骨がたり! ④
「ま、まあともかく!」
アリアは勢いよく身を起こし、箸をテーブルに叩きつけて話を戻した。
「耳って、どうやら吸気のために進化した器官っぽいのよ。デボン紀の肉鰭類なんて、観察した限りだとみんな基本的に口じゃなくて耳から空気吸ってるんだから!」
「あ、その箸…」
私はとっさに手を伸ばす。
「先が潰れると痛むから、ちょっと大切に扱って…」と小声で呟く。
この時代、箸は製造数も需要も少なく、ちょっとした貴重品なのだ。
ちょっとしたものなので作ってもいいけれど・・・リンボクの箸とかお土産に作ってもいいかもな。
鱗木の箸、いいかもしれない。
「あ、ごめん。でもそこまでわかれば話は早いわ。さらに遡ると、たとえば、エイの呼吸孔。アレは第一鰓裂に相当するわ。アレのおかげで砂に潜ったままでも呼吸できるの」
「第一鰓裂って、顎に変化した第一鰓弓と、主に舌骨に変化した第二鰓弓の間にできる空間だよね。さっき言った切れ目と同じ」
「だいたいそう。だけど哺乳類の舌骨は第三鰓弓の要素の方がでかいわ」
「舌骨もまた入れ替わってるよね。まあさておき。確かに泳ぎの遅いサメやエイは第一鰓裂を使ってる・・・泳ぎが遅い⁉」
「遅くなるとラム圧がかからなくなって、口を開けたまま泳いでも効率的に酸素が取り込めないわ。逆に高速で泳ぐサメでは呼吸孔は退化しがちね」
「小型化するにも呼吸孔が必要じゃないかな、ラム圧は小さいと余計に損失が増える。そして古生代の魚類は現代の魚類ほど泳ぐ効率が大きいようにはとても思えないし、大きさ自体も現在の魚類よりもずっと小さく粘性の影響を受けやすい。でも呼吸孔を水中で主に使う条鰭類はいない」
「つまり?」
「能動的に水を送り込むポンプとして、呼吸孔は効率があまり良くなかったんじゃないかな。鰓蓋はまさにそうしたポンプだけど、鰓蓋を使うギンザメでは呼吸孔は退化しているし、鰓蓋を使うポリプテルス以外の魚でもそう。ポリプテルスにいたっては外鰓まで持っているし、鰓蓋のポンプ機能がよほど弱いとみえる」
「なるほどね。つまりこう言いたいわけね?”鰓蓋の機能が未発達な小型魚にとって、酸素の効率的な取り込みには呼吸孔を介して空中から空気を取り込むのが得策だった”、と」
「まさにそういうこと。腸管呼吸はドジョウをはじめとして魚ではありふれているし、肺が獲得されるまでは呼吸孔から空気を吸って腸管に回し、次第に専門の呼吸器官としての肺が獲得されたのかも。となると、もしかして魚が酸欠になった時の鼻上げもそういう前適応があったのかもしれない、とか思った」
「面白いアイデアね!丁度シルル紀~デボン紀の魚類研究はヒートアップしているところだから、そのうち答えが出るかもしれないわ。」
「それが陸上に上がると、”鼻上げ”するよりも直接口から取り込んだ方が効率よくなって・・・いらなくなった呼吸孔は耳と耳管になり、いまも鼓膜で隔てられながらも外界と咽頭をつないでいる・・・ってことか・・・」
「それも、複数回ね。耳は複数回よ?両生類、爬虫類、哺乳類、全部発生原基がちょっとずつ違うんだから。」
「アシナシイモリって鼓膜ないし、サンショウウオの幼生は鼓膜じゃなくて鱗状骨に棘状に伸びたアブミ骨らしきものをくっつけて骨伝導で音を聞いてる、そして聴覚に転用可能な感覚神経はそれ以前からずっと平衡器として使うための耳石器に発達していて転用は容易・・・となると、もはや使われなくなった呼吸孔から耳が何回発生してももう驚かない気がしてきた」
「そうなのよ!以前から発生学では鼓膜は何度も起源している、と言われてきたけど、今じゃ本物の古生物を入手できるでしょ?だから、鼓膜の複数回起源を証明できる材料を探してるってわけ!」
「なるほどね、両生類はともかく、爬虫類と哺乳類ですら違う可能性があるんだっけ」
「そうよ、そういわれてるわ・・・だから探してるんだけど、なかなかそういう段階は見つからないのよね・・・」
「ところで、この鼻は?この位置だと水を吸うことになる。イモリみたいに水中のにおいを受容するために使うのかな」
「そう、それを調整しているのが鼻唇溝っぽいんのよ。よく機能はわからないけど、生きている個体が漁獲されたときには鼻の穴をぴくつかせて鼻の孔から水や老廃物を吹いてた。」
「サンショウウオでそんなのいるね」
「そう、でもサンショウウオって肺が退化してるでしょ?肺のある動物なら、肺からのガス圧で鼻に溜まった水を押し出せそうじゃない?でもなぜそんな構造が必要なのかなって。」
「たしかに。でも耳の噴気孔から空気が逃げるから圧がかからないんだったりして。よくわからないけど」
「やっぱり生きた個体をもっと観察したいよね」
「でもそのためには、構造と機能をもっと考察してからじゃないと、実物を見てもなぞに気づけない」
「じゃあ頭、バラしてみようか!」アリアが勢いよく箸を構えると、縫合の隙間に差し込み、すっと力を加えた。
よく煮込まれていたおかげで、骨は軽い音を立てて簡単に剥がれる。頭はまるで、骨が組み合わさってできた板を箱組みしたような構造だ。驚いたのが涙骨だ。まるでプラモデルのダボとダボ穴のような連結部がある。強い力で噛んだ際などに頭の”箱組み”が潰れて広がってしまうのを避けるための構造なのかもしれない。
もう腹一杯なのに、出てきた柔らかな肉を時々つまんで口に放り込んだ。
右側と左側に分けて皿の端に並べ、保存用に整理していく。神経や血管が見つかったら、できるだけ追いかけておく。裏側から見た神経頭蓋は、本当に魚そっくりの、細長い箱だった。
骨ひとつとっても、語ることはいくらでもある。
「この板骨と後頭頂骨、名残は人種によってあったりなかったりするんだけど、知ってた?インカ骨って言ったり…」
「私にはあってアリアには多分ない骨ってことだよね」
「・・・それももう、知ってた?」
「うん。でもすごく不思議だよね、2億年以上前に失われたはずの骨が、人種によってあったりなかったりするなんて。哺乳類でも一般的な骨じゃないし」
などなど・・・
ここで話した全てを議事録にまとめるのは、やめておく。




