肉鰭類(3)リゾドプシス
その魚は、巨大なハゼによく似ていた。
大きさはむしろマゴチに近く、大きな胸鰭をゆっくりと動かしながら、ゆっくりと直進している。
心臓の奥が、どくりと沈み込むのを感じた。
私たちの手持ちの網には、少々大きすぎる。
さっきもゼナカンサス類をそのせいで逃していた。
「もっと大きい網とか、ない?」
「タグボートに」
そして、その鍵を持っているリリィは、いまぐっすりと寝入っている。
足音を静めながら、桟橋をゆく。
それもまた、ゆっくりと歩くくらいのスピードで並走していた。
「じゃ、そっちは頭側。いい?」
そう、アリアはいう。
「頭側の方が難しいでしょ」
「こいつトロいし、だいじょぶだって」
こういうパターン、失敗するんだよなぁ、と思いつつ。
もう心臓が縦隔から外れて、胸郭をドッヂボールみたいに跳ね回りそうだった。
手汗で滑って、網がどこかにすっ飛んでいってはしまわないだろうか。あるいは、桟橋を踏み外して、そのまま水に落ちてしまったりは。
「じゃ…いくよ」
私は楔を打ち込むように、その魚の頭の前に網を回した。ザバッ。
シンクロされたかのように、アリアが後ろから網を突っ込んだ。
衝撃と重さ。
網に伝わったとたん、私は大きく、両手で持った網を引き抜いた!
踊り上がったのは、茶色いまだら模様。
少しアオジタトカゲにも似た、大きくてツルツルの、爬虫類のような鱗。
ドタドタと暴れるそれを、咄嗟に倒れ込むようにおさえつけようとした。その途端だ。
うわっ!
そいつは上にのけぞるように、大きな口をカッと開けて飛び上がった。まるでヘビかある種のトカゲを怒らせたかのような、渾身の一撃だった。
私はそれを辛うじてかわすと、首根っこをグッと抑え込む。鰓蓋というか、頭の付け根は装甲板のように大きな骨が覆っていて、むんずと掴むと滑りながらも安定感があった。
そしてあの物騒な顎が、その先端で突き出すようにしてバクバクと開閉している。上顎も若干のけぞるようにして、口をやたら大きく開くのだ。
そしてその、見るからに強靭な下顎には、まるで毒蛇のような長大な牙が2本、聳え立っている。
しかし。私は首根っこを抑えるのに必死で、その口の中をよく観察することはできなかった。
「じゃ、記念撮影!」
そうアリアはいうのだが、どう見てもそんな状況ではなかった。
抑えながら引き攣った顔で、一枚。
「じゃ、持ち上げて」
そう、無茶を言う。
「どうやって?」
「そこから指を3センチすべらせて、鰓蓋の付け根に指を突っ込んでホールド、いい?」
たしかにちょうど鰓蓋がすぐそこにあるのだが…
「棘とかないよね?」
「ない、安心して」
「…ほんとに?」
「デボン紀でたくさん触ったもん、この類」
「…石炭紀では?」
「Maybe! 4年前来た時も、セーフだったし」
「…ほんとに同じ種?大丈夫?」
まぁ、ここはもう、肉鰭類のDead clade walkingっぷりに賭けるしかないだろう。
私はむんずと鰓蓋に指を突っ込むと、そこに棘は一本もなかった。両手でグッと掴んで持ち上げると、その大蛇のような顎が、顔の真ん前で突出した。
スペード型に近い尾が、足の真ん前で斜めにピンと広げられている。
「すごい魚だよ、これ」
「ヒネリアとかリゾドゥスにくらべりゃ、だいぶおとなしいけど?」
「まっ、そうか…これ、リゾドプシスであってる?」
「そ、リゾドプシス」
名前と紛らわしいことにリゾドゥスよりメガリクチスに近縁らしいこの魚は、デボン紀から石炭紀の肉鰭類の中では比較的、小さな方に入るのだ。
「それにしても、ヤバくない、この牙。」
その細長く、しかし頑丈そうな牙は顎のやや内側から飛び出して、うっすらとワニのそれに似た条線が光に透けていた。
ふと、声がする。
「楽しむのはいいけど、みんな寝てるからちょっと、静かに…」
リリィが起きてきていた。
眠い目を擦りながらそう言い残して、また寝てしまう。
「じゃ、またコソコソ漁りますか」
「そうね」
そう言って、私たちは昨日の早朝と同じように、艀の密航者を漁って回った。昨日は見られなかった、原始的なゲジのLatzeliaが採集できた。




