骨、人魂行列
発電艀で作業しているのは、私たちだけではない。
あの便所船と同じところで燻製を作っているのはちょっとなんとも微妙なところだが、幸いなことに燻製に使う煙は別に、少量の制御された湿潤泥炭に火をつけて使っているとのことだった。
が、そんな危ない場所に立ち入らせることは勿論できない、などとのたまうので、真偽のほどはわからない。
私が観察できた範囲において、とりわけ不思議なのが、骨を扱うものだった。
骨、特にパーツとして大きな頭蓋骨や肋骨が、うずたかく詰まれている。
アリアが見たら目を輝かせて見分しただろうが、残念ながら私には、そこまでの眼力がなかった。
そして、ぐらぐらと独特の臭いを立てながら、骨を煮込んでいるものもある。
そう、食事の際に出た骨をわざわざ煮出して、骨だけ集めて積んでいるのである。
もう冷めた煮汁もあった。
煮汁の方はというと、よく固まっている。
「これは…なんですか?」
どろっとした煮汁をかき混ぜていた浅黒い肌の男に、私は声をかけてみた。
「膠に決まってるだろ、そんなことも知らんのか」
「なるほど!」
――と頷きつつ、骨を酸で溶かして作るんじゃなかったっけ、とも思う。
「でも、じゃあなぜ骨を干して、なんなら鉄板の上でわざわざ炙ってるんですか」
彼は鍋の縁をコンッと叩いた。
「匂うからさ。生臭い骨なんか、持ち歩きたくないだろ?」
「持ち歩く?」
「そうさ。だから大きな骨はああやって念入りに乾かしてだな……」
「ちょっと待ってください。持ち歩いて、一体どうするんです??」
「狩りのとき、撫でるのさ」
男は自分の腰のあたりを撫でる仕草をした。
「……撫でる?」
「狩りの最中にな。念を込めて撫でると、獲物の方が落ち着いて、自然とこっちの網に上がってくるんだ」
「その、乾いた骨をですか」
「そうだ、骨と獲物は繋がっているだろ?」
――私はぽかん、と口をあけてしまった。
典型的な感染呪術じゃないか。
生爪や髪の毛、その人が通った道に生えていた草などを呪うことによってその本人に影響を及ぼすことができる、というまさにあれ。
かつて同じ個体の一部、あるいは接触していたものが、離れた後も互いに影響を及ぼす――というやつだ。
「それも…いわゆる「世の中の根本原理」なんです?」
私が恐る恐る探りを入れると、男はニヤリと笑った。
「そうだ、縺れているからな」
「もつれている」
――量子もつれ。
セットになった二つの粒子の片方の状態が観測によって決まると、もう片方の状態も空間の距離を無視して瞬時に決まってしまうという、あれだ。
それが伝承の中で姿を変えた挙句、感染呪術そのものの形となってこの村に息づくこととなった、というわけか?
そんなまさか。しかしそうでもないと、敢えて「根本原理」といってからの「もつれ」という表現はでてこないはずなのだ。
「それにな」
男は声を潜めた。
「はじめて出会うものや、精霊や怪異に遭遇した時にも、この骨を捧げる。とくに亡者行列(Procissão dos Mortos)に遭ったときは必ずだ」
「亡者行列」
私はその、Procissão dos Mortos(亡者行列)なるものを初めて聞いたので、最初は何を言っているのかよくわからなかった。
ワイルドハントみたいなものだろうか?
だとしたら、骨を捧げるくらいで許してもらえるものなのだろうか。
「なーにびびってんだ、名前ほどヤバいもんじゃないぜ」
「で、なんなんです、それは。」
「そりゃ、見てのお楽しみよ、腰抜かすぜ?」
…見てのお楽しみ。
私は完全に、妖怪かオカルトの話だと確信していたのだが…
「見れるんですか、それ」
「見れるさ、ここから1週間は滞在すんだろ?一度くらいは見るさ」
「で…本当に安全なんですよね、それ」
「たぶんな。ただ殺したり傷つけるのは絶対にダメだ、この森が死霊であふれかえっちまうのはごめんだからな。」
サンプリングはダメそうってことか。
何を言っているのかわからないが、少なくともうっかり採集して標本にでもしたら、村人からすごい目で見られかねない。アリアにも警告しておこう。
「で、そいつに会ったら骨を投げつけて逃げるんですか?」
「いんや。骨を受け渡して、拝むのさ。あちらさんとの関係を悪くしたくないからな」
「…あちらさん?」
「亡者行列っつっても、送り出してくれるほうなのさ、それがヘソを曲げたら、この世が死霊で溢れかえるだろ?」
「なるほど…とにかく骨を、捧げるんですね」
そう言って、私はいくつかの骨をポケットに入れた。
よく煮だされていて、臭いは全くなかった。
そういえば、疑問なことがあった。
この村の宗教観は、どうなっているのだろう。
私たちの社会にはAI「アトラス」という、ポンコツだが絶対の評価軸があって、それに沿って何が正しくて、何が間違っているのか、ということを学ぶ。火星にしても、同様のAIから人は学ぶらしい。
そして、AIができる前は、神を信じる神性信仰と、自らの中にあるものを信じる理性信仰が主体であったという。後者は神性信仰の影響を強く受けた、哲学なる行動規範体系を作って、それによって自らの行動の是非を律していたのだとか。
では――この村の人々は、いったいなにを信奉しているのだろうか?
私は何か、とても大きな何かを見落としていたのかもしれない、と思った。
AIに支配されていない、というのはこの村に限らず、この星の人々の殆どではないか。
この星のAIは都市の材料製造に夢中で、人の暮らしにはぜんぜん興味がなさそうだ。
ここまで滞在してきて、一度たりともそれのメッセージを見ることがなければ、なんならその名すら知らない。教育には使われている、ということもなさそうだ、なにせこの星の通信網は、あの鉄パイプを組み合わせたような無線アンテナなのだから、AIとの通信量なんて望むべくもない。
では――何が正しいとされ、何が間違っている、としているのだろう?
先ほどの違和感は、むしろそこにあったのだ。
「神」「精霊」「怪異」
そうした概念自体が、この星に再導入された?
それとも――この星で、自然と人々が見出してしまい、そう呼ばざるを得なくなった?
謎は尽きない。
補足
帰ってからようやく気付いた。
亡者行列――これは、Santa Companhaの変種のひとつだろう。
イベリア半島の民間習俗で、ブラジルでも広まった風習である。それが数百年の時と宇宙と時空を超えて、この石炭林のジャングルに息づいている可能性が高い。全く同名の風習が21世紀のブラジルに確認できるし、彼らのコロニーがブラジル移民を主体としていたことからすると、文化としての系統としても一致する。
呼び名は様々であり、十字架を持った聖者の後ろを、死者の魂が真夜中に蝋燭を灯しながら行列をなして通る、というものが基本形だ。
ただ、色々バリエーションがある。
蝋燭を受け取ると死ぬ、とか、蝋燭は人骨でできているとか、行列をなして生者の中に還るとか、墓荒らしに抗議して練り歩くとか。
妖怪チックであったり、ちょっと日本のお盆に似ていたりもする。
光る魂の行列で、それが死者の魂である、というのは大体共通している気がする。
となると、人魂行列、とでもいうのが的確かもしれない。
(勿論ある古生物の前フリです)




