その①
始まりは春の訪れを感じるようになった3月のとある午後のことです。
「やっぱりおかしい」
往診から戻り、カルテの整理を始めたのは良いけどどうもやる気が起きない――いえ、強力な睡魔に襲われているのです。
「昨日も早めに寝たのになんでかなぁ」
「きっと疲れが溜まってるんですよ」
「サラ、こいつが疲れるほど働いてると思うか?」
「ちょっと! 私がサボってるみたいじゃない!」
優しい後輩とは違って心配すらしてくれない旦那様はいつものことだけど、こんなに眠気が続くのはやっぱり身体が不調を訴えているのかな。
(あとでなんか適当に調薬してみるかな)
ただの疲労ならしっかり休めば薬を飲まなくても大丈夫だけど、ちょっと倦怠感もあるから滋養効果のある薬を作ろう。その程度に思っているけど私たちの様子を見ていたアリサさんはなぜか心配そうに私を見ています。
「ソフィー殿。ちょっと良いか?」
「なんですか」
「少し確かめたい――いや、話があるんだ」
「はい?」
エドたちには聞かれたくないのか、散歩がてら外に出ようというアリサさんは半ば強引に私を外へ連れ出そうとします。
「少しソフィー殿と話をしてくる。サラ殿、留守を頼めるか?」
「は、はい」
「すまんが。頼む。それじゃソフィー殿?」
「え? あの、アリサさん⁉」
「たまには二人で散歩の良いだろ?」
「私これから調薬――留守番お願いねっ」
アリサさんに引っ張られる形で診察室を出る私はそのまま薬局の外へと連れ出され、私たちをポカーンとした顔で見送るエドとサラちゃん。アリサさんがこんなに強引な手に出るのは初めてです。故に私もなされるがまま。アリサさんの手を引かれてお店の裏にある薬草畑に来ました。
「あ、あの。そろそろ離して貰っても良いですか」
「ん? ああ。すまん」
「それで、どうしたんですか」
強引に連れ出されたことへの抗議の意味も兼ねて頬を膨らませる私に対してアリサさんは笑っています。悪気はないという意思表示なのでしょうが、相手がエドならさらに文句を言っていたところです。
「すまない。エドには聞かれたくなかったんだ」
「エドですか?」
「ああ。ソフィー殿。たしか先月も熱っぽいって言っていたな?」
「え? は、はい」
急な問いに戸惑いつつも頷く私。エドと温泉に行ってから暫くして微熱が続くようになり、最近はそこに眠気や倦怠感が加わっています。
「答え難いかもしれないが、来てないのではないか?」
「来てな……あ」
「やはりそうか」
合点のいった様子のアリサさんと体調不良の原因に気付いた私。予想通りの答えにアリサさんは微笑み、私を優しく抱きしめてくれました。
「良かったな。おめでとう」
「まだわかりません。こればかりは神様に託すしかありません」
「そこはコウノトリじゃないんだな」
「むっ。アリサさん意地悪です。なんでわかったんですか」
「ルークの時と同じだったからな」
「ルークの時ですか」
そういえばあの子の時もこんな感じだったっけ。たしか旅の途中でウチに立ち寄ってくれたアリサさんが私の異変に気付いたんだ。そしてリリアさんのところへ行けって言ってくれたんだよね。
「今回はサラ殿もいるんだ。しばらくゆっくり休んだ方が身体の為じゃないのか?」
「エドにはいつ言ったら良いでしょうか」
「ソフィー殿のタイミングで良いんじゃないか。それにしても、妻の体調が良くないのに気付かないとは旦那失格だな」
「それがエドですよ。それに私が本当にダメな時は真っ先に気付いてくれますよ」
「まったく。ソフィー殿もノロケが過ぎるな」
「私とエドは何時だって仲良しですよ」
苦笑するアリサさんにニコッと笑い返す私はなんだか身体が軽くなったような気がしました。あとはこのことをエドにいつ言おうかな。可能性は高いけどまだ確信が持てたとも言えない状況で旦那様を喜ばせる訳にはいきません。それにお店のこともあります。
「あたしも可能な範囲で手伝おう。あとはエドを扱き使うと良い」
「エドはこの村の村長ですよ。無理はさせれません」
「妻が大変な時に手を差し伸べるのが夫の務めじゃないのか?」
「フフ。それもそうですね」
アリサさんの言う通り、これからしばらくはエドに甘えようかな。言い出したのはエドなんだから少しは頑張って貰わないと私ばかり不公平です。
「ソフィー殿。改めて言おう。おめでとう」
「ありがとうございます。アリサさんっ」
「楽しみにしているぞ」
「はいっ」
まだ確証は持てないけど、いまの体調不良はきっとそう言うことです。夜、みんなが帰ったら話そう。そう決めた私は幸せを分かち合うようにアリサさんと笑い合いました。




