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先輩薬師の後輩育成日記  作者: 織姫
第15.5話 わたしとエドさん

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わたしとエドさん

 みなさんこんにちは。サラ・オレインです。

 2月もあと数日で終わる晩冬の夜のこと。

 ソフィーさんはセント・ジョーズ・ワートへ送る怪我人に同行し、エドさんはルーク君と一緒に2階で寝ています。診察室に残り、オイルランプの仄かな灯を頼りに医術書を読むわたしはふと窓の外を見ました。

「まだ止みそうにないかな」

 夕方、一旦は止んだ雪が深々と降る光景はなぜか寂しさを感じます。

「ソフィーさん、もう着いたかな?」

 村からセント・ジョーズ・ワートまで数日掛かることは知っています。それでもそう思ってしまうのは外が凍てつくほど寒く、野営をするには厳し過ぎる環境です。ソフィーさんたちのことだから最低限の防寒はしているだろうけど足を失くしたあの人は大丈夫かな。

「ソフィーが付いてんだ。心配するな」

「エドさん? あの、ルーク君は?」

「寝てる。つか、ほんとソフィーに似てきたな」

「え? ああ。これですね。すごいですよね。医師向けの本も持っているなんてソフィーさんは本当に勉強熱心なんですね」

「そうだな。今日は大変だったな」

「はい……ああいう患者さんはやっぱり苦手です」

「そうか。そうだよな」

 思わず出た本音を受け止めてくれるエドさんは「俺も苦手だ」と言い、私の横に来ると窓の外を見ました。

「降ってるな」

「ソフィーさんたちは大丈夫でしょうか」

「街道沿いに宿場が幾つかあるんだ。たぶんそこに泊まってるはずだ」

「宿場ですか。怪我人も受け入れてくれるんですか」

「ソフィーが協会を通して宿場組合に掛け合ったんだ。昔は酷かったからな」

 エドさんの話だとソフィーさんが村に来た頃は患者と一緒だと雨宿りも断られたそうです。もちろんすべての宿がそうだった訳じゃないそうだけど圧倒的に断られる確率が高かったそうです。

「あいつのお陰で病人を野営させずに街まで運べるようになった」

「そうだったんですね」

「ああ。あいつが来てくれたから村のみんなも安心してここで暮らせる」

ソフィーはほんとに凄い奴だと日頃は聞かない台詞を口にするエドさんは話を続けます。

「あいつは薬師以上のことを簡単にやってのける。医師だって躊躇するような怪我の処置も臆せず最善を尽くす。それだけ努力してきた証拠なんだろうけどさ、ほんとすげぇよ」

「エドさん、ソフィーさんのことずっと見てきたんですね」

「あのバカには黙ってろよ」

「どうして直接言わないんですか」

「ソフィーは仕事を褒められるのが好きじゃない。薬師として当然のことをしてるだけだってな。あいつなりのプライドなんだろうな」

 確かにソフィーさんは私が「凄いです」と尊敬してもそんなことないと返すことが多いです。当たり前のことをしているだけであり、それが普通なのだと言って謙遜します。

 ソフィーさんが施す処置は薬師がするそれとは明らかに違い、どう考えても私たちが持つ技術の範疇を超えています。それでもソフィーさんの中ではそれが普通なんだと思います。

「ソフィーはジギタリスの生まれなんだ」

「え?」

「知らなかっただろ?」

「は、はい」

「俺が言ったのは黙ってろよ。あいつは食べるのにも苦労するような村で生まれて薬さえあれば治るような病で両親を亡くしてるんだ」

「そうだったんですか……あの、ソフィーさんが薬師になったのって?」

「薬師を目指したのはルークさん――あいつの師匠の影響だ。あの人は身寄りが無くて飢え死にするしかなかったあいつを育ててくれた」

「ルークさんは医師が行うような処置までしていたんですか?」

「たぶんな。お陰であいつの書斎は医術書ばかりだ」

 少しは片付けて欲しいと愚痴をこぼすエドさんは苦笑するけど本当に困ってるような感じはありません。

「なぁ、サラ。おまえはどんな薬師になりたいんだ」

「私も薬師がいない村で育ちました。だからいつかは村に戻って薬局を開きたいと思ってます」

「あいつみたいになるのか?」

「そこまではわかりません。でも、私のおじいちゃんも村に薬局が出来ることを夢見ていました」

 私のおじいちゃんは村長として薬師協会に薬師の派遣を何度も陳情していました。その夢を叶えることなく亡くなったけど、いつだったか必ず村に薬局を作ると言ってくれた薬師さんがいたそうです。

「その薬師さんはまだ村に来れないみたいです。だから私がその代わりになりたいんです」

「そっか」

「エドさん」

「ん?」

「ソフィーさんってすごい人ですね」

「そうだな。あいつは国一の薬師だ」

 わたしの問い掛けに予想以上の答えを返すエドさんは照れ臭さを隠すためか再び窓の外を見ました。朝から降り続く雪は強弱を繰り返しながら降り続いています。この様子だともうしばらく止みそうにありません。

「さてと。俺は寝るけど、サラはどうする」

「もう少し起きてます」

「そか。寝る時は暖炉の火を落とせよ。それじゃおやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 欠伸を噛みしめ診察室を出て行くエドさんを見送るわたしは読みかけだった医術書を開きました。

 ソフィーさんがいない薬局で過ごす初めての夜。急患が出たらいけないと思ってエドさんにお願いして泊り込みさせてもらったけど、こんな風にエドさんとお話しできたのは少し嬉しいです。

(エドさんはソフィーさんを信じている。わたしも頑張らないと)

ソフィーさんがいないのは少し不安だけど留守を任されました。それはソフィーさんがわたしを信じてくれたからです。その期待に応えなきゃ。そのためにも少しだけ医術書を読み進めようかな。


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