舟づくりのはじまり
「これ…ですか」
差し出された工具は、三角形の重い鉄板だった。錆びがだいぶついており、取っ手にはぐるぐるとゴムらしきものが巻かれている。
「絶縁手袋して扱えよ」
「はい…」
厚手のゴム手袋を持ってきてよかった、と思う。
今朝必要だと言われて、あわててタグボートの荷物入れから引っ張り出してきたものだった。
洞窟探検にでもなった時に備えて、入れておいたのだ。
なお――村の手袋は、どれもサイズが合いそうもない。
取っ手を持つと、後ろでカチッという音がした。
するとじわじわと、手袋越しに熱が伝わってきた。
「熱くなってきたら、木目に沿って底を走らせな。迷うなよ」
シュウ…という煙とともに、木の表面が熱で変成し、白煙を上げて少し溶けていく。
――なるほど。
「行けそうか?」
男が横から覗き込む。
「はい、たぶん」
そして問題の、穴に行きついた。
深さを測るためにわざわざ貫通させた、あの等間隔の穴だ。
穴には、ちょうどキノコのように樹脂の塊が突き刺してあった。
その上から、熱い鉄板をじわりと押し当てた。
シュゥゥ……。
さらに濃い煙が上がり、樹脂がドロリと溶けて穴の奥へと吸い込まれていく。
「溶けた分を、そのまま底一面に伸ばせ。均一にな」
間髪入れず飛んできた指示通り、私はこの鉄板を動かして、細長い舟底に樹脂をひいた。
鼻を突く、独特の匂い。
少し慣れてくると、まるでフライパンにバターをひくのとよく似た工程に思えた。
「側面はやらないんですか?」
私は尋ねた。
「底だけだ。まだやるなよ」
「なんでです?ついでにやったほうが早いんじゃ……」
「道具があるからさ」
男が顎でしゃくった先には、見たこともない奇妙な機械が鎮座していた。
アームの先にジャッキをつけたような工具が、頑丈な鉄棒で吊り下げられている。
舟が入ると、ジャッキがガリガリと音をを立てて広がりながら、側壁に追従していく。
万力の逆のようなもので、舟の内壁をじわじわと押し広げているのだ。
シュゥ…という音とともに、真っ白い煙がもくもくと立ち上がった。
「…大丈夫なんですよね、これ」
万一、火が付いたら地獄だ。
不安になって男の顔を盗み見ると、彼は平然とした顔で煙を払い除けた。
「大丈夫だ、見てろよ…じりじり、舟を前に進めるぞ」
そう、この方式では側方に熱と圧力を伝えるダンパーが木を加熱により柔らかくし、舟を進めるにつれて後方ほど長く加熱されるようにする。前方で熱せられて木が緩むと、後方に移動する。その間だけ、前方より後方のほうが長く熱にさらされるから、より伸びる。
舟がベルトコンベアに乗せられているのは、まさにこの作業のためだった。
この動かし方がコツで、下手にやると船の内腔が段々もいいところになってしまうのだという。
「これができる前は、どうやってたんですか?」
私はおそるおそる尋ねた。
「そりゃまぁ、あいつらは馬鹿正直に彫ってたさ。」
「広げずに、、ただ刳り抜くだけで?」
「今もモンタリアは広げてないぜ?広げるのはカッコ悪いとか、女々しいとか、あいつらなりにいろいろ言ってるが…実をいうとだな」
男は周囲を憚るように声を落とし、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。
拡幅された舟の形が、女性の股ぐらを連想させるのだという。
「へぇ。ボクにはよくわからない話です」と流しておいた。
「地球の記録じゃ、火を使って広げる、なんて話があるが、ありゃ嘘っぱちか、よほどの熟練者だぜ」
男はにやりと笑いながら言う。
「どうしてです?」
火を使って丸木舟を広げる、という話は、私としては何度も見覚えのある話だった。
少なくとも、嘘っぱちと疑ったことはなかった。
「やってみたやつはいたが、大抵燃やしておしまいだった。物理的にできねぇよ」
――そりゃ、酸素が30%もあれば、物理的にできないわな。
酸素が20%しかない地球ならともかく、この星では、無茶、無理、嘘っぱちと言われるのが関の山かもしれない。
「なるほど」
「最初の頃は、三隻作って二隻は燃えるようなありさまだったんだとさ。で、こりゃ無理だってんで、広げなくても乗れるくらい太い木を無理やり伐ってくるようになった。そうしたら、今度は別の問題が生じた」
「問題?」
「太い木を伐ってくる奴のほうが偉い、と言い出したやつがいた。」
「そりゃぁまあ、でかい木を伐るのは大変ですから…」
男は皮肉げに口端を歪めた。
「で、でかい舟を独占し始めたんだ。でも、一人で使う分に、でかい舟はいらないだろ?」
「はい」
「だから、あいつらなりのルールができた。木は縦半分に最初に割って、片方は伐ったやつが使っていい、残り半分は村のものとする、ってなったわけさ。それがモンタリアとカノアがわかれた所以よ。それまでは全部ひっくるめてカノアだった」
「なるほど。。。それで公平性を保ったんですね」
「それがそうもいかねぇのが人間の汚いところさ。村に回ってくる木が妙に小さかったり、縦じゃなく横半分に割って細い方を村に回したり……とにかくいかに自分の分を大きくするかで揉めに揉めてな」
男は溜め息をつきながら、ジャッキの圧力を調整した。
「どうしたんです?」
「木を伐って割ったら、複数人で立ち会って「大きいほうの木を村に回す」という決まりになった。結果、今は自分が損をしないように、寸分たがわずほぼ均等に二等分されるようになったってわけだ」
「ははは……大きい方は村に、かぁ…割るのが下手なら必ず不利益になる。凄まじい執念というか、知恵ですね。」
「ふん、執念だな。」
男は皮肉げに鼻を鳴らした。
「結局、大きい木を伐った、というステータスは残ったが、今度は木がいきわたらなくなった。今度はたくさん伐ったやつが偉いって、一部の力自慢の奴らが伐採と舟作りを独占しちまったのさ。」
「あっ」
「でだ、村の男は全員木を伐るくらいはできるべきだってんで、木を一本伐って舟にできたら大人、大人は不用意に手を出さず、自分でできるようにすべきだってなったのさ。数を伐るやつは逆にダサい、伐るのは若造の仕事ってしたわけだ。」
「でもそれって技術の保全とかは…」
「舟の寿命なんて、持って十年といったとこだ。古くなったら村に還して新しく作る、というわけさ。そんときに、若造を教えながらやりゃいい」
ジャッキがメキメキと音を立てて舟を広げていく。
なるほど…舟ひとつとっても、揉めに揉めた歴史がある、というわけか。
あと、モンタリアが木を拡張しない理由も推察できた。
たしかに、舟を開くという行為が女性のソレに見えるという俗説もあるかもしれない。
この人たちの前でホットドッグなど食べようものならどういう目で見られるのかちょっと悪趣味な実験をしたくなってしまった。
が、そのくらい、それはこじつけな理由か俗説の類のような気がした。
それよりもむしろ、伐った木を熱と圧力で水増ししたように見える、というほうが、文脈からはしっくりくる。
しかも、発電艀の人々の手を借りて。
大きな木を伐るほうが偉いのであれば、伐った木の大きさを拡張によって盛るのは、恥ずかしい、卑怯な行為とみなされるのだろう。
それに身もふたもないが、ここの設備を使ったとしても、それは自力で作った、ということにはならないだろう。
いっぽうで村の舟は真逆だ。
広ければ広い方がいいに決まっているし、固定された設備で均一な製法で製造する。
では、誇りなんて捨てて全部この製法にしたら――とも思ってしまう。
しかし、もし、この発電艀が上手く動かなくなるようなことがあったら――と考えると、急にしっくりきた。
この村において、文明による修理困難な発電艀は、アキレス腱もいいところだ。
しかも、発電艀と村との関係もおそらく、流動的だ。
村が本気で生存を第一義にしているなら、それがもしもロストしたときの生活の知恵を、慣習の中に保存しているのではなかろうか?と思ったのである。
そして、そのときは、男たち全員が持っている、誇りの舟の技術が、電気もなければ火も扱えない村を支えることになるのではないだろうか。
そこまで考えて村が設計されているのかは、さすがにわからなかった。
が、それは、構造としてとても美しいものに思えてならなかった。




