2 妖怪存在論
「よっしゃ!!!ケイ、作戦練るよ!」
もう猟師につかまったウサギの気分だ。
私はアリアにずるずると引きずられながら、水上集落の桟橋に向かわされていた。
「ほらね?やっぱいるのよ。鬼火は。今聞いたでしょ? 生息地のパターンがあるのよ。きっと生き物だって。ほら!」
テペが言っていた情報は、かなりの具体性と確信を伴った、類例を絞り込めるものだった。
――「柱の森では見たことないな。鬱蒼と茂った、低い森で、風通しがよくてよく乾くところだ。火がつきやすいからな」
やや矛盾しているようにも思えてひっかかったが、絞り込むには十分だった。
私は外を見やる。
そこにはまさにその、”柱の森”があった。
この水上村の住民たちは、リンボク類の森をさして、皆そう呼ぶ。
そもそも、森というには語弊があるのだ。
枝を一本も出さず、まっすぐ、高さ30メートルの柱が立つ。
そして、成長の終末期になってはじめて分岐をはじめて、枝だけかのようなスカスカの分岐となる。
木陰なんてものはない。
日を遮るような密な葉など、まるでないからだ。
あるのはひたすら、幹がおろす、細長い影だけ。
それはまさに、濫造されたパルテノン神殿の群れのようである。
しかし、不可解なことがあった。
「鬱蒼と茂った、低い森で、風通しがよくてよく乾くところ」――それって、なんだ?
この一帯の地形図が大量に張られたアリアのメモ帳には、さっき聞いた話の概要と考えられるスポットにバツ印がつけられていた。
「さっき言ってたの、この焼失跡で間違いないもの。」
そういって、地図中にぽっかりと開いた、灰色の領域を指さした。
「ってことは、テペはこっちにこう逃げてきた。証言とも合致する、でしょ?」
そう筆跡を光らせながら、私に一方的に話しかけている。
ただそもそもその手帳が、私のほうからはちらちらとしか見えない。
でも、ひどく楽しそうなのだけは受け取ることにした。
「でね!ここから扇形に、ちょっとした隆起があるみたいなの。多分天然ダムが決壊して更地になったんだわ。植生もちょっと違ってるみたい。ね?ケイなら、これ見ればわかるでしょ?」
そう言って見せられたのが森林記号だったので、吹いてしまった。
「符号が間違ってるよ。そこのリンボクの森が針葉樹林で?ええと?ここは果樹園ってなってる。やっぱこの星、めちゃくちゃだよ、いろいろと」
「まったく、時空探検ではよくあることね。凡例は、えぇと…書いてない!」
「どゆこと?」
「わかんないまま、違うってだけでいろいろな記号を当てはめて収拾がつかなくなっちゃったのよ」
「ま、行ってみれば何か違うってことか…それ、地図としてどうなのかってとこだけど」
「植民規模を考えてみて!この星に人が5万人しかいないのよ。広さは地球と勿論同じ。勘弁してあげて。」
ふと一瞬、会話が緩んだ。
そのすきをついて、私は話をねじ込んだ。
このままでは振り回されるだけ振り回されて、古生物調査が妖怪大調査(笑)になるのではないかという危機感を抱いていたからだ。
この村にきて、「鬼火」なるものが実際に出た、と聞いて以来。
アリアは片っ端から村人を捕まえては「鬼火ってどんなやつ?」と問い詰めて回ってきた。
もう、ここにきて3日目だ。
このままでは旅が終わってしまう。
もう、旅の後半もいいところだというのに。
「さっきさ、ちょっと腰をかがめた爺さんがいたでしょ」
アリアが今さら何よ、とばかりに聞き返した。
「あのブルブル震えた、腰が曲がった方?小人が見えるとか言ってた」
「あぁそうそう、その人。「緑の小人がほらあそこに一人、かがんでこっちに向かって行列を作っておる、ほらいま、船に乗った。」とか、言ってたよね」
「うん。」
「あれ、前も似たようなの聞かなかった?」
「「赤い服きた火星の兵隊さんが行軍してる」ってやつ?ちょっと違うけど、類例ね。興味深いわ。」
「おうちに何人もお客さんが来るんですって方もいたよ。死んだはずの。」
「お年寄りなんて、みんなそんなもんじゃない?ちょっとボケてきちゃって、何か勘違いしてるのよ。」
「それはそうかもしれないけどさ、うーん」
「それに、たったの半世紀よ?」
大きな瞳が、ぐんと覗き込んでいる。
「ここの人たちって、この星に移り住んできて、街を捨てて森を彷徨って、たったの半世紀。ちょっとくらいおかしくもなるってもんでしょ。ほら、「森に惹かれていなくなる」系の話とか」
「それはちょっと、単純化しすぎ」
「っていうと?」
「その人にとって存在するものと、他人から見て存在するものって、同じ?」
私は、湿気で張り付くシャツを剥がした。
べったりと、両生類の脱皮みたいで、手を放すとまた張り付いてしまった。
「違うわけないじゃない。あるものはあるわ。違ったら妄想とか、幻覚のたぐいでしょ?」
「妄想って、絶対にそうだ、って確信するもののことだよ」
私は医者ではない。
しかし、古書堂で読み漁った古い医学生向けの参考書には、それが赤インキが薄れた、かすかな太文字でそう書かれていた。
「それにほら、大学の時にもおかしくなって中退した子、いたでしょ。絶対にやつらが来るんだ、って叫びながら、必死に逃げ回ってたよね。何かから。」
アリアは髪を払いのけながら言う。
「それだって…何かの病気よ」
「バグって切り捨てると、本質を見誤るよ。病気ってレッテルを張るのもそう。」
「でもげんに、ないものが見えたらそれはバグよ」
「どっちにしても。”見えてる”ときと”見てる”とき、脳の視覚野は正常に動いてるんだ。だから彼らにとって、そこに本当に「存在」してるんだよ。」
「…存在って。」
「私たちが物を見たり、触ったりしたときと同じか、それ以上にありありとね。脳活動そのものが幻覚の正体とすれば、外部刺激は「外部に適切な幻覚を生成するための器官」ってことになる。」
私は言葉を切った。
「じゃあさ。そこにあるってどうやってわかる?」
「そりゃ、見て、聞いて…」
「また戻ったよね、そこ。また繰り返す?」
私は神経科学者でもないが。
「それはそう、だけど…」
「――で、さっきの話。テペの話はたしかに、リアリティはあった、でも…見た、逃げた、追いかけてきた、以外に刺激あった?”見ちゃった”だけじゃない?しかも、光る何か、というだけ。」
「でも、あんなにありありと語ってたのに?・・・」
アリアは少し考えこむように、うつむいた。
「もしそうなら、なおさら鮮やかに見えただろうね。水晶体を通してないだけに」
「小人とか火星の兵隊さんの話と同じかもってこと?」
「似てるね。私が「それは何か喋ってますか」と聞くと「喋ってはいるが姿は見えない」とか、「姿は見えるが何も言わない」とか、「触ってくるだけ」、「気配だけある」とかいってた。死んだ人と夜な夜なお話しする人もいたよ。でも、顔はないんだって。」
「そりゃ、いないからでしょ」
私はその少しうつむいた顔を、下から突き上げるように見上げた。
「じゃ、同じ質問を繰り返すけどさ、私たちが石炭紀の地球にいる、それがただの映画を見てるだけじゃないって、どうやったらわかるのさ」
「そりゃ、干渉できるし。映画や脳の錯覚ならそうはおこらないわ」
そう言って、私の肩を両手に持って揺さぶる。
汗ばんだ不快な質感が、ひたりと肩に水をおろしたようだった。
揺さぶられるたび、汗水がひたひたと垂れ落ちる。上から、下から。
「こう、ね。触って、揺らして、抱きしめられる。それで十分、存在するっ・・・・って・・・」
しかし、私の方はといえば、じっとその揺れる瞳を見つめ続けた――ロックオンしたままだった。
「干渉されるまでは存在するかわからない――それは怖いね。チュパカブラに吸われるまでその存在には確信が持てない、とか。恐竜も自分が喰われるまで、存在しないかも」
「だから標本をとりに、自分でいってるのよ。じゃないの?」
「うーん…ほら、なにか、わからない?蒸し暑い熱帯雨林の、汗だくのハグで、さ」
「なにかって?」
「暑い、息が詰まりそう、汗だくの肌が触れた時のヌルっとした、柔らかな感触――それに声に、目の前に塞がってくる姿に…」
「なに急に、ちょっと…」
「この濃密な世界を、五感すべてが様々な、混沌とした姿で受け取っていること。
それこそ、私たちがここに存在する、最も合理的な証拠だよ」
そう言って、私は息を深く吸い込んだ。
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