Superposition-重なり-
いつまで続くかと思われた舟作りだが、ついにフィナーレが見えてきている。
私たちの作っているそれより、一回り以上大きなカノア(丸木舟)が、ロープで私たちの、穴あき舟を係留した時、ようやくこの作業も終わりが近いと実感を持てた。
今日の一日村長は、聡明そうな方であると言う印象を受けた。
彼は私に船の仕上げを命じ、アリアには、私たちの船を係留するための、桟橋の増築を命じた。
よくできた采配だと思う。
ただ、彼を聡明そうと判断したのは、彼が聡明な判断をくだしたからなのか、それともそう言う先入観から判断を聡明である所以と感じたのか、私にはよくわからない。
だいいち、最終決定はともかく、判断の材料を提供するのはあの、噂ネットワークだ。
私たちの特性を反映して、未熟なうちでも最初から効率的な仕事をできるローテーションを選んだ、もしくは…
考え出すと、だんだん不安に思えてきた。
昨日の夕にかけてのピークに比べればだいぶ減ったが、****、という侮辱の言葉は今朝の噂伝言ゲームの中でもちらほら散見された。
その対象は、いうまでもない。
私の作業は発電艀、夕方のドライサウナ以外では私たちに出入りを許していなかった場所だ。
そしてそこは、村人たちが****と侮蔑語で呼ぶ人々の場所である。
それに対して、アリアの作業場は作業艀の先端だ。
これは、私とアリアを分断して、少なくともどちらかを大事な場所に近づけないか、あるいはよそ者にするための采配ではないか。そんな疑いすらも抱いてしまっていた。
「あのー、桟橋は一隻作るごとに伸ばすんですか?」
私は船上で、漕ぎ手をしていた、ややふくやかで腹の出た男に聞いた。
村の夕食会では顔を見ることがなかったから、おそらく発電艀のものなのだろう。*
「そりゃあったりめぇだろ、舟が何隻も重なっちまうだろ」
男は当然のことのように言った。
「重なる…ですか」
そういった時、私の頭には、まるで火星式巨大ハンバーガー*みたいな山積みの船が頭に浮かんでしまって、ちょっと吹き出してしまった。
「何がそんなにおかしいのさ」
「だって、わざわざ重ねなくてもいいじゃないですか、ほら、バラバラに分散させて繋いでおくとか…あ、でもうまく降りられないかもですね。でもいやまさか…」
久しぶりに、昼間に男性と話した気がする。
艀には女、それも妊婦しかいなかったが、船を漕ぐものは男女ともにいて、また遠目に見る限り、私たちのいる作業艀以外においては昼間の極端な男女比が観測できないことは、不思議としか言いようがない。発電艀の人々は明らかに別だが、他の艀にしたって昼も男の姿があるのである。
そんなことを思っていると、またあの船のハンバーガーが頭に浮かんで、私は吹いてしまった。
「あ?何がそんなにおかしいのさ。」
「いや、舟を垂直に積み上げるって発想が出てくるとは思わなくて…」
「積み上げる?いやまっさか。ははは、そりゃまぁ、おかしいわな」
「でも、重ねるってそう言う意味ですよね?」
すると、男は困った様に首を傾げた。
「そうだなぁ、物理的に重なるっていってもなぁ。でもな」
「ぶつかる…とか、誰のだかわからなくなる…ってことですか?」
たしかに、少なくとも男の個人用丸木舟ーーモンタリアは一人前の証であり、魂にも近い、人には触れさせられないものだと聞いていた。
しかし、私たちが作っているのは、村でごくごく普通に使われている、普通の丸木舟だったからだ。製法も違えば、形態も見慣れてくると、モンタリアから一目で識別できる。
逆にいえば量産船のようなもので、たしかに、同じ場所に置かれれば誰の舟だかわからなくなりそうだ。
「いや…そういうことじゃねぇなぁ。そこに俺の舟がいるか、いないか、それはいつわかる」
「…そりゃ、いる時にいるんじゃないんですか」
「そりゃあお前が舟を見て、聞いて、触った時だろ、旅人さん」
…旅人さん、という言葉ではっきりした。
この男は、村の当たり前が私にはまるで通じないということを察したのだ。
「…そりゃ、そういうことになりますね」
「ってことはな、誰かがそこに俺のカノアがあるかないかを」
「ちょっと待ってください、モンタリアじゃなくて、カノアの話ですね」
カノアとモンタリア。
「カヌー」を意味する前者と、「馬」を意味する後者。前者は共用の地味な舟で、後者は装飾が施され、削り出し製法で作られる魂の象徴。両者を村の男が、言い間違えるわけがない。
この男は確実に、それを使い分けた。
「そうだ、カノアだろうがモンタリアだろうが人だろうが、それは変わらん」
「えっ、つまり…一般論ってことですね。面白そうな話が続きそうなので、続けてください」
「で、何の話をしてたんだっけか」
「「重なる」って何なのか、ってところで、そこに俺のカノアが、といったところまででした」
「あー、そこだったな。俺のカノアがそこにあるかどうか、それを見るまでは定まっとらんというわけよ。」
…なるほど、シュレディンガーの猫か!
男が見るまで、そこに舟があるかないかはわからない。つまり、男が見た途端に、そこに舟があるか、ないかが決定する…
「似た考え方が私たちにもあります」
「そりゃそうだろ?世の中の根本原理だからよ」
根本原理?
…私はついつい、忘れそうになる。
この村の住民は…ほんの半世紀前には、スペースコロニーに暮らしていたはずなのだ。
「そんでだ。そこにおめぇの舟が来たら、俺の船がいるかもしれんし、おめぇの船がいるかもしれんし、俺の舟とオメェの舟が混じってるかもしれん。それが重なる、っつーことさ」
…私はそれを聞いて、絶句するしかなかった。
――そういえば、発電艀から作業艀の直行便はあっても、発電艀から居住艀の直行便はなく、必ず作業艀を経由しているようなのも何かあるのだろうか。
それについても聞こうと思ったが、しかし、これはどう見ても村におけるある種のタブーかなにかだったし、差別的な問題が絡んでいる可能性が高いと思って、なかなか踏み込めなかった。
*そもそも、ややふくよかな男という概念自体が、村にはない。
村の男は概ね細く引き締まっていて、ややふくよかなのは女性、しかもその一部に限られていた。
彼らが****と発電艀の人々を呼ぶのは、その外見の違いゆえだったりするのだろうか?とも、その時は思った。
**火星式巨大ハンバーガー: 元々はアメリカ合衆国の名物料理であったといい、アメリカの後継国家である火星連邦にも継承されたという。火星のフロンティアシップを代表する食べ物であり、火星軍では24時間以内に惑星のどの地点でもハンバーガーを食べられるようにすることが目標仕様とされていたという。
撹拌培養した培養肉小片をパティと呼ばれる塊にして焼き、バンズと呼ばれる澱粉を主体として酵母で発酵させた固形酒の一種と5段ほど重ねて挟んだもの。地球圏のハンバーガーと比べるとバンズのアルコールが抜けきっておらず、むしろアルコールを保存料として充填していること、固形鶏肉をひき肉にするのではなく、微細なウシ培養肉を”こしとって"固めること、パティの枚数が極端に多いことなどが異なる。後者は住民のアルコール禁忌観が少なかったこと、前者は宇宙における生産を鑑みての所以だろう。なお、わざわざウシ培養細胞を用いることにはかなりのこだわりがあるらしく、ウシ脂肪細胞ではなく合成バターを入れた代用品を是とするか否とするかには、かなりの対立がある。
なお、地球、少なくとも旧日本圏のハンバーガーは同じチェーン店でもサイズが1/2ほどになるらしいし、バンズのアルコール含有量が少なく”酔えない"らしい。なので、本物の巨大ハンバーガーを私はまだ食べたことがない。なお地球版では商品名もティターンズ・ミニだったりして、大きいのか小さいのかわからない。




