エンボロメリ(1)
私たちは、作業艀を引き続きベースとしながらも、村の各所への出入りが許されるようになった。
舟もあるので、実質的にいつでもどこでも行き放題だ。
ただし、子供の艀と、子供たちの場所としての艀直近の森(なんと親すら簡単には立ち入れないらしい)には入れないこと、夜間の居住艀の周囲ではしゃがないこと、それだけが制約だった。
私はここまでを思うと、呆気に取られて腰が抜けてしまった。
長かった。
出発から拘束されてばかりの旅だったが、この数日間は特に重かった。
そして、拍子抜け過ぎることに、私たちが特に船を完成させる必要などなかったのだという。
迎え入れの日は最初から今日と決まっていて、それまでに舟が完成していようがいまいが、そもそも船を作りすらせずにサボっていても良かったという。
たしかにいわれてみれば、私たちの作業場の隣で作られていた舟は、だいぶ私たちより前に彫られはじめていたにもかかわらず、いまだ完成の目処がない。
普通は出産前までを最大限の納期として、三、四人のチームで一隻作り、無理そうなら他が助けるのだそうな。
朝食は、遅れに遅れて、この村では非常に珍しい、昼食になってしまった。
のし、のし、と足音を立てながらやってくる、みるからに屈強な発電艀の男たち。
彼らが持ってきたのは、まるで担架かといいたくなるような、人でも乗ってしまいそうな大きさの皿――というより鱗木を伐って半分に割っただけかのような樹皮板だった。
私は一瞬それが、担架か何かなのではないか、と空見してしまった。
しかし、そこに乗っていたのは、それはそれは巨大な――2mは軽く超えていそうな、ワニと魚を足して2で割ったような生き物である。
体の半分以上は、オタマジャクシのように長く伸びた尾だった。
それが、私の身長よりも長い、それこそ担架みたいな巨大な皿の上で、ぐるりと弧を描いている。
ワニ、という語が頭に浮かんでも、皿の上に乗ったそれに対して、足がすくむことはなかった。
細かく切れ目が入れられ、しっかり煮込まれたそれは、素晴らしく食欲をそそる御馳走でしかない。妙に魚っぽい鱗もまた、これがある種の魚だと私を洗脳するには、いい材料だった。
「エンボロメリね。」
アリアは一目見るなり、即答する。
「たぶん…フォリダーペトンPholiderpetonに近いたぐい。同じ種じゃ、ないと思うけど」
「北米から出てたっけ」
「出てるけど、かなり稀ね――もしかすると、これも未記載種かも」
そして、私たちは手を付けた。
わき腹に深く切り込まれた裂け目からは、ほろほろと崩れそうな白身が顔を覗かせ、柔らかな雲が黄金色のスープに浮かんでいるようだった。
体側に、垂直方向、つまり体軸に対して直角、所謂魚の横縞でシマウマの方向に、火が通りやすいように切れ込みが入れてある。
そこから肉をこそげとると、ちょうど一人前くらいの量の肉がとれるのである。
油の粒が光を反射し、湯気とともに立ち上る香りは、食卓に座る者全ての目を釘付けにする。
そこには、かつて南米に行ったとき食べた、Caldo de carachamaという豪快な料理を想起させるものがあった。これは20センチから、大きいときには50㎝はあろうかという巨大なプレコを丸ごと香草とともに煮込んだスープで、その骨から出る出汁と脂がじつに濃厚である。
入っているものと豪快さこそ違うが、殆どそれと同じような料理であるといっていいだろう。
「よし、まずは撮影から!」
アリアはすぐさまレンズを向ける。
既にアングルはしっかり、見計らっていたらしく、一遍の迷いもなかった。
「これぞ、石炭紀!」
そんな感じのことを言いながら、ぐるりと見まわすように動画を回した。
私はその頭を覗き込んだ。
丈が高く、どことなくポリプテルスのものをほうふつとさせる箱型の頭は大きく開いており、口の端にびっしりと並んだ1㎝ほどの小さな歯と、口蓋から突出する”牙”が見えていた。そこにはびっしりと血管が張り巡らせられており、それ自体が何らかの探知器官であることを示していた。鼻先の両側には1対の奇妙なくぼみ…鼻唇溝がある。
アリアはそれをさぞかしアップしていたので、何かしらの面白さなり理由があるのだろう。
後で聞いてみよう、と思う。
さて、このモンスターサイズの”両生類”は私たちを含めた、村のもののための御馳走であった。
新入りとなる妊婦たちの祝宴に、とりわけ華やかに盛り付けられていたのは、あの”クリマタ”――とよばれている、オーストラリアハイギョそっくりな肺魚類であった。**
*この人たちは、どうも発電艀でも調理係と泥炭の搬送係を兼任しているようである。
**以前の話参照。吐きながら餌を食べることと、泥炭に埋めても長期間生き続ける生命力から妊婦に良い食べ物と考えられているらしい。そのエピソードや理由付けは様々聞くことができたが、じつに神話的だ。




