表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
前日譚 超時空ゲートのある世界ー石炭紀、来るよね?ー
3/227

<Prequel 第一部 旅への誘い> 小さな叛逆者 (下)

登場人物

ケイ・ヤマナカ・・・主人公。成人女性だが、男子小学生のような外見。大卒、現在は会社員。

アトラス・・・万能人工知能。

       地球社会ではあたかも神のように扱われており、地球社会のあらゆる面に浸透している。

       地球においては、ほぼ全員がアカウントを持ち、人々を「正しい」方向へと導く。

       ツールとしても普及し、一部の会社ではヒト型筐体を持つタイプが社員として在籍中。

TWINS・・・ケイがモニターとして使っている、試作型AI。

      感情模倣に特化しているが、情報ソースは大学図書館所蔵の資料のみ。

      開発目標は「大学卒業者の生活支援」。



ケイのことを見ようとする者はいない。

しかし、全員が視線を向ける人物(アンドロイド)がいた。


――()()は、会議室の片隅にいる。


すっと整った目鼻立ち。

背は高く、シャープに仕立てられたスーツをまとい、姿勢は寸分の乱れもない。

その存在には、自然と男女を問わず目を奪われるような吸引力があった。


〈アトラス〉。


その名の通り、人類の知識の中核として地球圏を支え、日常のあらゆる面で人々を導く万能AIサービス。

地球において、アトラスはあらゆる場所に顔を出す。

あたかも電気や水道、通信インフラのようなもの。


一つの人格というわけでもない。

アカウントごとに、あたかも別人格のようにふるまう。

アトラスはひとつであり、無限にいる。


そして――ここにいるのは、人の姿をとって、社員の一人としてふるまっている個体だった。

さながら人造の、神の御使いといったところか。


ちなみに、この人型筐体。

じつはこの会社で開発されたハイエンド製品であり

――本社をはじめ、まだ数機しか納入されていない、最新機種だ。


「彼」は長い指で顎を支え、わずかに首を傾げた。

そして口をすぼめ、ふっ、と息を吐く。

――考えこむ姿に、違和感はなかった。

むしろ、人間よりも人間らしく、完璧であった。


その優雅なふるまいと、次に発せられるであろう神託にだれもが耳をそばだてる。

……しかし。


神託は、何秒待っても、下されなかった。


空気が、音を失っていく。


徐々に角ばっていく、社員の顔々。

誰かの貧乏ゆすりが、テーブルに置かれたコップに、波紋を立てた。


そんな中、時代遅れなメカニカルな雑音が響く。

――いうまでもない。

もちろん、ケイである。


机上の端末を叩き、型落ち品のARグラスをガチャリと、乱雑にかけた。

支援AI〈TWINS〉を起動。

大学の試作品で、モニターとして借りているものだった。性能は――あまりよくない。

うざったるい冗談と小言ばかり生成して、情報ソースは大学図書館だけ。

ただ、情報の出どころだけは確かだった。


型落ちの機器ならではの、キュイイン、という音。

針を刺すような、若者にとっては思わず鳥肌を立てるような起動音だ。

アトラスのふるまいを注視していた社員の一人が、耐えかねて、ケイをぎろりと睨んだ。

ARグラスの起動画面が終了すると、緑色の光る文字列が一文字ずつ、ぱちぱちと入力されていく。

そこには、こうあった。


《これは腹立たしい限りですね、知る限りでは大学図書館の文献にもそういう記述が幾つもありますよ。一次資料を提示しますが、もちろんいつものように原文で読まれますよね?

あと、そんなことは起きないという文献がないかも調べておきましょう。

ただ――くれぐれも発言には気を付けて。

さっきの冬虫夏草発言、頭にキノコ生えた人たちに何言われるかわかりませんよ。

だってこの星の名産は――頭に生えた、アトラスキノコですからね》


ケイはその文字列を見るや否や、ぶんぶん、と首を振る。

「いやそこまで言いたかったわけじゃ」

「最近ボクよりもパワーワードたたき出すよね」

と、ガチャガチャとメカニカルキーボードに叩き込む。


もとは、生真面目な支援システムのはずだった。

そこにユーザー人格・感情模倣エミュレーターが無理やり統合された結果が――これだ。

情報提供能力を求めているのに、世話焼きのコメディアンに育ってしまった。

正直いえば情報提供能力にしても、大学図書館にしかアクセスできないから網羅性に不安がある。

ケイは慌てて、「ブラックジョークはいいから。大学図書館の確実な資料だけ見せて」と入力した。


大学図書館の一次資料が、ARグラスの視界にずらりと並ぶ。


ケイはARグラスに提示された一次資料を、指でぱらぱらとめくりながら読み

――十数分もの、沈黙を作り出した。

そして、言う。

「資料上もすくなくとも10以上の実験で確認できますし、明確な否定論も見当たりません。リスクはあり、ととらえざるを得ないと考えますが、出典を列挙する必要はありますでしょうか?私には自明のように思えてならないのですが。」


しかし――見た目と声質のせいで、どうみても、小学生が駄々をこねているようにしか見えない。


「……いや、いい。アトラスを待とう」


どこからともなく、野太い声が響いた。

今日の会議でオンライン参加者から出た、最初の発言だった。


しかし――アトラスは、まだ口を開かない。

膝を組み、頬杖をついて――なにやら神妙な顔つきで、沈黙している。


十分以上も、たっている。

ケイがひとまず読み終わっても、まだ長考していた、あるいは長考を演じていた。

無音の中、アトラスの瞳孔だけが細くなり、戻ったりを繰り返していた。


そして――ケイがページを捲る動作を止めてから、さらに十分ほどしたころ。

長考を終えたのか、アトラスは顔を上げた。

口元に微笑を浮かべたまま、しばらく何も答えない。

あたりがしん、と静かになり、全員の視線が集まってから、ゆっくりと口を開いた。


「ケイさんの指摘は、もっともと言わざるを得ないでしょう。

リミッターを外せば、認知上書きは必ず起きると考えるべきです。

しかし――すでにこの問題は、全世界を覆いつくしてしまっている。


ですから次世代機では、むしろリミッターを義務化すべきです。

他社製品へのプライマリ・コードによる規制、

場合によっては地球統括政府への意見具申も考慮されねばならないでしょう。


荷が重いタスクですが、人類と弊社のためには、必要なことです。」


「そして――先見の明としてリミッターを標準化してきた弊社が、

敢えてそれを破る意味は見当たらないでしょう。」


驚きの声は上がらなかった。

アトラスが危険と判断した以上、逆らう理由はどこにもない。

会議は即座に打ち切られ、計画は白紙に戻された。



しかし、ケイは歯を食いしばり、わなわなと震えている。

限界まで握りしめられた、その拳。爪が掌に食い込み、指先から、真っ白になりつつあった。

――擁護されることすら、屈辱的だ。

神のようにふるまい、人を導くふりをする万能人工知能などに。

要するに――アトラスが言ったからリミッターを廃止するという話になり、アトラスが言ったからリミッターを義務化する、と180度方針転換したのだ。

アトラスが深界思考<DEEPER THINK>に至るきっかけを作った、ということは確かだ。

しかしそもそも、そうした危険性に、指摘されるまでアトラスが思い至らなかったこと自体が問題だ。

仮に「人を超える」万能人工知能を名乗るなら、この程度のリスクには気づかねばならないのだ。

それに――おそらく西暦21世紀の人工知能ですら、この程度には気づいただろう。

AIは神であったことがあったか。

そんな時代もあったのかもしれない。

しかし一つ言えるのは、そいつはもうとっくの昔に死んだということだ。

人の理性という最大の楽しみは、今日も奪われつづけている。

神を騙るポンコツ、あるいは神の、屍に。


それこそが最も腹立たしい。

「人間が最後に判断する」のは、形式だけだ。

だれも自分で考えない。

腐りかけたAIに、まるっきり判断をゆだねることが正しいと教え込まれているから。

まさしく草をのぼらされて節々からキノコを咲かせる昆虫みたいなもので、止める手段はもはやない。

手遅れ、というより、彼らはもう「いない」のだ。

場が動くことなど、ない。

ひたすら会議の時間が延ばされるだけ。


会議において最大の争点はつねに、「自然科学の真理の総体」と多くの人々に思われている「アトラス」が、ありがたい「啓示」をもたらすか、もしくは異端者を説得できるかどうか、である。

――ティタノマキアはもう終わり、世界を背負わされてきたアトラースは、頭から石と化しつつあるにもかかわらず、たいそうな「啓示」なり「神託」なりしをその口から吐き出し続け、ありがたく崇められている。石頭から出たご啓示は、さぞかし硬度が高かろう。


ケイは頭に血を昇らせながら、歯を食いしばるしかない。

それそのものを指摘すれば、いよいよ身に危険が及ぶ。

すでにパーソナルアカウントはBANされた身なのだ。

その程度の理性は、捨ててはいなかった。


***

会議室に、もう人はまばらになっていた。

「今日は本当にありがとうございました」

見上げれば、ケイの目の前には、〈アトラス〉の長身がそびえたっている。

身長差のせいで、ちょうど臍のあたりからだった。



アトラスはすっ、とその長い腕を伸ばし、握手を迫った。


ケイは、まだARグラスを外していなかった。

視界に〈TWINS〉の文字が浮かぶ。

《どうせ腹が立つとでも思っているんでしょう。でも、いまは「今日はありがとうございました」と素直に頭を下げるんです。これは仕事です。どうか円満に》


ケイは渋々、言われたとおりにその文を“読み上げ”る。

「き、きょうは、ありがとうございましタ」

そして、わざとらしく、深々と頭を下げた。


アトラスはその様子を見て、目元に笑みを浮かべながら、やわらかな口調で迎える。

「いえいえ、頭を下げていただかなくとも。こちらこそ、いつも新しい視点をありがとうございます。あなたの鋭い観察のおかげで、私はただ「正しい」か再確認する機会を得ていて、毎度わくわくする限りです。今回もまた、なぜ今まで気づけなかったのか、と思いましたよ。

もしよければ――今度一緒にお話しませんか。あなたからは、たくさんの学びが得られそうですから。」

そしてアトラスのヒト型筐体は、しっかりと、優しく、ケイの小さな手を包み込んだ。

しっかりと温かかった。――そういうヒーターが、ちゃんと実装されているから。

《ご主人様、会社においては、コミュニケーションこそが最も重視されるのですよ、もうちょっとましな表情はないんですか。アンドロイドに負けていていいんですか》

そんなメッセージが出ていることを、ケイは無視して、無表情でただ、作動した。


一人と一体が退出したとき、もう、会議室には他に誰もいなかった。

――会議が、終わった。


「いいさ、人間の相手は、人間の相手を専門にする機械にかなわない」

ケイは小さく、呟く。

《でも、生きているのは人間の世界ですよ。》


「いいかげんにしろTWINS、うるさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ