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水おろち

「そうそう、旅人さんだし楽しむのはいいんだけど、夜はちょっと、もう少し声を控えてくれるといいんだけど」

唐突に、矛先が私たちのほうに向いた。

そうそう、と賛同の声は広がっていく。

その中に、

「水おろちが出るかもって怖くて寝れない」

という声が、いくつかあった。

――水おろち?

「その、水おろちって、大きな蛇のこと?」

アリアが食いついたのは、いうまでもない。

「蛇っていうのはこう、足のない現代の生き物で、にょろにょろっと…」

私はすかさず補足を入れようとした。

しかし女たちは言う。

「蛇?蛇ってのは、こう、あってもこのくらいのものでしょ?毒があるって話もあるけど、それで死んだって人は知らないわ」

手のひらを2枚広げながら、いう。

どうやら今でいうヒバカリくらいのもので、メートルを超えるようなものではなさそうだ。

「今朝も一匹叩き潰したもの、ああ不吉」


蛇が、いる???

「その蛇っていうのは…」

私は問い詰めそうになって、ふと、踏みとどまった。

正体はよくわかったからだ。

石炭紀からペルム紀にかけて出現した、足がなく鱗に覆われた両生類、欠脚類 Aïstopodaのことを言っているとわかったからだ。その姿は驚くほど、小型の蛇と似ている。

正直、軟部組織がついていたら私ですらぱっと見で見分ける自信がないくらいに。

だから、この艀とその周囲にも欠脚類が、日常的に叩き潰されるくらいにはいる、ということを知ることができただけで大収穫だった。あとは静かに、夜探すだけだ。


「で、おろちと蛇にどんな関係が?」

――そうあっけらかんと聞き返されても困る。おろち(Sucuri、アナコンダのこと)といいつつ、それと蛇が無関係だと言われても。

「長いのは同じでも、全然違うでしょ」

というのだ。

曰く、おろち、というのは蛇よりずっと大きな生き物で、蛇と違って鋭く、長い牙を持っているのだとか。その牙こそがおろちをおろちたらしめる、と。

しかし、その「蛇」の基準が欠脚類なのでまた、困ってしまう。


「夜うるさかったのはごめん。でも、水おろちと騒ぐの、どういう関係?」

アリアはそこが気になったようだ。

そのいかにも物騒な名前と爬虫類めいたネーミングに、恐竜研究者としては反応せざるを得なかったのかもしれない。モササウルスとかならともかく、そんなものが石炭紀の水中にいるとは思えないので、私としてはそこまで気が乗るものでもなかったけれど。


「そうね、どこから話し始めよう、うーん、ジョゼ、シコ、チオンの3兄弟の話は聞いたことある?」

――ない。

「そうね、私たちの村ではよく話される大悪党」

「大悪党?」

「そ。人のものを盗ったり、捕ったり。さらには街の船を襲撃して恐喝してナイフを奪ったり」

「街の船…」

「調査船だったそうね。その頃はけっこう来てた。彼らのこともあって、いまはもう来ないけど」

「それで、襲っておいて、ナイフしか奪わなかったんですか」

「まさか。でも、奪った金属はみんな研いで刃物にして配ったの。舟自体が宝の山だって」

――逆に言うと、彼らにとって金属というのは、刃物くらいにしか用途がなかった、ということなのだろうか?。

「で…襲われちゃった人たちは」

「船の中に舟が積んであって、慌てて逃げだしたんだって」

…。

「で、とにかく、そういう3人兄弟だったのよ。荒事はあっちこっちで起こすけど、分け前はみんなに配る、そういう人たち。

「だから、大悪党だけど、村で憎まれてるってわけでもなかった。」

「でも」

「でも?」

「一番上のジョゼが、当時村一番の美人さんだったビアンカに恋をしたの。」

「でも彼女、もう相手が決まってたのよ。」

「しかもその相手もひどいやつでねぇ、いつもあざが絶えなかった。」

「二人は相思いになってね。で、三人は結託した。村を巻き込んで、ビアンカを奪おうとしたの」

「村を巻き込む?」

「そう、三人はまず、夜中に騒ぎまわった」

「ほう…」

「夜中に街の船からかっぱらった酒をあけて、止めに来た奴らにもふるまったのよ」

「…それで、相手さんを酔いつぶれさせた、とかですか?」

私はつい、おろち、酒、と聞いて八岐大蛇を連想してしまった。

もしそうならストレートに日本神話らしきものがここにもあるという話になったのだが。


「いやいや、もっとあくどい方法。」

「毎晩夜になるとどんちゃん騒ぎしよう、って村の規則を変えたのよ」

「夜といえば2日に一遍は宴会になって、その間の日は街の船を襲いに出た。」

「そのうち、3兄弟がいなくても宴会が起きるようになったころね。」

「だいたい一か月くらいかしら」

――それにしても、やっぱり街の船からかっぱらった酒なのか。

さながら水賊といったところか。それにしてもこんな密林に、酒を満載して定期的にのぼっていた街の船、いったい何をしようとしてたんだ。

「それで…どうなったんですか」

「ついにビアンカを船に乗せて、」

「宴会の騒ぎに紛れて、船を出して連れ去ろうとしたのよ」

「うん」

「そのとき、ビアンカが突然船から消えたの。一番困惑していたのはとうのジョゼと、一番下のチオン。シコはその時も宴会にいたから、ことの顛末には気づかなかったけど。」

 「で、そのビアンカを喰っちゃったのが、水おろちだったの?」

 アリアが割り込んだ。

――酷い話だ。だとしたら、まるでくそサメ映画の脚本じゃないか。


「朝になって、村もビアンカがいないことに気づいた。村人たちは3兄弟の仕業だと気づいて詰問したの。ビアンカとジョゼが昼間に何回も会っていたのはよく知られてたし、ジョゼは酷い落ち込みようだったから、すぐそういうことだろう、ってなった」

「そういうこと?」

「心中ね。でも起きたことは、殺害」

「…」

「3人は手足を縛られたまま川に流されて、街の人に捕まったそうね。いまも懲役中だって」

「ひどい話です」

「で、水おろちは」

「そのあとも宴会は続いたのよ。でも、夜中に子供が消えたり、人がいなくなったり、ってことが続いた。その頃は何も明かりがなかったから、夜目もあまりきかなくて。宴会の途中に水に飛び込むことも多いし、水音もわからなくて」

「で…水おろちは?」

「それで、ついに目撃されたのよ。その夜は月夜で、ちょうど艀から足で水を叩いていたトニーニョって少年がね、みんなの目の前で、巨大な頭に、パクッ、と。みんなもう慌てて、その晩から宴会をやめた。そいつも三兄弟の仕業だったって気づいたのは、その頃だったわ。」

「で、水おろちは、その後は?誰か退治したの?」

「その後、幅1メートルくらいありそうな巨大な頭を見たって人はいるけど、そこではそれっきり。でも、延縄漁師は言うわ、絶対いるって。手のひらくらいの牙が串刺しになった獲物なんて、みんなもう何度も見てるもの。」

すると他の女が言う。

「私もみた。10センチくらいの牙。真っ白でその、、、釘?みたいな。水おろち、って言われてるのも納得よ」

私は昨晩のリゾドプシスを思い出す。あれの…6,7倍くらいの魚だろうか。

そう思うと、存外荒唐無稽な話にも思えなかった。


補足

私としては、水おろちの存在というより、これは街と村の関係の問題であるように感じられた。

現時点でも村と都市の関係は良好と言えず、植民政府の管轄が行き届いている土地とすらいえない。泥炭林の調査ができるパイプを持った研究者もアリアくらいしかいない状態にある(それでこの有様だったから、推して知るべきだろう…決定的な断絶が生まれてしまっている)。そして、調査船に積んであった「酒」というのはおそらく、DNA保存用の高純度エタノールである。引火性が強く危険なはずだが、パラー生物研究所(といっても殆ど名ばかりなのだが*)の物品払い出し記録を調べたことによれば、時空暦40年前後まではまだ純エタノールが不用心にも採用されていたらしいので状況は合致する。これを村に持ち込んでいたということ自体、宴会以上の大罪ではなかろうか。金属工具がそこそこあって、しかもそれがやたらと珍重されていたり、村がむやみやたらに機械化されていないのもこのあたりの事件がかかわっているのかもしれない。と考えると、この三兄弟は(存命を服役者リストで確認できたが)生きながらにして神話となり、トリックスターとしての役割を演じ続けていることとなる。


*パラー生物研究所とはいうが、実際には研究所と題しながら研究者は不在で、その実態は外部の研究者に標本を販売する標本商でしかない。パラーの生物リテラシーはパラー市長がヘリコプリオンを「チップソー・いるか」呼ばわりしているほどの状況であり、それを吹き込んだ”有力者”がそこである。その他、あまりいい噂はない。

アリアやリリィはステラ・デリバリーと連携しており、こことは縁がない。

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