Vine in Vain II
蔓の皮を引く手を止めて、顔を上げる。
作業場のあちこちに巻かれた蔓や、干しかけの皮が吊るされており、独特のにおいを発していた。
この蔓、見た目は蔓そのもの、葉はシダに似ているというのに、どこかフルーティーな香りがするのである。
そして――気づく。
事態はむしろ、悪化していた。
女が集まれば世間話が始まる、というのはあまりにも性差別的なたとえかもしれない。
しかし、そう言わざるを得ない局面も確かにあって、それが遠くなっている、ということ自体が問題だった。
静かさ自体が、私たちを避けている何よりの証拠なのだ。
今や避けられているのは――私「たち」なのである。
「気づいた?」
私はアリアに声をかける。
アリアは作業しながら、こくり、とうなづく。
「ちょっとずつ、ずりずり遠くなってる。さっき3人くらい、艀を出てった」
さっきが嘘みたいに、冷静を装っていた。――本物と区別できないくらいに。
そのくらいじゃないと、恐竜時代は冒険できないのか、と思う。
この人は、常に自分を演じ続けているのではないか、とすら思ってしまう。
――いや、そんなこと、確かに以前言っていたような気がする。
演じ疲れたから一緒に旅に出よう、とか、そういうことを。
「ところでだけどさ」
私は無理やり話題を変えようとした。
「今朝「各自続きをやるように」って言ってたけど、当番代わってローテしてるじゃん。引継ぎどうやってるんだろう」
「あー、それ。さっきも途中まで綯いかけのロープを、何も伝えずに引き継いでた」
「――前の続きをやる、それだけ?以心伝心?」
私にはとても、それでうまくいくようには思えなかった。
――が、それこそが村を動かしている気もまた、するのだった。
「なによそれ」
「言わずとも伝わる、的な」
「あたりまえじゃん。あたしはけっこうわかると思うけど?」
――そうか。
引っかかっているのは私だけで、村人にとってはこれが当たり前のはずだ。
「あたりまえ」。
あたりまえ、ねぇ。
アリアはもう、機械仕掛けみたいに皮を剥いている。
さっきの発見――指に刃をはめて蔓のほうを引く方法――に味を占めたらしい。
手際は確かにいい。
量産という意味では、最初に倣った通りに苦戦している私より、遥かに早い。
ただ。
見回してみても、遠巻きに似た作業をしている女たちは、やはり誰もアリアのやり方に似たものをやっていない。
確かに慣れているだけあって手際はいいのだが、はじめて初日のアリアにスピードで負けていて、いいのか。ふらりと立ち寄って、出来上がったものを見てみた。
が、出来に関してすら、アリアの方式のほうが遥かに綺麗に剥けるようだ。うーむ。
さっき私たちを案内してくれた方は、ちょうど席を外していた。
非難されている。
その状況だけは、おそらく間違いない。
しかし、候補がいまいち多すぎる。
まず、そもそも旅人があまりいい扱いを受けていない。
私にとっては直接危害が加わらないぶんには楽なくらいではある。
しかし、正直言うと、調査に行く前に3日以上かけて自前で舟を作らされているということ自体が、普通に考えれば、かなり質の悪い嫌がらせとしか思えないだろう。
――私は証拠がとれていないので、直接的な判断は保留するけれど。
さっきアリアが失敗したこと――それは一番考えやすい。
籠編みでも、蔓を何本もバキバキに折って無駄にした。
そしてその原因はもしかすると、勝手な効率化かもしれない。
もし教えたとおりにやらずいきなりやって失敗したとすれば、印象は最悪だ。
村人からすれば、教えたことをなぜ言われた通りやらない、と苛立っただろう。
いまは偶々はまって、教えられたものとは全く違う手順で、持ち前のフィジカルで大量生産をきめているにしても。
品質も申し分ないらしく、出荷用の完成品として、区別なく納入されたにしても。
その印象はたぶん、ぬぐえない。
――よくできていることと、正しいことは違う。
世間の言う正しさなるものは、実際にうまくいくか、整合しているかとは関係なく、周囲の機嫌を損ねたか損ねなかったかで大抵決まるものだ。
それでも、不味いことになる、と確信したときは声を上げざるを得ないのだけど――そうなると、まぁ疎まれる。会社では日常のこと。
正しい。
それ自体が、わからない。
正しいって、なんだ?
地球社会では、”正しさ”はあのクソAIが担保するもの、と共有されている。
それがおかしな結論を出した暁には、置かれた状況により整合的で合理的であったとしても、別解は”誤り”とされていた。つまり人は生まれながらにして、誤りつづけるものである、と定義されている。――旅から帰っても、それが変わることはまずないだろう。
しかし、この村では、そもそも何が正しいのかという前提自体を、私たちは何も理解できていない。この村の後ろにデータサーバーがあるとも思えないが、少なくともブラックボックスの得体のしれない正しさを軸にしている。
だいいちだ、本当に合理的な社会なら、妊婦に船大工をさせたりはしない。
私を観察へと突き動かしていたのは、まさにその恐怖だった。
そして、また私は聞いてしまった。
****.
確実に私「たち」に向けられていたそれは、あの、侮辱の言葉だ。
人もどき、とか、そういうニュアンスの言葉。
あの言葉をかけられるのは、おもに発電艀にかかわる者のみだ。
彼らはどうも、差別階級であるように思われた。
彼らが****と呼ばれているのを、何度も耳にした。
つまるところ、村の外のものは、人ではない、そういう意味なのだろう。
もう一つの例外が、私たちだった。
他の艀に集まっている子供が集まってこちらを指さし、****と叫んでいるのを、何度か聞いた。
しかし、彼ら発電艀の人々ほどではない。
あれはすくなくとも、神殿などではないことは今や明白だ。
ケガレそのもの、あるいは必要悪。
境界を扱うもの――そしてそれゆえに、同じ人々として扱えない、界面。
そんな彼らは、差別的特権階級なのではなかろうか、そう私は推測していた。
それは、村に入れなかった、あるいは入れない人々の行く末の様に思えた。
私は、煙の出る煙突を見遣った。




