考証とコラム「石炭紀で繊維をとろう!」
作者です。
前回に引き続き、石炭紀紀行の科学、民俗考証について述べさせていただきます。
以前も石炭紀で樹皮布をつくることについて書きましたが、衣服、紐や縄、ハンモックなどなど、人間の生活には繊維が欠かせません。
繊維作物、あるいは繊維をとれる野生植物というのは、世界的にかなり多くの民族がなんかしら確保しているものです。そして興味深いことに、それらのバリエーションは思ったほど多くはなく、つまり大部分の植物は繊維を取るためにあまり適してはいない、ということも意味するかもしれません。あるいは、ある種の植物を使うという文化が、その種とセットとなって広がった、などなど。
たとえばカラムシを使う文化圏は温帯アジアに広く分布しますし、バナナ類の葉柄を使う文化は熱帯にかなり広範に分布します。
では、麻、カラムシ、イラクサ、バナナ類、サイザル、ラフィアヤシ、そして綿などなど…これらを構成する植物の部位はどこと言えるでしょうか。
綿は種子に生えた毛ですし、バナナやサイザル、ラフィアは単子葉類らしい、並行に並んだ葉の維管束の利用です。そしてカラムシやイラクサ、麻、ケナフなどは靭皮繊維と呼ばれる特殊化した師管を利用します。布にできるような長い繊維を安定して取る事ができる植物は、案外少ないのです。
ところが。
石炭紀の植物には、こうした利用に適したものが極端に少ないです。
現代と比べたときの、石炭紀の植物の構造の特徴として、通道組織として機能する組織と機械的支持を担う組織が分業しており、現代の植物のように師部の強度を上げて機械的支持を担うという方法はあまりとられていません。その代わりに発達するのはコルダイテス類やリギノプテリスでは網目状の強靭な厚壁組織綱からなるDictyoxylon型の皮層、リンボク類なら厚さ5センチほどにもかかわらず高さ30mの幹を支えうる強靭な周皮、メドゥロサ類においても、複雑に分岐と癒合を繰り返す維管束をパックするように埋める皮層柔組織が機械的支持を担います。このような中で、一般的な繊維作物のように皮下の靭皮を採取する方法はかなり厳しいです。
なお、ここで挙げなかった大葉シダ植物やトクサ類もまた、やはり繊維作物として適しません。
並行脈をもつ植物にしても単子葉類がいないことからやや難しく、代用できそうなのはコルダイテス類の葉くらいですが、コルダイテスの葉がどの程度割いて使えるものなのかは議論の余地があるでしょう。葉脈間に繊維が横向きに詰まって補強されており、その構造はダンボールに似ています。もはや硬い靴べらのようなものであった可能性するあります。リンボク類の葉もまた機械工学的には素晴らしくとも、もはや繊維というよりは編み材という方が近いものだろう、という話を前回しました。そして、ワタのような種子の毛も望むべくもありません。
ですから、現代における植物繊維の主な由来が全て潰れてしまうため、石炭紀における繊維調達はかなり困難です。
では、別解はどうでしょうか?
動物を使う案はかなり分が悪いです。なぜなら腱を使うにはそれを使うほどの長い筋肉と、長管骨を要します。しかしながら短足で筋間膜で連なった体幹の筋を魚のようにくねらせて主に泳ぐ、石炭紀の四足動物に長い腱は望めません。皮を使うのは割とありですが、魚の皮を身にまとう民族はあまり多くはない、ことがいろいろと象徴的でしょう。肴を着るくらいだったら服を脱いだ方がマシかもしれない。何せ熱帯雨林で魚を着ることを想像してみてください。
節足動物の殻…これもだめです、案外大きな節足動物がいないし、サイズも大した事がありません。糸を吐く昆虫もおらず、クモ類も産出は著しく少なく、貝の足糸を使うにしても、肝心の貝が現代比でミニチュアサイズです(本当に小さいのです!)。
もうアスベストしかないのか…いや、そもそも石炭紀の大湿地帯において、石という概念自体が希薄です。
もう服を諦めて木を束ねて甲冑をつくるしか…いや、そんなことをするくらいなら服を脱ぎ出すのが人類です。
バクテリアセルロースを作って…!!とかいう強引な回答もあるかもしれませんが、それはもはや石炭紀である必要が皆無だし、石炭紀の最近がバクテリアセルロースをつくる保証がまた皆無です。植物に戻りましょう。
石炭紀の植物には、現代とはかなり異なる構造を持ったものがたくさんあります。
リンボク類の葉がもはや棒というか異様な強度を持っていたはずだというのは前回書きましたので、これは却下です。コルダイテスの葉も、繊維というよりは細い板です。
しかし、比較的利用可能性が高そうなのが、メドゥロサ類の葉柄です。
メドゥロサ類の葉柄は皮の下に強靭な厚壁性の繊維層があり、さらに内側には複数の並行に走る維管束を厚壁組織が補強し、それらを柔組織が埋めるような独特の構造(この構造の葉柄をMyeloxylonといいます)を持っています。しかもその太さは幹の太さに近いほどもあり、長さは数メートルにもなります。つまり、葉柄を刈り取ってきて集め、中の繊維をどうにかして取り出せば、単子葉類におけるものと似た、並行で均質な維管束および 靭皮様の厚壁繊維を得る事ができると考えます。メドゥロサ類の柔組織(柔とは書くが本当に柔らかい保証はない)をいかに腐らせ溶かし出すのかが問題ですが、他の候補よりは遥かにマシです。
ただし割と太いので、肌触りの良い布にはなりにくそうです。シュロ縄程度の感覚で、用途は主にロープや魚網などになるでしょうね。
石炭きで肌触りの良い服を着るのは、なかなか難しそうです。




