香り、感じるもの。伝わるもの (ミエロキシロン繊維、シギラリアの葉で籠編み)
「いやぁー、面白かった! そっちはどうだった?」
声が降ってきた次の瞬間、視界が塞がれていた。
――暑い。
強烈な日差しをたっぷりと吸い込んだ肌の熱気が、むわっと押し寄せてくる。
少しスパイシーな香気が鼻を突き、じっとりとした汗が肌を伝う。
前こんな香りだったっけ、とふと去来するが、それどころではない。
頸と体が。しっかりとホールドされている。
しなやかで滑らかな、しかしぱっつりとみなぎる力強さが溢れていた。
少しでも力を込められれば、私の首をへし折るくらい、造作でもないだろう。
張りのある弾力が押し付けられていた。
そしてそこには、一遍のたるみも淀みもなかった。
そもそもの肉質が全然違うようにも思われて、その今にも張り裂けそうな情熱を、私は受け止められそうにない、と思った。
ちょうどあの、熱帯の時折来るスコールに似たような、抗いがたきコントロール不能なもの。
脈拍が耳の奥から聞こえてくる。頬を汗が伝い、腰が砕けそうだ。
が、それはむしろ、圧倒的な存在に対する生存への欲求――そんなむしろ、怯えの類に属するものだろう。
「ねぇ、なんか言ってよ。どうだったの」
耳元、真上から、日差しとともに音が照り付ける。
「ま、まぁ…色々見れたよ。発電艀とか」
私はもう、しどろもどろに言うしかなかった。
胸が締め付けられて、肺活量的にうまく喋れなかったのだ。
「ごめんごめん、苦しかったよね。ねぇねぇ、そっちも変な話とか、聞いた?」
目を爛々と輝かせながら、アリアは声を弾ませる。
「うーん、ちょっとだけ。「亡者行進」?だとかなんだとか」
「それだけ?私はいっぱい聞いたわ!いるはずのない人がいるとか、突然水中から舟を引きずり込んでしまう化け物とか!」
「あー。」
「本当にいるとしたら、すごくない?化石からは全然得体のしれないものばかりよ!」
「そうだね」
「反応うっすいなぁー。だって、見たって言ってるのよ?何かあるに決まってるじゃない!その謎を追いに行くのよ、だって起きたっていうの、みんなもう、すぐそこの話よ?村の中でだって、いろんなことが起きたっていうんだから。」
「…」
私は少々、焦り始めていた。
それはたぶん…求めている未知の古生物というより、そう。。。スピリチュアルな、何かだ。
「とりあえず、祟りとかに触れない範囲で、ね…ヒト型のとか、なんか憑りついてきそうだし」
「そんなの、グーで一発よ!だって殴ればだいたい解決するでしょ?」
そういって、そのしなやかでバネのように力のこもった腕を振り上げた。
筋肉の筋張りは見えなかったが、その中にはしっかりとしたものが詰まっているに違いない。
「…銃と火薬は、ここにはないよ」
ただ、私たちは今の時点でもじゅうぶん、ヘンなものを見てきたと思う。
この宇宙船が飛び交い、超時空ゲートから化石燃料や鉱石が輸出入される時代において、いま私たちは、こんな、まるで19世紀のアマゾン先住民の暮らしに潜入したかのような、ノスタルジアを感じて、そして手作業で舟を作っている。
「もし…だけどさ」
「もし?」
「私たちが、二人だけで未知の野山にほっぽりだされてさ」
「ええ」
「もし…私が何か、ヘンなものを見たといったら、信じる?」
「信じるわ」
アリアは断言した。
「だって、信じてるもの。」
「それが…どんなに変なもので、科学的にありえない、ようなものでも?」
しかし、やはり即答だった。
「でも、見えてるんでしょ?同じことが私にも起きるかもしれないじゃない。信じる価値はあるわよ」
――そういう古典SFがあったな、などと思う。
軌道上の宇宙船の密室で、変なものが見えたり、触れたりまでしまうというような。
「そう…ちょっと意外」
「なにが?」
「信じない、って言うかと思ったから。だってそれだと「見た」なら、そこにあるってことになるでしょ」
「…たしかに、そうね。」
「明らかにまぼろし、たとえば空に極彩色の円盤と100個の眼がついた、日本刀を振りかざした12本の手が…とか言い出したら、どうかな」
「…さすがに疑う。起きろ!って。とりあえず揺さぶってみるわ」
「だよね。よかった、思った通りで」
そう言って、私たちはまた二手に分かれた。
あの張りのある声が、また背後で響いている。
「さっきの話の続きをお願い。”それ”について知ってそうな人、他にいる?」
などなど。
アリアはまた、インタビュー活動を始めているらしい。
あまり、変な方向に行かないといいのだが。
私はといえば、籠や民芸の観察を行っていた。
例えば、シギラリアの葉を束ねて作る籠細工。
とても興味深い。シギラリアの葉は、質感も長さも、大王松によく似ている。
長さは30センチから、長いものでは1メートルほどもあって、厚いクチクラと、海綿組織がまったく発達しない硬質の葉は、触るとなんともプラスチッキーな質感であった。
「これ、どうやって作るんですか?」
作業をしていた方に聞いてみる。だいぶお腹が張っており、もう身重になりつつある方だった。
「そうね、葉をまず束ねるの。そのままだとうまく締まらないから、こう…斜めに並べて混ぜる感じ。それからクルッと巻いて、束ねて紐を作る…やってみる?」
「あぁ、全部やってしまうわけにはいかないですが…こんな感じ、ですか?」
「あぁ、はじめてにしては、って感じね。でもこれだとこう、端がばらけてしまうでしょ?」
「あぁ…たしかに」
「長さを見極めつつ、並べていくのよ。これだったら・・・・こんな感じ」
そう言って並べられた葉の束は、確かに綺麗に、ひとつの線をなしていた。
「ちょっとべたつくんですね」
「あぁ、油よ。一週間もたつと馴染んで気にならなくなるわ。」
「へぇ…。でもそのおかげで、束ねるだけでヒモっぽくなりますね」
「そう、それから、この束で巻いていくの。こっちは2mくらいあるけど、巻くとすぐ足りなくなるから気を付けて。足りなくなったら、次の繊維に結ぶわ」
そう言って、また別の、ぐるぐると巻かれた、茶色い釣り糸のようなものを取り出した。
これも発電艀で製造過程を見ている。
メドゥロサ類、ミエロキシロンの葉柄を使ったもので、煮だしたあとで木槌を使ってトントンと叩きだし、加熱して溶けかけた、葉の大部分を占める肉質の組織や樹脂質を分離する。その煮出した分を分離して、粗製ながらも樹脂を得るらしい。4mほどにもなる巨大な葉柄には太い線維が詰まっていて、それがそのまま線維材料となるのだ。
「なるほど…」
巻くとともに束ねられた葉が捻じれていき、ゆるくくっついていた葉の束が捩じりヒモのようなしっかりしたものへと変形していく。
できあがりつつある葉のロープを見ながら、あぁ結局、働いてしまった、と思う。
これは果たして、やらかしてしまっているのだろうか。
「それからあとは、これをクルクル巻いて、途中で留めつつ籠の形にするだけ。できそうでしょ?」
「いえいえ、教え方が上手かったおかげですよ。お邪魔してしまいすみません」
「いいのいいの」
「素朴な疑問なんですが…」
「何かしら?」
「この艀では、なんでこんなに多種多様な籠やらヒモやらが作られているんですか?製法だけでも何冊か本が書けてしまいそうです」
「それはそうね…でも、いろいろできたほうがいいんじゃないか、とか、とれるものを使ったほうがいい・・・とか、かしら。でも…はじめた人のやり方を変えようとしないからってのも、あるかもしれないわね。」
ひとしきり話して、結局籠が一つできてしまった。
終わり際、私は自分の臭いを嗅いだ。
スパイシーな、すこし柑橘に似たにおいになっていた。
行きの宇宙港の防疫で全身消毒されたせいもあるだろう。
が、このにおいは、シダ種子植物の葉に似ている気がした。




