命の蔓
その方は少し腰を丸めて、手には小さなカミソリのような刃をもっていた。
ややふくよかな方で、下腹は膨らむ前から、すこしたるんでいる。
貫頭衣から出た淡い褐色の肌には、何本も縦方向の白い筋が走っていた。
しかし、くるりと丸まった蔓に沿わせてスッと刃を走らせる手さばきは美しく、ちょうどアナゴをさっと捌く板前を彷彿とさせた――実際に見たことはないが。
ウナギもアナゴも捕り尽くされてしまったし、あくまで、絶滅前の画像資料として、だ。
軽く鼻歌を歌いながらの作業だった。
その鼻歌が、だいぶ前に地球でヒットしたらしい、飲食店でも時々流れてくる旋律だった。
それが、私をとても、ほっとさせた。
「あ、あのー、舟の内側は削り切ったんですが、その―・・・ここまで植物を見に来たもので、皮むきや下処理もみさせていただけますか…邪魔にはならない範囲で…」
私は、おそるおそる尋ねた。旅人であるということを前提に据えた発言のほうが、いろいろ都合がよいのではないか、などと思いながら。そして、嘘の部分がない、私のただの好奇心として。
しかし言い終わってから、私が古植物を見たいというだけの、欲望まみれの、ひどい発言にも聞こえる、と、おそるおそる反応を伺った。
一瞬の間が、とてつもなく長く感じられた。
「どうしたの!ひっどい顔して。」
彼女は私の顔を見るなり、大げさに驚いて見せた。
「ちょっと疲れたので。別の作業もやってみたい…というか、すこしでもお力添えできたら、と思いまして」
そうぼかした。
いや、直球にアリアのことを言ってもよかったかもしれないが、そうしたときに何が起きるか、知れたものではない。
彼女は組みかけの、編み合わせが途中から完全にこんがらがって、しかもあちこちで折れた籠をちらりと見やると、言った。
「ええ。ちょうど沢山、だめになってしまったところだものね」
その非難に、私は心底、ほっとした。
「はい、大変ご迷惑おかけしました。そして、蔓にも」
そう、この蔓だが、昨日こっそり持って帰ってみたサンプルからすると、おそらくリギノプテリス類のHeterangiumであるらしい。
リギノプテリス類が分岐したという証拠はあまりないから、ここで何か新事実でも発見されない限り、一度刈り取られること自体がその個体の死を意味したはずだ。
この蔓は、ある植物の命そのものですら、あるのだ。
私たちは、さっきとは少し離れた作業場に案内された。
そう、私「たち」だった。
とにかく、どうもこの方は言わんとすることを察してくれた。
そしてその白線で区切られた区画には、たくさんの丸く束ねられた蔓が置かれていた。
皮を剥く前の蔓は、太さに数種類あった。
同じ種なのか、それとも違う種なのかはよくわからない。
もしかすると茎はよく似ていても、葉が全然違うかもしれないし、その逆だってありえた。
ただ村人たちに大事なのは、その用途のほうだ。
別々に束ねられて、水につけてある。
籠の作り方を思い出した。芯になる蔓と、編むための蔓はたしかに太さが違っていた。
「こう、手にもって。刃はこう。」
指につけるようにして使う、小さな爪のような刃物だった。
「それで、つぅーっと真っ直ぐ刃を滑らせつつ皮を剥いでいく。」
そう言って彼女は刃を滑らせた。
「一週間くらい干しておいてからいったん乾かして水につけておくと、皮が剥きやすくなるのよ。皮を剥いたら、巻いて乾かしておく、ほらこんな感じで。いけそう?」
「はい。。。やってみます」
「ほら、アリアちゃんも」
蔓を受け取ると、アリアはしばらくそれを、じいっと見ていた。
さっきバキバキにへし折ったものが、どれだけ手間のかかったものなのか思い知らされたことだろうか。
さて、言われる通りにやってみると、確かに皮と木質の中心部の間がよくはがれて簡単に剥けた。
しかし問題はナイフの滑らせ方で、なかなか真っ直ぐに切れない。
「皮も使うから、出来るだけ真っ直ぐに」
と言われても、果たして太さ1センチの皮を剥くのに、まっすぐな割線を入れること自体にだいぶ無理があるのだ。
何回か苦戦しつつも、3本目くらいで私もアリアも、割線を入れられるようになった。それを見届けると、さっきの方は「困ったらすぐ呼んでちょうだい」といいのこして、またもとの作業場に戻っていった。
それはおそらく、二人で話しなさい、という意味なのだろう、と私は思った。
「まぁさ、誰もが一朝一夕にできるもんじゃないし、焦らず見ながら、少しずつ…」
私が切り出すと、アリアはあの勢いで、ぐいぐいと迫ってきた。
「少しずつって、どのくらい?何日?何年?何回くらい?」
「いやそれはちょっと、なんとも…でも少なくとも、ゼロから確立されるには多分何百年レベルの下積みがあるはずで、そのエッセンスを拾いながら作っていく感じだとおもうよ、だからさ…」
しかし、これが逆効果だった。
「でも、みんな、狩りも、漁も、舟づくりも、籠編みも、縄づくりもできないと、ここじゃ生きていくことすらできないじゃない!そんなので村に受け入れられるかって」
「そうだね、所謂、現代人が黒曜石を持たされて石器を作れるか?問題みたいな」
「それよ。だからこそそれができないって、なんか認めがたくて…この村は30年で確立されてるのよ?」
「でも、無駄にしないように、とにかく・・・これは、練習じゃないから」
それから、気まずい沈黙が私たちを覆った。
刃を滑らせる。
ヘテランギウムの蔓の皮が切られる。
そして中身が出てくる。
その、繰り返しだった。
すると、意外にもアリアの方から歓声が上がった。
「できた!!!こんな感じでどう?」
見事なまでに真っ直ぐ割線が入れられていて、中の材にも全然傷が入っていなかった。
「どうやったの」
「教えない!」
といいつつ、もう一本にも手を付け始めた。
見て盗めってことですか。
指に刃をはめて固定しつつ、蔓の方を勢いよく思いっきり引っ張るのである。
やってみると、これがまたうまくいく。
「さっき見せてくれた方法と全然違うよね、どう気づいたの」
「だって、あの方法だと量産できないでしょ?」
*人類のいる時代への超時空ゲート開通は禁止されているゆえ、人類が絶滅させてしまった生き物は、古生物よりはるかに遠い存在なのである。
<石炭紀は蔓植物の多様化が進んだ時代と言えます。それらのすべては現在の蔓植物とは無縁な、現在の蔓植物に高度に収斂進化したものです。フックを引っ掻けて這いのぼるもの、蔦のように吸盤をつけてのぼるもの…様々な形の蔓植物が出そろうこととなりました。今回紹介したリギノプテリス類などは、シダ種子植物の中でも最も原始的な部類の一つで、そうした蔓性のシダ種子植物のはしりといえます。興味深いのは蔓性のライフスタイルの出現より、側芽の出現のほうがどうも遅そうな点です。種子植物において側芽が最初に見られるのはメドゥロサ類であり、リギノプテリス類はおそらく断端からの萌芽能力を持っていなかったものと思われます。ゆえに、蔓の切断はおそらく、個体の死を意味したはずです。>




