骨がたり!③
「肋骨の付き方もだいぶ変じゃない?」
まるで椎体2つあたりに神経突起が1つつくように見える。
基部が二股になった肋骨は、背側の肋骨結節は神経弓の横突起、腹側の肋骨頭は椎心に接続している。そのせいで、肋骨が椎体を斜めにクロスしたような形になるのだ。
(肋骨との関節を図示する)
「そりゃそうよ、だって両方についてたらおかしいじゃない」
「ま、そうか…」
「まずはそんなもん、って感じよ。だって石炭紀の脊椎動物って、脊椎の構造は摩訶不思議よ、摩訶不思議。形はみんな似たようなのに。」
「そうなんだ、たしかイクチオステガとかだと3パーツからなってた気がするけど…」
「それ!だって脊椎なんて、何度でも獲得されては再発明されるものなのよ。なんなら」
「なんなら?」
「カエルやサンショウウオの椎体がどれ由来なのか、21世紀の発生学者をもってもサッパリなんだってさ」
「あー、それ聞いたことある。で、どっちなんだろ」
「さぁ?だって21世紀の人たちもわからなかったのよ?」
「…ひどい」
「今じゃ「そんなこと、どっちでもよろしい!」って予算がつかないオチね」
「…そうだね」
私はさっき、アリアたちの研究室に誘われて、なぜ咄嗟にうん、と頷けなかったのかの理由を振り返っていた。あの研究室が、なぜ時空渡航できるだけの資金に恵まれているのか――それはあくまで、過去を開拓するうえで古生物の知識が必須だからなのだった。
「とにかく、椎体はよーくよく考えてもよくわからないんだから。こいつらエンボロメリなんか、上椎体/側錐心が発達してて間椎心/下椎体とほぼ同大になってるから」
「分椎類――テムノスポンディル、エリオプスとか。みたいな間椎心/下椎体優位のグループと、セイムリアモルフやディアデクテス類――セイムリアみたいな上椎体/側錐心優位のグループをつなぐミッシングリンク、なんていわれてたよね」
「だけどね」
そう言って、アリアは尾椎のあたりから、一本の骨を取り出した。
「あれ、これ」
そう、神経突起の上に、もう一本細長い骨が乗っている。
まるで、神経突起が縦にもう一本連なったかのように。
「スープラニューラル。カレイのエンガワの付け根にあるやつとかの親戚ね」
「あー!鰭を支える骨。」
「そう、魚っぽい特徴。この時代だと持ってるのは、エンボロメリとコロステウス類くらい。分椎類にもないもの。」
「へぇ…」
「ってことは、こいつ、どっち?」
「わかんないね」
「そ。カエルからみてこいつが魚よりか爬虫類よりか、外見じゃわかんない、ってわけ。そこで遺伝子をやりたい!っておもってたわけなのよ。ま、先にやってる人いそうだけど、ネタは数あったほうがいいものね」
そう言って、アリアは骨の一片を割って、その中身をサンプリングした。
そしてついに、頭にいたる。
皿に載った、巨大な頭。
長さは40センチほどもあって、もはやちょっとした恐竜である。
「さっきさ、これを狩った人が」
「なになに?」
「後頭部からクジラみたいに潮吹きする―っていってたけど、それってこの穴?」
私は後頭部も後頭部、ちょうど脳天から斜め後ろにずれたところにある、一対の穴を指さした。
「そうよ!だってこいつら・・・」
「いや…これって、耳の穴…だよね」
「あちゃ~、言われちゃった!」
「さっすがに気づくよ」
「でもほら、鼓膜ないでしょ?」
「たしかに・・・いや、ほとんど骨になった状態で言われても。」
「じゃ、あとでバラしながら確認ね。耳小柱、めっちゃごついから。」
「そうなんだ。」
「あ、アブミ骨のことね、ヒトでいう」
「キヌタ骨が上顎の方形骨、えーっとコレで、ツチ骨が下顎の関節骨…だっけ」
私は、むき出しになって、その骨と骨の間が煮崩れて割れ欠けた間を指さした。
方形骨は上顎の後端にあって、関節骨のほうは下顎側の、また後端にある。
「こうやってみると、ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨ってこの順番なの自然だし、鼓膜張筋が三叉神経下顎枝支配なのも当然だよね」
「鼓膜張筋?」
アリアがきょとん、としている。
「あー、ヒトの鼓膜の、張りの調節してる筋肉。ツチ骨にくっついててね。医者の世界だと試験によく出るんだって」
「哺乳類にしかないちっちゃい筋だもん、知らなくて当然よ」
「はいはい、私もリサに医学の勉強の手伝いしてなかったら知らなかったよ、たぶん」
「・・・そうね」
そう言ったアリアの口調の裏側になにかあるのに、私は気づかなかった。
「にしてもさ、上から見るとなんか、ツノみたいに飛び出した後頭骨…いや」
「板骨ね、Tabullar。」
「うん、それ、と、頬骨の後ろ…」
「鱗状骨?」
「のところでさ、くっきり鰓弓の列がわかれてるんだなーって」
「耳切痕のとこで?」
「そう、それ。さっきの話だけど、そこより前がザックリ第一鰓弓で、後ろがざっくり第二鰓弓だなって。」
「そうね。ああ、頭の後ろのとこがあればよかった。エンボロメリどうだっけかな…」
「何が?」
「鰓、鰓!結構あるもの。でもおろすときにけっこう外しちゃうのよ。化石にも残んないし!」
「この…頭と手足の隙間に?」
「そうそう。サンショウウオとかと全然違うでしょ?」
「オタマジャクシとかも内鰓だよね」
「ま、そうね。でもぱっと見似てるじゃない?」
「あー。そういやここの人たち、こいつのこと「大いもり」って言ってた。いや…大い゛も゛り、ってかんじ」
「い゛も゛り、なにそれ!」
「いや、意訳だけどさ。でもまぁ、イモリとはちょっとシルエットが似てなくもないくらいで、ぜんぜん違う生き物だけど、気分はわかるね。ヤバいものだってことも。こいつ、たぶん私の腰くらい口に入るよ」
私はずっしりと重いその頭を両手で持ち上げようとしつつ、言った。
「ねぇさっきの話に戻るけど、こいつ水生生物でしょ?」
「だね、見るからに。これじゃ陸に上がったとたん、自重でつぶれる」
誰も手を付けなかった足はひょろ長く、もはや自重を支えられそうにない。
肋骨も一部しか覆っておらず脆弱で、もし陸に上がろうものなら、自重で内臓が潰れてしまうだろう。
「でもさ、頭の骨…」
「けっこう、縦長だよね。ワニとかにはあんまり似てない」
箱型の頭部は先に向かって、左右に薄くなっている。一部のトカゲにはこんな風なものがいなくもないが、どっちかというと現在の両生類も爬虫類も、頭は上下に平べったいのが基本だ。
「…こういう左右に平べったいのは、恐竜とか、絶滅した古風なもののかおりがする」
そう漏らすと、
「古風なもの!古本に埋もれてるやつに言われると、いや、もう…」
「古いものは、いいものだよ。新しいものはクソばっか」
「で、鼻の穴先端にあるでしょ?これって、めっちゃ不便じゃない?」
頭の丈が高いのに、鼻の穴は側面の下部についている。
「たしかに、横越えてもう下だね。この鼻の位置じゃ息継ぎ難しそうだ。」
「そう!そうなのよ!」アリアは目を輝かせ、勢いよく身を乗り出した。
「だから耳の穴を使うの!」
「そういや、ポリプテルスも鰓蓋の上…っていうか、頭の上から息吸うよね。言われてみれば耳の位置かも。」
アリアの顔が一瞬固まり、箸を持った手がカタリと震えて止まった。
「え、今の魚にもいるの?」
思わぬ反撃に、彼女は唇を尖らせ、眉をぎゅっと寄せて悔しそうに私を睨む。
意外だった。
ポリプテルスは比較解剖学の古典的な書籍には必ずといっていいほど出てくるし、西アフリカではそれほど珍しい魚でもない。
にもかかわらず、あの古代を旅してまわっている”リアルフィールド派”古生物学者のアリアがあまり詳しく知らないとは、どういうことだ??と。
「もしかしてポリプテルスってそんなにメジャーな魚じゃない・・・?」
「色々な時代の惑星に行ったけど、まだ捕まえたことないわ。地球でも珍しいんでしょ?」
アリアは思う。ポリプテルスは案外化石記録に乏しく、アミアやハイギョと違って、起源が古いわりに中生代や古生代にとりわけ栄えたグループの遺残というわけでもない。もちろん簡単につかまるわけでもなく、古生物をフィールドワーク主体でやる側からすると盲点だった。
「うーん、たしかに分布は限られていたけど、そんなに珍しいって印象なかったかも」
とはいえ、最後の秘境を求めて西アフリカを彷徨っていた時のことだから、やはり珍しいのかもしれない。それに、ポリプテルスやハイギョのことは古典にはとにかく書いてある・・・そして、最初は四足動物に特に近縁なものとして注目されたものの、のちにそこまで四足動物に近くない原始的な条鰭類であることがわかると、その研究の熱も徐々に冷めていった印象を受けなくもないグループだ。最新の研究を追いかけていくとついつい見逃してしまう気持ちもわからぬでもない。




