Redundancy
「……あなたたちはいいわよね」
アリアの言葉だけが、ぽつりと響いた。表情はまだ険しく、眼に力は、みあたらない。
ふと、風に乗って、どこか遠くから笑い声が聞こえてきた。
内容はわからなかったが、村人たちの、屈託のないおしゃべりの声だということは疑いようもなかった。
耳を澄ませば、この広大な作業艀のあちこちから、喋り合い、笑い合う声がこだましているではないか。
――なぜ今まで気づかなかったのだろう、と私は、へたり込みながら、己を嘆いた。
「ケイははじめから、そっち側でしょ。
籠だって最初からできて、褒められて。
……あたしだけよ、のけ者にされてるのは。」
アリアはうつむき、口元を歪めた。
「……役に立ちたかっただけなのに。
二人で続けて。あとで私も追いつくから。」
アリアがそう呟くと、ようやく、蔓から手を離した。
白い束が、ぱさり、と床に広がって、綺麗に揃えられていた蔓が、ぐしゃぐしゃに絡まりあった。
しばらく、何も言えなかった。
ただ、向こうから聞こえてくる、何か楽し気な話し声だけがバックグラウンドに響いていた。
「――ああ、なりたかったわ。でも――あたしには無理そうね」
虚空を見つめながら、アリアは小さく息を吐いた。
私には、何も答える言葉が見つからなかった。
「ねぇ、私のこと、働き者だと思ってるでしょ」
沈黙を破ったのは、リリィだった。
彼女はゆっくりと私から身を離し、アリアの目をまっすぐに見つめた。
「そりゃそうでしょ、ここでもずっと引っ張りだこだし」
そう、私は思った通り、そのままを言った。
アリアも無言で頷いている。
「たしかに、ずっと戻ってこれなくてごめんなさい。でも、あなたたちが思ってるようなのとは、ちょっと違うのよ」
「違う?」
「ほら、修理に行くでしょ?そうすると、まずどこどこの誰々さんがこれに気づいて、それから誰々さんが見に行って…って感じで、1時間くらい話が続くのよ。」
「それは……大変そう」
「で、修理を終えるでしょ? そうすると今度は、『せっかく来たからお茶でも飲んでってくれ』って、また二時間くらい話し込んで……」
リリィは肩をすくめておどけてみせた。
「はいはい。サボってても受け入れられてるって、いいご身分ね」
アリアはそっぽを向き、不機嫌そうに皮肉を言った。
「いや、そういうことじゃないと思う。むしろ……逆なんだ」
私が思わず口を挟むと、アリアが鋭い視線を向けてきた。
「じゃ、サボってるほうがいい、ってわけ?」
「いや…そうじゃなくてさ、ボクたちも、カフェの隣席で猛勉強してるやつがいたら、どう思う?」
「負けずにやるか、邪魔しないように立ち去るわ」
「でしょ。」
「らしくもない。だってケイ、あんた、気にせずに隣で戦利品の整理とかし出す人でしょ、平気で」
「ま、するけど。だって気にしてもしょうがないし、カフェでやってる以上、そのくらいの覚悟があるとみなすべきだと思うよ。邪魔された!って言える筋合いじゃないはず」
アリアが呆れたように鼻を鳴らす。
「でも、言いたいことはわかったでしょ?」
「なんとなく。……で、あってるの? それ」
アリアが疑わしげにリリィを見ると、彼女は苦笑しつつも、「ま、少なくともそういうところも、あるわね」と頷いた。
アリアは道具を、ようやくしまう。
その様子を見届けてから、リリィは再び話し出した。
「さっきの話に戻してもいい?実は私も、ちょっと「やりすぎ」の部類なのよ。」
「やりすぎ?」
「そ。村の人たちは、むしろ「必要に駆られない限り、1日にやる仕事は1つまで」って決めてるみたいなのよ。籠編みだったら、その日は籠編みだけ。って。残りは休むか、話すか。それでね、旅人さんたちは無口だねぇって」
「・・・」
――そういうことか。
「みんな、困ってたんだ。私たちが何したいのかわからなくて」
「そうなのよ」
リリィはポンと手を叩いた。
「ここの人たち、思ってることを何でも口に出して、それからその上で物事を決めてくの。だから、何時間も話が延びるし、しょっちゅう喧嘩にもなるわ。でも――」
「ブラックボックスは、嫌だ、で、合ってる?」
「そういうこと。よそ者なのに無言で猛烈に仕事して、何を聞いても愛想笑いで、何かに怯えてるみたいで……挙動不審で不気味だって、そういう噂が私のところまで流れてきたの」
「なるほど……」
「それで私が適当に相槌を打って誤魔化してたら、『女のほうの旅人さんがあっちこっちの仕事に手を出し始めて、しかもものすごい形相で怖い』って情報が入ってきて。ごめん、流石に止めてくる! って飛んできたの。遅くなってごめんなさいね」
「…」
アリアはぽかんと口を開けたまま、瞬きを繰り返した。
そして、はぁっ、とため息をつく。
眼に輝きが戻っていた。
「じゃ、解決は簡単ね。チャチャッと済ませて、たくさんインタビューする。それでいい?」
「――それでいいの?」
私は半信半疑で、リリィを仰ぎ見る。
「いいと思うわ。それに――いろいろ、面白い話が転がってるもの。」
「たとえば?」
「なんか、よくわからない謎の巨大生物とか、夜に火をもって飛ぶ蟲とか、そんな話なら、挙げるに困らないくらいよ。それって…旅の目的にも、合致するんじゃない?」
「Exciting!」
そう言って立ち上がると、アリアはどしどしと村人に向けて突進し始めた。
「いや、いくらなんでももうちょっとやり方があるとは思うんだけど……」
あの変わり身の早さというか、スイッチのオンオフというか…あれは、私には理解できない。
私は呆れ果ててため息をつきながらも、隣に立つリリィの横顔を見た。
さっきまで引きつっていた表情が、ふっと緩んでいた。




