Energy
気まずい時間が続いた。
そのとき、今度はなにやら、大きなタンクのようなものを積載した丸木舟が視界に映った。
渡りに船、とはまさにこのことだ。
その船は、作業艀と水面下でつながっているらしき小さな小島に横付けし、ホースをつなぎ始めた。
「ところであれ、なんです?」
「なにって便所船だろ、じきに匂ってくるさ」
男が鼻をすする仕草をした、まさにその直後だった。
むわっ、と強烈なアンモニア臭が風に乗って鼻腔を殴りつけた。
「あんなところで、何やってるんですか?」
――当然ながら、艀にはトイレがある。
一か所に設置された穴のようなもので、底でチャポン、と音がするとともに、かぐわしい臭いが上がってくるものだった。
「違う、中身をかき集めて、あそこに注ぐのさ」
「何のために…まさか、「あれ」で発電してるんですか?」
私は手で鼻を覆ったまま、目を丸くした。
屎尿だけで村全体の電力を賄うなど、完全に質量保存の法則に反しているということは百も承知だった。
排泄物を外に出すのは危険?それとも、それ自体が石炭紀の環境を破壊する?いや、隔離する目的としたら、艀の外で便意を感じた人は、排泄物を船に乗せて持ち帰らねばならなくなってしまうだろう。
「そうだ。あれがないとだめなんだ。魚のアラとかなんでもあそこに入れる」
「…どうして?」
「知らん」
男は悪びれもせず、一刀両断に切り捨てた。
そうこうしていると、バカでかい丸木舟が戻ってきた。
舟の前後の先端に漕ぎ手がいる、という奇怪な漕ぎ方をする舟で、長さはなんと、軽く10m以上もある。ほとんど木が泳いでいるような感じだ。
そして、満載と言っていいくらいに詰んでいるのは…白っぽい、泥のようなもの。
それを、さっきの屎尿とまったく同じ投入口から、ザバザバと豪快に注ぎ込み始めた。
「こんどは…なんです?」
「灰だな」
「灰、ですか。それは燃えたあとにできるそれ、であってます?」
「そうだ、火事あとには何メートルも積もっているからな」
何メートルも火事あとに積もった灰――さすが、石炭紀である。
石炭には古代の炭――フジナイトが大量に含まれているが、そういうことだ。
「で、入れるんですね。…どうして。」
「知らん。が、ないと炉が動かんから入れる」
男はレバーに寄りかかりながら、面倒くさそうに答える。
「なるほど…でも、燃料なんですか?あれ」
「燃料? ああ、あれが来るのは週にいっぺんだから、お前らはまだ見てないよなぁ」
「あれ?」
「泥炭運搬船よ。村にある一番大きな舟で…」
「なるほど」
――繋がった。
「泥炭を山ほど切り出してきて、水と混ぜながら、あの注ぎ込み口に注ぎ込むのさ。今週は、明日だったかな」
「水に混ぜて注ぎ込むんですね」
「危ないからな」
「その…溢れたりしないんですか?」
「だから今日は火力が強いわけさ、明日の大量投入に備えて、中身を減らしてるってわけさ」
――そう言われてみれば、今日の発電艀は妙に盛大に煙を吹き上げ、タービンの駆動音も大きかったような気がした。
「でも…中身自体を沸かしたら、焼け付いてしまいそうな…」
完全に、素人考えだが。
「焼け付く?ああ、中で灰を供給してまた入れるのさ、灰はあってもあっても足りないからな」
「それで…あれは、前日に準備してるんですね」
「そうだ、前日に屎尿と灰を入れて、翌日に泥炭を入れて、また翌日に灰を入れるのさ」
なるほど。
今日私たちの舟を完成させる、ということ自体が、今日出力が上がることまでを見込んだ、計画的なものだったということかもしれない。
――発電システムについては、今聞いた内容からだいたい類推できた。
泥炭は酸性だ。何故泥炭になっているか、といわれれば、ガス化しないからで、それはおもにpHが低く、窒素が不足していることによる。だから、そのままでは簡単にはガス化しないで地上に溜まり続ける。燃えはするが、制御と安全な補完がいまいち難しい。水に漬けて保管するのはありだが、そうするといざというとき燃えてくれない。
しかし、灰でpHを上げて、窒素を供給してやると一気に分解が進むようになる。
水に漬けておく分には出火のリスクは低く、水面下の巨大な発酵タンクで発生したガスだけを誘導してやればよい、というわけだろう。
となると、前日にpHを上げて栄養供給している目的は、入れてすぐに急速に発酵が進行するよう先だって栄養強化しておく、という目的と、発酵が進行するにつれてpHが下がって酸性よりになり発酵が抑制されるので、入れる前にpHを上げておきたい、ということなのかもしれない。
あるいは、pHの乱高下にも耐えられる強力かつ有用な菌だけを残すための操作か――そこまでは、意図はともかく実際に何が起きているのか、闇の中である。
それにしても、発酵槽は一体どのくらいの大きさがあるのだろう――発電艀とは聞いていたが、寧ろここにあるのは大規模な発電所の、氷山の一角、といったほうが近いのかもしれなかった。




