第16話 辺境伯の帰還
農地特有の土の香り。
果樹園から流れてくる果物の香り。
自然の大地。耳を澄ませば水のせせらぎ。聞こえてくる静かな足音。彼が遠路はるばる帰って来た。
三日前、コーンフォース帝国に出向いていたエドワード様。アーサー皇帝陛下から直々に呼ばれ、急遽向かわれていた。
「やあ、フィセル。ただいま」
「エドワード様、首を長くしてお待ちしておりました。おかえりなさいです」
「うん、僕もずっと君に会いたかった」
三日間も会っていなかったせいか、わたくしもエドワード様も少しだけぎこちない。でも、その太陽のように燃える赤い瞳には、わたしの姿だけを映し出していた。……良かった、帝国で誰かに誘惑されていないかと、ずっと心配ばかりしていた。
安堵しているとエドワード様は、その無駄のない引き締まった体でわたくしを包んでくれる。こんなに優しく抱きしめて戴けるなんて……なんて幸せ。この瞬間をずっと待っていた。
「――あぁ、もうエドワード様もフィセル様も相変わらずデスネ」
いつの間にか近くにいたアドニスくん。採れたての『ラランジャ』を頬張っていた。ラランジャは橙色の果物であり、甘酸っぱくて癖になる美味しさ。アドニスくんのお気に入りらしい。
それにしてもテレポートで駆けつけてくれたのかな。ジトっとした目でこちらを見てくる。
「アドニス、お前も久しいな。息災だったか?」
「ええ、お陰様でピンピンしていますよ~。領地は変わりなく、フィセル様の大聖女のお力で『守護』されております」
「さすがフィセル。美しいだけではない……君の力は日に日に増すばかり。僕達や領地を守ってくれている。感謝する」
実際、エドワード様が不在の間はわたくしが領地を任され、守っていた。この辺境伯領が大好きだし、ずっと居たいと思っているし――もしも許されるのなら、この緑豊かな自然の大地に骨を埋めたいとも考えている。
「わたくしは当然の仕事を熟しているだけです。それよりもエドワード様、お疲れでしょう。お屋敷へ向かいましょうか」
「そうだな、積もる話も多い。行こう、フィセル、アドニス」
エドワード様は、自然とわたくしの左手を握ってくださる。右手にアドニスくん。ちょっと妬いているのか頬を僅かに膨らませていた。少年のようだけどアドニスくんも男の子。こういう可愛らしい一面もあった。
みんなで手を繋いでお屋敷に戻っていく。やっと日常が戻って来た。
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辺境伯領より北北西。
大きな岩に囲まれた険しい山道を歩く人影があった。その人物は、冒険者にしては豪華な服に身を纏い、アクセサリーも宝石類で輝かしていた。
「…………もう直ぐだ、エドワード」
割れた片目眼鏡を強く押さえ、ギリギリと歯軋りさせる男。彼こそアンリエッタの本当の兄であり、イーグル伯爵。わざわざコーンフォース帝国からひとりで歩いて来ていたのだ。
彼の瞳には怒りと憎悪しかなかった。
伯爵は、三日前に妹アンリエッタの死を知らされたからだ。その訃報にショックを隠しきれなかった伯爵だった。何故、妹が死ななければならなかったのか。
その理由は全く明かされなかった。それが余計に腹立たしくもあり、やるせなかった。だからイーグル伯爵は復讐を決意したのだ。
そうして伯爵は憎しみに支配されながらも、辺境伯領を目指していた。
「……絶対に……絶対に妹の仇を討ってやる!」




