エンボロメリ(3)
濃厚な旨味が、舌の上で弾けるように広がった。
肉質は舌の上でほろほろと崩れていくほどきめ細やかで、やはりどんな四足動物の肉よりも魚肉に似ている。敢えて言うなら、一部のナマズ類の肉に似ているかもしれない。しかしそれともやはり違っていて、より濃厚だった。
繊維を感じないほどきめ細かく口の中でとろける身から、じわりと溶け出すスープの風味と油の甘みが口いっぱいに広がる。
脂ののった部分は淡水魚なら泥臭いのではないかと警戒する部分だが、そうした癖のたぐいはまるでない。
味付けはほとんど塩と香草だけとシンプルだが、レモンに似たシダ種子植物の香りが、爽やかな余韻をくわえる。十分以上だ。
しかし、皮を一口含むと、顔をしかめざるを得なかった。
分厚い皮の中には、細長い、骨質の鱗が沢山埋まっていて、よく見るとその表面の輪郭が沢山浮かび上がっているのだ。さらに、皮にはちょっとした、石油に少し似たにおいがある。皮目に脂は乗っているし、脂自体に臭みはあまりないのだが…後味がいまいち悪い。
結局、皮は残さざるを得なかった。
さいわい、肉は美味しいし、食べきれないほどある。食べられる分を食べればよいだろう。
先ほど、「今日旅人が来る」と言っていたが、いわずもがな勿論、他の旅人が来るというわけでもない。もしそうなら、先に来た私たちがそのご馳走を食べているという事態もまたあり得ない。
となると、やはりこの村では私たちは「来ていなかった」という扱いになるとしか考えられなかった。
作業艀に、物産と旅人が一緒くたに置かれた理由は、今や明らかだ。
この作業艀は、村の中ではないのだ。
おそらく村のソトか、それに値するもの…いや、完全に外ではないが、その境界…?
そういうモノなのだろう、おそらく。
そして、そこにいる限り、村には「来ていない」とみなされる。うーむ。そして、そこに配属されるのは妊婦ばかり。
少なくとも検疫ということはなくて…なにかもっと、根本的に異なる論理で動いているとしか考えられない。
ちらりと皿に盛り付けられたエンボロメリを見やる。
私より大きなその巨体は肉をかなりとられて、骨がだいぶ、むき出しになりつつあった。
その骨の大きさが、だいたい人の骸骨と同じくらいなのは、ちょっと考えないでおきたかった。
ただどうしても、そういう妖怪の類が頭の中を、カタカタと音を立てて這い回った。あの「亡者行列」なるものを聞いてしまっていたから、かもしれない。この世とあの世の、境界を。
おもしろいことに、腹側の皮は誰も手を付けず、結果として腹側の皮がまるで、亀の腹甲のようになって、上にほとんど骨だけになった体が崩れながらも乗っている、という形だった。
そもそも、足の付け根からわき腹を通って腋まで開く、という、現在の魚からすると奇妙なさばき方がされていたのだが、結局腹身の部分は誰も手を付けなかった、ということになる。
その縁を見てみると、納得せざるを得なかった。
あの鱗がさらに大きくなり、細長い菱形の、頑強な鎖帷子状の鎧となっているのだ。その内側にある身も少なく、敢えて骨まみれなこの部位に手を付けるものはいないだろう。
正直言うと、この古代の両生類…両生類、なのか?における臓器が、いかなる形をしているのか見てみたいところだったのだが、これは食事である、致し方ない。
ところでこの生き物、tritãozão do diabo――「悪魔のいもり」、と呼ばれているらしい。
この、化け物サイズの両生類――両生類なのか?
に相応しい名前だ。
tritão、がイモリ。
由来は、ギリシア神話やローマ神話にでてくるトリトンだ。
半人半魚の、海の神である。
イモリなんて小さい生き物に、なんと大仰な名をつけるのだろう。サラマンダーといい、トリトンといい、両生類の名は大仰だ…水と陸の重なった領域にいる、その境界にあるもの…
いや。カエルは普通か。
しかし、この全長2メートル越えの巨大イモリには、そのくらいの大仰さではぜんぜん足りない。
-zãoで、巨大で荒々しくて凄そうな感じをつけている。
ヤバいイモリ、という印象の上に、さらにdiabo、つまり悪魔を乗せている。
「悪魔のイ゛モ゛リ゛」といったところか、ゴジラに倣うなら。
ただ――できれば食卓でなく、生きた姿を川で見たかった。
境界?
私はようやく、長い長い道のりを経て掴みかけた気がした。
おそらく私たちは、まだ本当に「来ていなかった」のだ。
私たちがいたのは、「作業」艀ではなく、「境界」艀だったと考えると、急に腑におちた。
私たちは境界を跨いでいなかったから、「来ていなかった」。
物産はソトのものであり、ここで作業されることでウチのものとなる。
妊婦は、この世と、この世ならざる者の境界にある。
境界にあるとき、モノは重なる。
この村では、皿も食器も、平時は重ねたり接触することが忌避される。
舟だって同じ所に停めたりは絶対にしない。「重なる」からだ。
…重なる。
みな、重なる、からだ。
そう気づいた時、謎は謎ではなかった。




