第12話 辺境伯領で農業を始めます
水晶に映し出される共和国の状況。
建物はほとんど倒壊し、火の手が上がっていた。
次から次へと侵入してくるモンスターの群団。それを迎える共和国の数少ない兵たち。まだ抵抗している人達がいた。けれど、その戦力差は明白。モンスターの方が圧倒的な数。まさに多勢に無勢。
更に運が悪かった。
大魔女の再来。
上空には数え切れないほどの大魔法陣。そこから放たれる大魔法。一方的な蹂躙を目の当たりにしていた。
「……これが大魔女アレクサ」
「噂によれば、彼女は不老不死だとか。だから、歳を取らないし、死なない。この機会をずっと伺っていたのだろうね」
「共和国は滅んでしまったのですね」
「……ああ。これほど徹底的に潰されてしまっては復興も難しいだろう」
それは吉報……いえ、気の毒に。
せめて被害に遭われた方に祈りを捧げましょう。わたくしは、将軍とその関係者以外に対しては祈りを捧げた。
目を閉じ、祈っているとアドニスくんが声を上げる。
「あっ……!」
「どうしたアドニス、ウィリアム将軍の手掛かりでも掴めたか?」
「いえ、水晶の魔力に乱れが生じてしまって……もう見れそうにありません」
「確かに、映像にノイズが発生していて見れないな。恐らく、大魔女の影響だろう」
水晶には砂嵐しか流れていなかった。
残念。共和国の終焉を最後まで見届けたかったのに。特に、将軍の最期は。
「エドワード様、将軍はどうなったのでしょう?」
「う~ん、あの映像だけは分からないな。逃げ出した可能性もあるだろうし……まあ、再起は不可能だろうし、もうヤツの勝手はできないはずさ」
そう、よね。
将軍の共和国は消え去った。
大魔女とモンスター達によって徹底的に破壊され尽くされ、全てを失った。彼に限定して言えば、よくぞ滅びてくれたわと言える。でも、まだよ。まだ将軍の命が尽きたのか、まだしぶとく生き残っているのか――それだけが気掛かりだった。
「分かりました、エドワード様。それと、映像を見せてくれてありがとう、アドニスくん」
「いえいえ、ボクは当然の事をしたまでです」
◆◇◆ ◆◇◆
共和国が滅びて一週間後。
その間、わたくしは共和国の事を全て忘れ、自由に暮らしていた。この辺境伯領は最高だった。エドワード様はお優しいし、アドニスくんは弟のように可愛かった。
お屋敷の生活にも随分と慣れた。
果樹園や畑仕事も手伝うようになって、農業を学んだ。わたくしは、もともと教会とお城に閉じ込められていた大聖女だったのに、外の世界に放り出されるとこんな素敵な人と場所に出逢えた。
ずっと辺境伯領で暮らしていたい。そんな願望が日に日に強くなっていた。
「おぉ、フィセル。もう泥まみれになっても気にしないようになったね」
「はいっ! 畑を耕すって大変ですけど、でも『アウズンブラ』ちゃんの力が強いので、どんどん進んじゃいます」
「そうだろう。それは僕の自慢の牛でね。知能が高く、賢いんだ。ペットというよりは家族。よろしくやってくれ」
「もうかなり仲が良いですよ。さっき背中にも乗せてくれました」
「それは凄い。信用に値する者にしか乗せないんだけどな、さすが大聖女フィセル。君は動物からも好かれるんだね」
「そうなのでしょうか? でも、嬉しいです。こうしてエドワード様と農業が出来て」
「僕も今の生活が楽しいよ、フィセル」
自然と見つめ合い、わたくしは足を止めた。あの赤い瞳で見つめられるとドキドキする。ちょっと辛くて、胸がギュッと締め付けられる。……あれ、わたくしどうしたのかしら。あはは……おかしいな。
「あの、エドワード様」
「フィセル、余所見するとアウズンブラから振り落とされ――」
くるっと視界が回って、わたくしは放り出された。そのまま正面から畑に落ちようとしたところ……エドワード様がわたくしの体を支えて下さった。
「…………ぁ」
「大丈夫か」
「あ……ありがとう、ございます」
彼の顔が近い。
吐息が掛かる程に近い。
これほど至近距離なのは初めてかも。
いっそ、このまま唇を奪って欲しい。
だから、わたくしは目をそっと閉じて――その時を待った。
「……!」
多分、きっと困惑されている。
でも、気持ちを確かめたかった……けれど。
「フィセル、危ないッ!!」
「……えっ」
ぐしゃっ……っと、嫌な音がした。
……この音。肉を裂く音だ。
……嫌。
……思い出したくない。
血の匂い。
ぽたぽた滴る血。
「…………くっ、油断したよ。フィセル、僕から離れるな!」
「エドワード様? ……えっと」
わたくしを抱きしめて庇ってくれているようだった。エドワード様の左腕にはナイフが刺さっており、出血していた。
「どうして……!」
「ヤツだ。ヤツがこの辺境伯領に来たんだ」
畑を踏み荒らして現れる男。
一週間以上も会っていなかったから、その印象がかなり変わっていた。……あの髭を蓄えた男性……でも、面影はあった。
「ウィリアム将軍……!」
「見つけたぞ、フィセル……!」
「……生きていたのですね」
「……あぁ、大変だったぞ、フィセル。あの一週間前の共和国壊滅で俺は重症を負い、生死を彷徨った。だが、運が良かった。こうして生きているんだからなァ!!」
「今更なんですか、もう関わらないで下さい!」
「それはできない。お前には共和国再建の為に戻って貰う」
「……嫌です。両親を殺しておいて、何様のつもりですか!!」
「…………それについては謝罪しよう。俺はこれでも今回の事で少し自分を見つめ直したつもりだ。おかげで僅かに目が覚めた」
畑に膝をつき、土下座する将軍。
あのプライドの高い男が、こんな謝罪をするだなんて……そこまでして、わたくしを頼りたいと言うの――?
さすがに腹立って、わたくしは将軍の頭を足で踏みつけた。
「ふざけないで! あなた、どうせ心の中では笑っているんでしょう!!」
「…………自覚はある。俺はそういうクズ男だ。今更、直せないし誤魔化せやしないさ。だが、民は別だ。まだ生き残っている民がいる。彼らにも家族がいるんだ。助けてやってくれ」
「それは将軍、あなたの責任でしょう。なぜ、このわたくしがあなたなんかの為に動かねばならないのです。それよりも、わたくしの家族を返してください!! 父様と母様を…………」
惨たらしく殺された父様と母様を思い出し、涙が溢れ出た。やっぱり、許せない。絶対に許せない。民を使って同情を訴えて来て……本当にふざけた男。情けない、最低。ゴミ、クズ。
「どうか……」
「消え失せて!!」
「頼む!!」
声を震わせて訴えてくる将軍。
バカバカしい演技。
ちっとも響かないし、刺さらない。
もう声も聞きたくない。
足を離し、背を向ける。
手を伸ばしてくる将軍だったけれど――
エドワード様が紅蓮の槍を構え、遮った。
「将軍よ、お前は現れるべきではなかった。それに、やっとる事と言っている事が矛盾している。なぜ最初、僕を攻撃した。それにお前には『殺意』しか見えない。お前は、フィセルを騙そうとしているな」
「……チッ。バレちまったか!! もうプライドとかどうでも良かったんだがなァ……騙し討ちは無理だったか」
舌を出し、ゲラゲラ笑う将軍。
そうよ。
……そう。この悪魔のような表情。
これこそが将軍の本性。本質。
だから、わたくしは一切信じなかった。




