その②
◇ ◇ ◇
翌日。目が覚めたのはお昼近くになってのことでした。普段じゃあり得ないくらい寝坊した私の身体は軽く、気のせいか続いていた熱も改善したようでした。
「言ったでしょ。休む時はちゃんと休みなさいって。ずいぶん楽になったんじゃない?」
「はい。身体がすごく軽いです」
「そう。なら、今日は久しぶりにあんたの腕を見てみようかしら」
「えぇ⁉」
「なによ。師匠が弟子へ手解きするのは当然でしょ」
「そ、そうですけど……」
リリアさんって私が考えたレシピになかなか合格点くれないんだよなぁ。というか、しばらく休めって言ったの誰ですか。
「休めとは言ったけど“サボれ”とは言ってないわ」
「それってただの屁理屈じゃ……」
「とりあえず一般薬をなにか作って見せなさい」
「え? 精密薬じゃなくて良いんですか」
「なに? わざわざ難しい方を選ぶの? まぁ、あたしは別に構わないけど」
「い、一般薬で良いです!」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべる師匠を前に慌てて首を横に振る私は一般薬でも基礎中の基礎。風邪薬を作ることにして早速、調薬に移りました。材料は好きに使って良いと言われたけど、使うのは『ヤジリソウ』と『スペアソルト』それから……
「ふ~ん。その材料だとエキス剤ってとこかしら?」
「なんですか。邪魔しないでください」
「あんた。そういうとこ口が悪いわね」
「リリアさんに言われたくありませんっ」
どうにかして茶々を入れようとする師匠を適当にあしらいながら調薬を進める私。基本のレシピを元に作ったオリジナルレシピで作業を進め、薬草が入った煮出し袋を水が入った鍋へ入れたところで小休止。薬草の成分が水に溶けだすのを待ちます。
「相変わらず面倒なやり方するわね。煮出した方が早いでしょ」
「師匠直伝のやり方です」
「あんたも物好きよね」
師匠も水出しを好んでやっていたと口にするリリアさんは昔を懐かしむように目を細めました。師匠とリリアさんが養成学校の同期なのは知ってるけど、二人は本当に良いライバルだったのかもしれません。
「……あのバカは今頃なにやってるのかしらねぇ」
「リリアさん、ほんとは師匠のこと好きだったんじゃないですか」
「バカなこと言わないの。あたしには恋人がいたって言ったでしょ」
「それが実は師匠だったり?」
「そんな訳ないでしょ。だいたいね、好きにもいろんな意味があるのよ」
同じことを言わすなと言わんばかりに溜息を付くリリアさんだけど、この様子じゃあながち間違いじゃないかもしれません。
「あんた、いま『そんなこと言って――』とか思ったでしょ」
「ギクッ⁉」
「あたしの秘密を知ろうなんてあんたみたいなお子様には早いのよ」
「こ、子供じゃないですっ」
「そういうところが子供って言うのよ。まったく、あんたはほんと変わらないわね」
「なんですか急に」
雑に頭を撫でる先輩にムスッと頬を膨らませ抗議の意を示します。でもそれが逆効果なのは分かり切ったことでリリアさんが撫でるのをやめることはありません。それを分かって頬を膨らませる私はやっぱり子供なのかもしれません。
「母親がこんなのだとチビ助も大変ねぇ」
「さすがに失礼じゃないですか⁉」
「はいはい。悪かった。で、おチビちゃんはどっちの血を継ぐのかしら?」
「まだわかりませんよ。ただ、薬師になるって言うなら止めるかもしれませんね」
「そう。ま、薬師の良いところも悪いところもあんたは見てきたからね。親ならそう思って当然かもね」
薬師は他人の命を預かる以上、時には『死』を誰よりも近くで目にすることがあります。それは辛く、自分の不甲斐なさを痛感する時でもあります。だからルークに薬師を目指してほしいとは思いません。もちろん本人が目指したいと言うなら全力で応援するけど、出来れば他の道へ進んで欲しいと願うのは親の贔屓と言うものでしょうか。
「まぁ、チビ助が将来なにになるかなんてまだわからないだろうけど――」
「? なんですか」
「それじゃ苦くて飲めないんじゃない?」
「え? あっ⁉」
話に夢中になって水出し中の薬が台無しになるところでした。慌てて鍋から煮出し袋を取り上げたエキス剤は少し色が濃い気がします。
「ちょっとやり過ぎたみたいねぇ」
「うぅ~。こんな簡単なやつで失敗するなんて……」
「話に夢中になるからよ。そのくらいなら使えるでしょ――そうね、30点ってとこかしら」
「今回はなにも言えません……」
まさかの失敗に肩を落とす私をよそにクスクス笑うリリアさん。世話の焼ける弟子ねと呆れながらも後片付けを始める私を手伝ってくれます。そして、
「相談ならいつでも乗るわ。だから遠慮なく来なさい」
「え?」
「あたしに話があるからウチに来たんでしょ。一応はあんたの師匠なんだから一人で悩まず頼りなさい」
サラがいるからいつでも来れるでしょと言うリリアさんは優しく私の頭を撫でます。もう子供じゃないと反発したくなるけど受け入れてしまうのはこの人の弟子になれて良かったと思うからかな。口は悪いけど私を一人前に育ててくれた恩人であり頼れる先輩薬師です。
「あ、そうだ。あんたが飲んだ解熱剤だけど」
「はい?」
「特別に200メロで良いわ」
「お金取るんですかっ」
「そりゃそうでしょ。そこの鍋に入ってるソレ。使い物になるならそれでチャラにして良かったんだけど、あんたが失敗したからねぇ」
「…………」
さっきのは訂正です。リリアさんは確かに私を一人前に育ててくれた恩人で頼れる先輩ですが口が悪く意地悪です。そう確信した私はサラちゃんにはこんな意地悪はせず、優しくて頼りがいのある先輩を目指そうと心に誓いました。




