収監されていて、さらに死刑が確定している。真守はラクタリストの残党について考察する上での参考にしたいということでエヴァンのことを訊いているだろうが、当のエヴァンについては心配することないはずだとソニアは思っている。
「塵属性は、意外かもしれないけど特殊属性よ。可燃性の粒子だけを喚起することって困難なのよ。だから別にラクタリストの魔術師がそういう奴ばかりということもないわ」
「そうですか。今のラクタリストの中で特に警戒しなければならない人物はいますか?」
どちらかといえば今の状況ではエヴァンのことよりもその情報の方が重要だろう。ソニアは作業中のバリーとベンにも聞こえるように言う。
「おそらくラクタリストの残党を率いているのは、フィリップ・ギランという男よ。エヴァンがいた頃のラクタリストでも幹部だったわ。五年前のクーデターは後方支援を担当していたようで現場にはいなかったから捕まらなかった。魔術属性は土よ」
犯行声明にも明記されていなかったらしいので、今話したことはあくまで想像でしかないが、その可能性は非常に高いとソニアは見ている。ラクタリストは五年前のクーデターに戦力のほとんどをつぎ込んだはずだ。それだけでなく、連盟警察はクーデターの後にラクタリストの拠点を摘発に回り、構成員を徹底的に捕縛していった。むしろフィリップのような人材が残っていることの方が奇跡だと言うべきだろう。
「大体分かりました。ありがとうございます」
そんな話をしている内に、非常階段の封鎖も終わったようだ。ソニア達は西階段へ向かべく、遊技場に足を踏み入れる。遊技場にはビリヤードやダーツ、そしてピンボールの台があるらしい。ソニアは遊んだことがないのだが、一緒にサンクチュアリの案内冊子を読んだ真守が教えてくれた。
件のイベント会場は西側にあり、西階段のすぐ傍だ。ラクタリストの残党が四階を見張っているとしたら西階段に辿り着くまでに現れるかもしれない。ソニア達はより慎重に進んでいた。
そして危惧していたことが起きてしまった。ビリヤード台が並ぶ部屋に入ろうとした時だ。真守が全員に囁く。
「隠れてください。正面から人が来ます」
真守とバリー、ソニアとベンが別れて壁沿いに隠れる。やがて奥の方から足音が聞こえてきた。ソニアとしてはどんな人間か見たいところであったが、相手がこちらを向いている可能性が高いので迂闊に顔を出すわけにはいかない。しかし会話が聞こえてきた。
「ったく、面倒だよな。こんなとこ見回りなんかしても、誰も来ねぇって」
「いやいや、噂だとソニア・ヘンシェルがここに来てるらしいぜ。もしかしたら人質を助けに来たりするんじゃないか」
「馬鹿言うなよ。魔術が使えないここじゃ、あんなのそこら辺の小娘と変わんねぇよ」
目視するまでもなくラクタリストの残党だと判明した。バリーとベンは腰の警棒を引き抜く。あの男達が拳銃を持っているかは分からないが、呑気に話していることから察するに拳銃を構えていることはないだろう。二人が出入口を通ったところで不意打ちで倒せばいいと警備員は企んでいるようだ。
「とりあえず一通り巡回して戻ろうぜ」
「そうだな。俺も人質を脅す方やりたかったなぁ」
二人は自分達がテロを起こしている側だというのに緊張感をまるで持たずに、ソニア達の存在に気づく様子もない。さらに大きな足音を鳴らしながら不用心にソニア達の方へ近づいてきている。
二人の男がビリヤードの部屋を出た瞬間、バリーとベンがそれぞれ警棒で男の後頭部を殴りつけた。
「がっ!」「ごへっ!」
バリーが殴った方があっさりと気絶したらしく、うつ伏せで地面に寝転がった。しかしベンが殴った方は意識を保ったようで、両腕で上体を支えて立ち上がろうとしている。
「てめぇら、何も――」
男が言い終える前に、真守が男の後頭部を思いっきり踏みつけた。さすがにこれには耐えられなかったようで、男の両腕から力が抜ける。まさか死んではいないだろうが、鼻血を出しているのか顔の下から血が流れていた。
「真守、ちょっと――」
「もう一人来ます」
ソニアの言葉を遮り、真守が前方への注意を促す。次の瞬間に、ソニア達から見て側面にある出入口から男が現れた。ソニア達とその男の彼我はたったの三十メートルだ。男はすぐにソニア達に気づく。
「てめぇら、何してる」
と言いながら、新たに現れた男は腰に手を伸ばした。その動作の意味するところが分からず、ソニアは反応が遅れてしまった。
「下がりなさい」
真守が叫ぶ。そしてすぐ傍にいたベンとソニアの手を引いて外に逃げようとしていた。バリーは男を見つめたまま未だに動いていない。ソニアは壁に隠れる直前、奥にいる男が手に何かを持って自分達の方に向けている姿を視界に入れる。そして壁に隠れて見えなくなった直後に、空気を裂く音を聞いた。
バン。バンバン。バン。バンバンバン。
あれが拳銃だ。銃弾が七発放たれた。とはいえソニアは痛みを感じていない。壁に隠れることは間に合ったようだ。銃弾はソニアの身体のどこにも命中しなかった。
「うっ」「あああああぁぁっ」
しかしバリーとベンは違った。バリーは右肩を、ベンは左膝を撃ち抜かれていた。不幸中の幸い、銃撃によって死亡することはなかったが、それでも大怪我に違いない。
「この野郎。出てきやがれ」
なおビリヤードの部室にいる男は拳銃を撃っている。そして男がこちらに近づいてくるようだ。警備員の二人は負傷してしまった。まともに動ける者はソニアと真守しかいないが、拳銃に対抗できるような武器を持っていない。
絶体絶命かのようにソニアは思っていたが、真守はベンが落とした警棒を拾い、ビリヤード室にいる男に立ち向かおうとしていた。




