しおり ー長いものー (メガセコプテラ回)
朝日の中、きらきらと光る。
眩しいくらいの、光の反射が目を射した。
その後ろに長くたなびくものは、金糸のように光った――
「ほらケイ、そっちいった!つかまえて!」
アリアが叫んだ。
180センチくらいある長身がひらりと舞い上がり、飴色の髪がぱっと空中に広がって、光の粉をまき散らしていた。
そして直後、ダンッという、床を踏み抜かんばかりの着地音。
ハッとわれに帰る。
もう目の前だった。
その体と同じくらいの長い尾が煌めいている。
カゲロウをアゲハチョウサイズに巨大化させたような、昆虫だ。
――しかも、まだ捕まえられていない種の。
私はさっとかぶりを振って、思い切りジャンプした――が、届かなかった。
遊ばれているかのように、ふわふわと舞い上がって今度は、天井から長い尾を垂らしていた。
決して飛ぶのが上手い虫だというわけではない。
むしろ、呆れるくらいにへたくそなのである。
さっきからもう、何ループもやっている。
よろよろと体を上下させながら飛び回っては天井にへばりつき。
また追いつくと、フラフラと飛び回るのだ。
「ネットとか、ない?」
「なーい!船において来ちゃった!」
――ああもう。
村の手荷物規制は厳しくて、採集器具をなんでも艀に持ち込むわけにはいかなかった。
というより、最低限の採集袋を持ち込む以上のことをできていない。
そして、だ。
この作業艀にかぎらずこの村の建物――すべて水面に浮かぶ艀に立っている――は、えらく風通しがいい。他の艀の中身もほとんど丸見えで、素っ裸に近い恰好でハンモックにくるまって寝ている村の老若男女が、いやがおうにも目に入る。彼らは朝っぱら、”朝礼”が終わってすぐ出ていくものもあれば、昼過ぎに出て行って翌朝戻ってくるものもいるようだ。
――そんなことはいい。
柱だけで立っている、仕切りすらろくにない水上艀。
そこにはもうしょっちゅうのように、人ならざる来客が訪れる。
私はまた、じーっと天井からぶら下がるその長い金色の尾を、恨めしく見上げるほかなかった。
「今日はいい天気になりそうね」
そう声をかけてきた方がいた。
いまだに私はこの村の人々の顔と名前がまったく一致していない――いや、この村に限らずそうではあるのだけれど。すくなくとも、よく会う顔であることは間違いなかった――まぁそれは当然か、この狭い作業艀で、昼間はもう何日も一緒に過ごしているのだから。
ともあれ、その方が誰なのかは私には結局、わからずじまいだった。
「なんで晴れるって思ったんですか?」
「長いでしょ?あれ。長く待てるってものよ」
「はぁ…そもそもあれ、なんていうんですか」
「ラビーニョデリーニャ (rabinho de linha)ね。花に集まって、子供がよく集めるわ」
尾の長い子、という感じだ。
「何かに使うんです?」
「いや、遊びね。尾をたがいに結び付けて環っかにして飛ばしたり」
酷い遊びだが、まぁ、致し方なかろう、子供だし。
「一度食べ始めると、ずーっとそこから動かないの、だから簡単に素手でも捕まえられるわ。だから、雨の降らない日しか食事をとらないのよ」
「へぇ…」
それが真実である保証はまるでないにせよ。
「それに、長いでしょ?」
――そんな、さぞかし当然なように「でしょ?」と言われても、結局こっちがどういう意味をしているのかは、終ぞ私にはわからなかった。むしろ、そちらの方がよほど直感的かのように、彼女は話していたのだが。
「そっちどう?降りて来た?」
アリアが戻ってきた。
手には例のメガセコプテラが2匹、掴まれていた。
手に持ってみると、長い毛がまばらに生えたところに、花粉がついているのが見える。
「こっちはぜんっぜん。ただ――面白い話は、聞けたよ」
「ふーん、どんな?」
「今日は晴れるかも、だって」
「そんなの?さっきあたしが聞いたのは、2匹捕まえて尾を結びあって、飛んでいった先に意中の人がいるんだって」
「何そのロマンチックなやつ」
「ねぇ、やってみる?」
アリアはいたずらそうに笑う。
「やだね、せっかく捕まえたのに、尾が折れて雨でも降ったらどうするんだよ」
言ってみたけど、自分でも意味が分からなかった。
――石炭紀に出発して、もうすぐ一か月がたつ。
この星に降り立つまでに、二週間。
そして、村に入ってから5日目だ。
そろそろ、この星に降り立って半分の時間を、この艀の上で過ごすことになるだろう。
村に入った、とはいってもこの作業艀から出ることはできず、なぜか舟を彫ることに。
そしてただひたすら、村の妊婦たちと一緒に艀の手作業をしつつ過ごす時間が――この昆虫の尾ほど、長いものに思えてならなかった。
ただ、少しでも、この熱帯雨林に住まうことにした人々がいったい何を感じているのか、わかるようになっておきたいという気もしてきて、せっかくいるのだからそちらも蒐集しよう、と思い始めたころ合いだった。いまだにいっこうに、名前を覚えられないけれど。
そしてここの人たちは、特に名前などどうでもいいかのように、個人をあらわす固有名詞をまるで使う気配がない。それは――私のような名前弱者にとっては苦しいものだったし、それ以上にそうすること自体がよくわからなかった。
*メガセコプテラ(Megasecoptera)・・・原始的な昆虫の一グループ。ミスコプテラMischopteraあたりが知名度が高いのではないだろうか。体は巨大なカゲロウのようで、きわめて長い尾を持つものが多い。和名としてムカシカゲロウ目というのがあるが、あまり実態を反映していないようにも思われるのでここでは採用しなかった。
弱冠シリアゲムシを彷彿とさせるような針状の口吻をもつ昆虫であり、その餌としてはシダ種子植物の前花粉や受粉液滴、または樹液などが想定されている。したがって、最古の受粉昆虫の一員であった可能性がある。
**”花”とここで呼ばれているのは、メドゥロサ類などにみられる発達した生殖器官である。これらの生殖器官は実質的に花として機能したと考えられている。0.5ミリメートルにも達する巨大な花粉はもはや風媒花としては考え難く、巨大かつ多様化した雄性生殖器官と長い珠孔とその周囲を鎧のような厚壁組織で固めた構造(Pachytesta-石のようなタネーの語源でもある)からは、この植物の雌花がおそらく受粉液滴を求めて集まる昆虫によって授粉されたことを示唆する。




