村と、旅
結局、昨夜も夜な夜な採集。
殆ど寝付けないまま、朝が来た。
朝の集会が終わるや否や、私は目をこすりつつ、駆け出していた。
桟橋に、昨日、発電艀で舟の制作を教えてくれた男の姿がいたのを、私は見逃さなかったからだ。――名前のほうは、憶えていなかったけれど。
「昨日はありがとうございました。あのー、その、舟は」
私が尋ねるなり、男は
「あぁ、いい感じだぞ?明日にはいけそうっすね」
という。
「明日…ですか」
私はこの舟づくりが始まってから、もう1週間近くも村に拘泥されているという状況を、あらためて気に留めていた。
旅程はたっぷりある、はずだった。
しかし、行きの宇宙船で2週間、帰りの宇宙船で2週間。
そして――
舟づくりに、一週間。
この旅はなんなのだ、と言いたくなってしまう。
行きや帰りに時間がかかるのは、まぁいい。
しかし、石炭紀にまで来て、丸木舟をひたすら作って終わる1週間というのは、頭を冷やしてみるとどうもその・・・不毛だ、という印象がぬぐえなかった。
その間に様々な観察や発見をできたのはいい、が…しかし。
その間に手足を動かしていれば、もっといろいろなものを発見できたのではないか、と。
はぁ、とため息をついた。
吐息はただ、じっとりと重く湿った、暑い空気に溶けていく。
じりじりと照り付ける日差しの下で、私はぐっと、あおむけになって手足をうん、と伸ばした。
床板として使われている鱗木の樹皮の、微かな凹凸が背中全体に触れた。
表面は脱皮して――鱗木は脱皮するのだ――、あの鱗のような模様はもはやない、のだが、さざ波のような厚壁組織が作る模様が、背中に心地よい。
艀は微かに揺れていた。
いや、私の三半規管が寝不足で、その平衡覚に異常をきたしているのかもしれないが。
――いずれにせよ。
きょうは一日、本当に、やることがない。
舟の完成は、もう待つだけ。
かといって、村にはまだ認められていないし、ここから外に出ることもできず。
この狭い艀の中を、ひたすらうろうろするしかない、という状況。
吐息はくぐもった熱帯の湿地帯に押し負けて、顔の上に戻ってきたような気がした。
「で、どうすんの、今日?」
振動とともに、アリアの声が降ってくる。
そして、どさっと横になった。
二人して、大の字になっていた。
大きな手が、私の顔のすぐ隣にあった。
…すぐに、言葉が出てこなかった。
言うに困って出てきた言葉は、自分でも何を言わんとしたものか、よくわからないものだった。
「なんかさ、こういう時間って、あんまりないなって」
・・・一瞬の間。
「こういう時間?」
「そう、何もできない、しようもないって。宇宙船の時も思ったけどさ…」
天井に葺かれたシギラリアの葉の間を、一匹の原直翅類がかさかさと這い回っている。
その動きはどうにも、カワゲラの成虫のものを思わせた。
「…旅、って感じ?」
「あぁ、そんな話したね、前に」
天井の原直翅類が、ひらりと飛び降りると、カサカサと翅を不器用にばたつかせながら飛んでいって、プサロニウスの材を使った、若干水の滴る柱にとまった。
――その様子を私は、重力に縛られたように地面にへばりつきながら、見上げるほかなかった。
気だけははやるのに、体はまったく、言うことを聞かなかった。
「じゃさ、釣りやろ?」
そういって、アリアは道具をさっそく並べている。
「釣りなら、ぼーっとなんか出るかもって待てるし」
キラキラ光る金属製のリールに、カーボンロッド。艶やかに光る、透明な糸。
それを見て、私は思わず苦言を呈してしまった。
「せっかくだし、この村の方法でやるのは…」
「さっき聞いたもん。だーめ、だって。」
そう言って、アリアは向こうを顎でしゃくった。
「じゃ、これでやるのはもっとダメじゃない?」
「それはいいって」
「なんでそうなるのさ」
「わかんないけど、その。」
「ふーん、嫌われてない?」
私が昨日、一昨日のことを皮肉ると、アリアは卓球のようにすぐ打ち返してきた。
「き、嫌われてないもん。仲直りしたし。私たちがこっちの道具で釣るぶんには、いいんだって」
「へぇ、変わったことも、あるもんだね」
昨晩集めておいたEuproops――あのとてもカッコイイ、とげとげのミニチュア淡水カブトガニだ――は、勿論、まだモゾモゾと動き回っていた。
トゲだらけだ。
綺麗な花には棘がある――だっけ、そんな話があったが、棘というのは身を守るもの。
わざわざ棘だらけにしている、ということは、何かこれを好んで食べるものがいるのだろうか。
もがくそれをバキッと割って、針につけてみた。
が…なんともむごい。
真っ二つになったカブトガニは、その真っ青な血を滴らせながら、もがくのをやめなかった。
もうちょっとましな方法があるのでは、と思う。
すると、一人の村人がやってきた。
彼女の手には、一本のこん棒。
それを、さぞかし憎しみをこめて振り上げ、ブン、と振り下ろす。
バチッ。
そして、ミンチになりかかった、青と白の混じったミルク色のミンチを差し出してきた。
「餌にする前に、しっかり潰してニオイが出るようにするのがコツ。いい?」
村の女の逞しさには、いつも驚かされるばかりだ。
「あ、ありがとうございます…」
そう言って受け取ると、
「ま。小魚のほうがよく釣れるけど」
といってウインクした。
そういうジェスチャーはわりと通じる、というのは、やはりもってありがたい。
言語と同じく、ボディランゲージの類もこの自然への適応の中で保たれてきたようだ。
「こちらでは、どういう釣りをするんです?」
つい、私は聞いてしまう。
「あたしの村は、釣りはけっこう盛んね。ここの人は、延縄が主ね」
そう、彼女は言った。
「…あたしの村…?ここのことじゃなくて、ですか」
私はふと引っかかって、つい浮かんだ疑問を、口に出してしまった。
「そ、あたしの村。あんな発電機もないし、静かなところね。釣りくらいしかやることがないもの」
――初耳だった。
私はてっきり、今私たちがいるこの村は一つの居住区で、その外には居住区はないか、あっても相当離れているものではないか、と思っていたからだ。
「えっとその…どうやって暮らしてるんです?」
「それこそ、釣りしたり、木を伐って筏をなおしたり?そんな変わらないでしょ?」
当たり前じゃないか、といわんばかりに。
「…その、発電機とかもない、って」
「ないけど、それが?」
そう、彼女はよく日に焼けた顔で笑った。
「…その、道具作りとか、火を通すとか…いろいろ」
「あー、道具ねー。だいたい何とかなるよ。舟も広げなくて乗れるし、糸だって蔓を裂いて作れるし…あんなのがある方がだいぶ変じゃないの?」
私は意外に思った。
というのも、この星の人々が火をどれだけ恐れているのかを見せつけられてきたからだ。
あの朦々と煙を上げる発電艀も、おそらく火を安全な形に隔離する設備であって、ああしなければ人はこの星で火を扱えない――生きてはいけないものなのだ、とつい思い込んでしまっていた。
「そうですか…では、どうしてここに?」
すると彼女は、おなかをさすった。
「こういうこと。」
――なるほど。
「つまり、子を宿すとここに集まる、ってことですか?」
「そうそう。ここの人みんなそう、みんなあっちこっちから来てる。おなかに子がいるといられないもの」
「いられない?」
「あなたたちのほうでも、そうでしょ?」
――と言われても違うが。
「そうじゃないから不思議に思ったんです」
「えー、でもなんでだろう」
そう言って、結局その真意はわからなかった。




