第45話:先発隊④
アーロの訴えは受け入れられなかった。
「私が、私が全ての元凶でございます!彼にも、姫様にも、なんの罪もございません!私が、私が…!」
「奴隷の引き取り先も、王女の嫁ぎ先も、全てが皆決定した後なのだ。今更湧いた事実など、もはやどうでも良いこと」
青年も。
「親父の借金で奴隷落ちした俺を、貴方が拾ってくださったあの日から、俺はずっと、幸せでした。夢みたいな時間だった。ありがとうございました。どうか、幸せになってください」
姫も。
「ずっと、いなくなった彼を探していたの。…想いを、言えずにいた言葉を、伝えることができた。それだけで、十分なの。…あの日、私の無理を聞いてくれてありがとう。彼と再び出会わせてくれて、ありがとう。やっぱり貴方は、私の最高の騎士よ」
「なぜ!なぜ簡単に諦められる!愛しているのでしょう?側にいたいのでしょう?ならばなぜ、抗おうとしない!その手にと、望まないのですか!」
「…お父さまが決めたことよ。他国の、王様のお妃さまになるの。とっても栄誉なことよ。もう決定したことを、私が覆すことなんてできないわ」
「私は!貴方様の本当の御心を知りたいのです!」
「…………そんな…。だって、大きな国の、王様の、お妃さまなのよ。とても良い待遇が受けられるって、言われたわ。………でも、でもね、お妃さまがね、何人も、いいえ、何十人もいらっしゃる方なの。私以外にも、大勢の方がいらっしゃるの。私、私、出来ることなら、たった一人に愛されたかった。愛して、愛されて、そして大切な方の子をね、大切に育てたかった。………そんなこと、もう叶わないって、諦めなきゃいけないのを分かっているのに。私ったら、王女失格ね」
涙を流した王女に、アーロは静かに決意した。
満月の夜に、アーロは要人の家から奴隷となった青年を連れて、王女と引き合わせた。驚く二人にアーロは自分の有り金を全て渡すと、この国を捨てて隣国へ逃げるように告げる。駆け落ちだ。そんなことできないと首を振る二人に、アーロは背中を押す。
どうか逃げてくれ。そして幸せになってくれ。例え私の目の届かない場所でも、大切な二人が幸せになってくれているのなら、自分は幸せだから。
「…それで、奴隷に?」
「…それだけなら、私だけなら、良かったんだけどな。見張りが付いていたようで、二人はすぐ捕らえられた。私が取ったのは、大事な彼らの罪を、重く増やしてしまう行為だったんだよ。今でも思い出す。捕まった私に、姫様は笑って、幸せになって欲しいと仰られた。あの辛そうな笑顔、私の罪を責める満月の光、肺の苦しさ。寝ても覚めても忘れられず、脳裏から離れてくれない。奴隷に身落ちして鞭打ちをされている間は、その痛みに忘れることができたものだ。……さぁ、昔話はこれで終わりだ」
「王女様は今どこに?」
「…さぁね。追いかけるのを危惧してか、私には国の名前も教えてくれなかったから。ただ、日中は日が強く、夜間になると打って変わって寒さに震える場所、と聞いたかな」
「貴方が悪いようには思えません」
「いいや、私は悪人だ。それもとびきりの極悪人だよ。国益に影響を及ぼすだけに留まらず、罪のない若人を惑わし、その未来を破滅へと導いた。犯罪奴隷に身落ちしても仕方がないほど、後を考えられないどうしようもない男なんだよ、私は。ほら、もう十分だろ。寝なさい」
アーロがそれ以上話したくないのが分かり、純は口を閉じて毛布を引き上げる。王女は今どこで、何をしているのか。幸せに暮らしているのだろうか。アーロの年齢から、王女も既に年を重ねているはず。もしかしたら純と同じくらいの子供もいるかもしれない。青年はどうなったのだろう。アーロが多く語らないということは、話せないようなことがあったのかもしれない。
想像の域を超えることはない。目を閉じる前に見た、空を見上げるアーロ。今夜ばかりは、夜道を照らしてくれる月が出ていないことに、良かったと思うのだった。
戻った純とアーロを一番に出迎えたのは、ヴィンレーの「はっ!戻って来たのかよ~残念~」という言葉であった。純を心配したテディーが、駆け寄ってくる。
「足手まといのガキと、ついでに口うるせぇ隊長さんがいなくなってくれりぁ、晴れて自由の身だったのによー」
「貴様…。いよいよその短い生涯を、二度と口を開けぬまま終えたいらしいな…!」
「はっ!できるもんならやってみなぁ!」
「男ってホント馬鹿」
テディーのぼやきに純も頷いた。
アーロが隊員に指示を出している間、何故か近くにいたヴィンレー。
「…どうして、相手が嫌がるようなことを言うんですか?」
「あぁ?んだよ。ようやくオレとオハナシする気になったのか?…はっ!手が出せねぇんだ、口で暴力振るうしかねえだろ、ボコボコにしてぇならよ」
「どうして?」
「テメェはなんでも聞かねぇと気がすまねぇガキかよ!はぁ…いいぜ、教えてやる。オレはな、テメェくらいちっこい時から、胸と腹ん辺りがムカムカしてんのよ。苛つくのよ。解消するためにはどうしたら良いか?暴力だ。殴る、蹴る。時には命がけよぉ。自分の拳が相手の急所に入った時の快感、死ぬかもしれねぇというスリル。その時だけは、ムカつくもんも苛つくもんも、全部忘れられる。オレはよ、テメェにも似たようなもんを感じてるぜ?魔物ボコスカ殺してるとき、最高に笑ってたもんな!めっちゃくちゃ楽しそうによぉ!」
「ちょ…っと、近いです」
近づいてきたヴィンレーに指摘しても、彼は一歩も下がる様子はない。ガン開きの目に(殴られそう)と思い、純は諦めて自分が一歩下がった。テディーが近くにいないからか、ヴィンレーの距離が近い。指示に加えて、アーロがいなかった間の報告などに呼ばれたテディー。
(早く帰って来て…)
「あ~思い出したらなんかムラムラしてきたわぁ!なぁおい。ケツでいいからよ、貸してくれねぇ?すーぐ終わっから。な?な?」
「良いわけないだろ!」
戻って来たアーロとテディー。鈍い音と共に殴られたヴィンリーは懲りていないようで、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
敵兵を撒くために無理な進行を取ったため皆の疲労は大きく、直ぐにあちこちからいびきや歯ぎしりが聞こえてくる。純も通常の倍の疲れに眠りについた。遅く、眠っていた純は、息苦しさに目を覚ました。首元に感じる圧に、首を絞められていることを理解した純は慌てて体を起こそうとする。しかし誰かがいるのか起き上がることができず、一層慌てた。相手は体付きからして男。手を退けようとするが敵わない。強まる力に、純は堪らず息を漏らす。
(このままじゃ、死ぬ…!何もしないまま死ぬのだけは、絶対に嫌!)
一矢報いんと力を振り絞り、近くにあった相手の肩を力の限り殴る。すると強まっていた力が僅かに弱まった。息を必死に吸う純。ようやく見えたのは、テディーの顔であった。




