セメント羊歯、〇〇羊歯、焼き肉の肉
私たちの舟には、まだ底に穴があいている。
発電艀に担ぎ上げられるにも、数人がかりだ。
作業艀で一緒にいた妊婦たちは、一人もここには来ていない。
だから、ほとんど初対面の人々との作業になった。
しかし、彼ら彼女らは、朝の集会でも目にしたことがない、本当に初対面の方々だったにもかかわらず、大変親切だった。
(それは本当に発電艀にかかわる人々が政治の中央から排斥されているらしいことを示すのだが…)
私の非力さをすぐ見てとったらしく、結局持ち上げるときも、私のところには全く荷重がかからないように加減してくれたのだ。
舟は台の上に置かれると、台ごとスライドして各工程に運ばれるようになっていた。
――まさか、こんなところに来てベルトコンベア式の生産設備を見るとは。
この村は侮れない、という印象を、さらに強くせざるを得なかった。
「あのー、ここでは何日作業するんですか?」
「1日ね。そんなにかけてたら、後ろが渋滞しちゃうもの」
という。
ここでの艀ではのんびりとした印象が強かったが、ここに関してだけ言えばかなりの効率化が図られているようですらあった。
そして、最初の工程がはじまった。
船底に空いた穴ーー彫る深さを決めるための目印ーーの上に、ことん、と音を立てて、松脂の塊のようなものが置かれた。
それを指さして、
「これ、何の樹脂なんです?」
などときくと、
「あぁ、セメント羊歯だよ」
という答えが返ってくる。
作業台には、他にも様々な樹脂の塊や材の欠片が、整理されておかれていた。
素人目にも色や性状が違うので、これらは果たして一体、どんな名前で呼ばれるのだろう、と博物学者的な興味が高じてならない。
しかし、その返事はひどく、私を失望させた。
セメントに使うならセメント羊歯、食べて力が沸くならチカラ羊歯。コーキングに使うならコーキング羊歯、柱に使うなら柱羊歯だし、板材に使うなら板羊歯。
あちこち指さして聞くたび、聞くだけ無駄だ、と私を失望させるに十分だった。
残念ながら名前が用途+羊歯、ばかりで、ちょっと聞いても全く参考にならないのだ。
正直いうと、聞いた時に用途と羊歯を組み合わせて、その場で名前を作っているかのようですらある。
ただ、それぞれの樹脂を確実に集めてきているのだから、村人の間ではどの羊歯(じつをいうとその大部分がシダ種子植物でシダですらないのだが)から何が取れるのか、共通の感覚があるに違いない。
と、思ってからふと気づく。
私たちだって、割と似たことをしていたのだ。
鮭の卵をイクラと呼んだりするくらいならまだいい。牛の肉には筋学にだいたい基づいて、ヒレだのハラミだのサーロインだの言う。そこで「この肉は何ですか」と聞いても、「カルビだよ」というのが関の山で、「牛だよ」とは返ってこないし、ましてや「牛の腹横筋膜で、腹横筋は…」などという答えは返ってこない。
さらにだ。
この村には、歴史がない。
半世紀もない。
村人たちは初めてみる、人類が未だ全く目にしたことのない植物を相手に、思い思いの名前をつけたはずだ。
そこでは、オリジナリティよりも、誰もが用途と直結する、「わかりやすい」「覚えやすい」名前が優先されるはずである。
それは必然的に、用途と一致したコラージュの形をとるはずだ。
「この肉は何ですか?」
「これは、焼き肉の肉です」




