骨がたり!②
さて、背骨を手の上で転がしてみる。
神経突起は2つのほとんど同形同大の、両凹型のドーナツ状の骨の間に”挟まって”いた。
そして不思議なことに、周囲の肉が離れているのに、椎体はあまりばらけていない。
間を引っ張ってみると、真ん中にヒュッとつながったものがのびた。
「やっぱり、魚みたいだ」
そう、それぞれの間には巨大な髄核が詰まっており、椎体状の中心に穴が開いて連結しているのである。食卓に並ぶふつうの硬骨魚の椎体が両凹型なのは有名で、そのように凹んでしまった椎体には「魚椎」という病名が付けられているくらいだ。
すると、
「脊索よ、脊索。肉鰭類のなごり」
と、アリアがフォローを入れた。
そう――髄核というより、たしかに脊索といったほうが近い。
(椎体および脊柱管、脊索の図示)
「たしかに、シーラカンスって椎体なくて巨大な脊索だよね」
「肺魚もだいたい、似たもんよ?ほら」
そう言いながら、アリアは肺魚の食べ残し――祝賀会でたくさん出たもののうち一番よく残ったものだ――を出してきた。ネオケラトドゥスそっくりなその身体の中心には、たしかに背骨がほとんどなくて、あるのはチューブ状の脊索だけだ。
「そっか、肉鰭類の段階だと体節…ってか沿軸中胚葉の発達が弱くて、椎体に置換されきらないってことか」
「そゆこと。」
「いやー、あいつに見せたかったなぁ。ってか、この話、帰ったらしよ」
「そいつ、誰」
アリアはぐいっと身を乗り出した。
「リサだよ、リサ。同期で医者になった子いたでしょ?バードウォッチングの。」
「あー!彼女がどうしたの?」
「大学のときね、脊索種ってなんで仙骨と頭蓋底の斜台にできるんだ―って言っててさ」
「へぇー」
「私ったら、発生でやったでしょ、椎体に置換されて間は髄核になっちゃうから、両端が遺残して宙ぶらりんに残るんじゃないの、って」
「で、リサっちの反応は?」
「納得はいくけど、脊索ってナメクジウオとかホヤのものじゃない?たしかに発生ではあるけど、って」
「たしかに、脊索動物って言ったらそっちよ、ふつう。」
「って。だから、あんまり成人になっても遺残するイメージが浮かばなくて、それがわからないんだって。なにせ、そのとき臨床実習で見てた患者さん、80歳で発症したんだって」
「脊索腫が?」
「そうそう。「80歳までじーーーっと脊索がなぜか残ってたの?そんなのありうる?脊椎動物としてけっこう、基礎的なところが残ってるってことにならない?」って」
「あたしもびっくりするかも、医者じゃないけど。で、どうしたの」
「シーラカンスの話がたまったま浮かばなくてさ、チョウザメの話をしたら、「でもチョウザメはヒトの祖先じゃないでしょ?」って。こんど受診したら写真見せよ」
「へぇー、今も付き合いあるのね。リサったらぜんぜん話してくれないのよ」
「そりゃ、医者と患者だからね、いちおう」
――かかってる理由が雑談だとかバレたら世間体に不味いからな気がしなくもないが。主治医、ってわけでもないしなぁ…。
「そ、なら今度誘うから。卒業してからずーっと、今度白亜紀行こう!って誘ってるのよ。」
「白亜紀?」
「鳥屋たるもの、鳥の原点を見ないでどうする!って。そっちは予定、開けられるでしょ」
――いや、開けられるなんて言ってないけど。
「開けられる、じゃないの。あんなクソ職場と旅、どっちがいいの?ってこと」
「…はい。あけます。でちなみにだけど…白亜紀ってめっちゃ長いけど、いつのどこ?」
「白亜紀前期、アプチアン!ちょうどいいサイトがあって、孔子鳥とかミクロラプトルとかが気軽に見れるの。化石記録とのコリレーションも結構とれてるし、私の方の知り合いのツテもあるし。1か月くらいとって、山東半島から大陸側を北上して、最近開通したトンネルと峠道で山越えて日本にぬけて…ってかんじ」
「壮大だね」
「直行便あるし余裕よ余裕」
「はぁ、その前に、休むべき仕事が、この旅から帰った時に本当に残ってるかどうか…」
「大丈夫だって、たぶんあのクソAIがごねて,やめさせてくれないから」
「なんで?」
「――そういうもんよ。だってアトラスの行動パターンって、どう思う?」
「いつも一番ムカつく方向に動く」
「そ。あんたが内心、本音になって辞めたいなら、あいつはやめさせてはくれない。あたしが断言。だからあたしがまた旅に誘っても、あんたはたぶん一生、あの職場からは辞められない」
「地獄!」
「勘よ、勘。それに、もしクビになったら?」
「就活に行きます」
「…うちに来なさい。いい?」
「っていうと思った。でも、それはなしだ」
「なんで?」
「後釜があると思うと、クビになってもいいやって気が緩むから」
「ひねくれもの!」




