「なにぶん、旅人なもので」
今日行われていた行事の中心は、むしろ別にあった。
私たちが舟に乗ると、いままで見たことのない楽器の音が一斉に響き渡り始めた。
低音、高温様々な笛の類が吹き鳴らされ、木魚にも少し似た独特の音を出す打楽器がポンポンとリズムを打つ。孔雀を彷彿とさせるような、シャリシャリと光り輝く葉を背中に2本葉飾りをつけた踊り子たちが、腰を振るわせながらリズムを刻んだ。
キラキラとした青色や紺色の輝きが、震え、刻み、光った。
それにしてもあの、真っ青だったり、青黒く光る葉はいったい、何なのだろう――
そしてなにより力を与えていたのは、声だった。
歌うというより、吠えるような声楽。
それが様々な楽器の音とともに川面を埋め尽くして、それを押し流した。
石炭紀の、鳴くものひとつない静寂の森が、人の音と声に埋め尽くされていき――そして、どこにも反響することなく、すん、と抜けていった。
キラキラ光るその輝きの中に、三人の人影が現れた。
女だった。二人はまだ幼さを残しており、私が飛び級して大学に入った頃くらいの歳だろうか。
肩には赤く、細長い樹皮布をつけていた。
もう一人は20代後半か30代と言った様子で、そのようなものをつけている様子はない。
「新たな命と村の一員を祝して…!」
といったような(おそらくそう聞こえたが、違うかもしれない)掛け声が入ると、一斉にうぉおおおおお、と声が上がっていき、もともと何を言っていたのかはもう、よくわからなくなってしまった。
そう、今日のメインは、村の交易ネットワークから、三人の新たな命を宿したものたちが、この村に新しく加わる方にあった。
そして、うち二人は私たちより幾分若くて、そして慣れないのだろう、この熱狂の中をさぞ恥ずかしそうに、肩をすくめながらも見守っていた。その肩には、赤く染められた細長い樹皮布をつけていた。
その三人は私たちに引き続き、大きな、大勢の乗った丸木舟に迎え入れられた。
よく見るまでもなく、そこに乗っていたのは作業艀でお世話になってきた方々である。
乗り込んだ瞬間、またどっと音の津波が押し寄せて、そして、しん、と静かになった。
そして、またもや、もう一つのものが担ぎ出されてきた。
それは人でも船でもなく――木だ。
私たちが削っていたのと全く同じ、真っ二つに割られ、大まかに先端を尖らせただけの、コルダイテスの丸太である。
それが、さっき私たちが通ったのと全く同じように、ころ棒を転がって水に投げ出された。
すさまじい水しぶきとともに水面に投げ出された丸太は、そのまま水面を進むかのように漂流した。それはまだくりぬかれていないとはいえある種の舟のようでもあったし、あるいは、水面直下をゆく、ある種の魚のようでもあった。
そこに、ヒュッと飛んできたものがあった。
先ほどの丸木舟からだ。
さきほどの新入り――赤い布を身に着けた若い二人が投げ縄を鮮やかな手つきで投げ入れると、それは丸太を見事につかまえた。私にはいったいどうやったら、水面に横向きに浮かぶ丸太に投げ縄を投げて、それを両端から捕まえて手繰り寄せることができるのかいまいちわからない――が、目の前で実際にあたりまえのことかのように起きてしまったのだから、疑うことはできない。そして――この程度のことはこの森の民にとって、あたりまえのことであるらしい。
先ほどまで自信なさげに肩をすくめていた二人は、胸を張ってそれを手繰り寄せ、その表情には微かな笑みすら浮かんでいた。他の者も後ろから、ロープを引っ張るのを手伝っている。
息はもう、ピッタリ。
そして、丸木舟の上に、一本のほぼ同大の丸太が横付けされた。
私たちの彫っていた丸木舟も、きっとああいうふうに運ばれてきたものだったのだろう。
それが、私たちが到着したとき、たまたま艀にあった――というのは、やや不自然だ。
きっと今目の前でやっているように、誰かを祝うために運ばれてきたものだったのではないか。
それがなぜか"余った"...
つまり、そういうことだったのか。
視界の隅に、ちらりと発電艀のアンテナが映った。
流産になった、体調を崩して、一方通行の緊急搬送となった、理由はいくらでも考えられた。
――しかし、あれは私たちのために用意された丸太だった、というより、本来だれかが彫るべきめでたい丸太だったのが、ちょうど何かしらの理由により余ってしまったものだった、というのが、私の予想ではあった。なにせ、私たちに舟を彫らせよう、と言い出したあの時の一日村長の判断を、村人たちはむしろ怪訝な顔で笑い飛ばしていたではないか。それを受けてしまったのは、私たちの――旅のノリというやつだった。
余計なことを思ってしまった。
しかしそれがあっているのかどうかは、とてもこの中、聞ける雰囲気ではなかったし、聞く相手すらいなかった。
丸太を曳航した舟が作業艀の桟橋によせられると、発電艀に集っていた人々も一斉に散らばりはじめた。
そして、朝の集会が始まる。皆の前で、新入りの三人が、声援の中で村に迎え入れられた。
朝の集会のほとんどはそれに費やされて、殆どもみくちゃになるように村人たちは彼女たちを触ったり、抱きしめたりを繰り返していた。――私たちはずっと、蚊帳の外だった。
そしてそれが終わりに差し掛かったころ、今日の一日村長が、ふいに私に声をかけた。
「村には、入られますか?」
隣でアリアが何かを口走ろうとした、しかし、私の方がこの時だけは、速かった。
「なにぶん、旅人なもので」




