第44話:先発隊③
数日経ち、テディーは相変わらず純の隣で眠るが特に何をすることはない。いや、時折寝込みを襲おうとする男を退けているようだった。起きた時、少し離れた場所に気絶した男がいるのでそう思ったのだ。
「おい、聞いてんのかよ、ジョン!オレが話してやってんだからさ、こっち見てありがとうの一言でも言えねぇのかなぁ?」
“嘆きの森”の中を順調に進む一向。皆と同様に荷を背負う純は、隣から話しかけてくる男をいい加減鬱陶しいと思い始めてた。
「ホント笑わねぇよなぁ、テメェはよ!女はやっぱ愛嬌だろ?ニコニコ笑ってるだけで男が守ってくれるなんて随分楽な人生だよなぁ。だからって女に生まれるなんざまっぴらごめんだけどよ!前、男に襲われかけたってそういや言ってたな。いやぁー、でも気持ちは分かるぜ!女は笑ってるもんだって思うがよ、この鉄面皮、無理やりはがして見たくなるもんだよなぁ!」
「……………」
「そうなるとロッケンベノークでも襲われたことあんのか?なぁ、全部が全部未遂だなんてあり得ねぇだろ。そんな運よくいかねぇよ。やっぱ処女じゃねぇよな?どうよ、ロッケンベノークの男は。優しくしてくれたか?てかよ、そこまで恨む理由って何よ。ここまでの行動力起こせるだけのことって、逆に何されたらそう思えるわけ?はっ!全然想像できねー!実際のとこよ、されたことって大したことじゃないんじゃねぇの?」
「煩いぞ、ヴィンレー!」
先頭を歩くアーロのすぐ後ろを歩く純。絡んでくる、ずっと話す、等の理由から、ヴィンレーは隊の後方に置かれているはずなのに、毎回命令に背いて先頭に来ては集中を削いでくる。注意しようとも「まぁまぁ」と流すヴィンレーに、そろそろアーロの血管が切れそうだ。
「今日は何を話すかなー。よし、じゃぁお待ちかねの、隊長さんの昔話でも聞かせてやるか!この人は元々、どこぞの騎士だったらしい。騎士団の中でも優秀で、将来は騎士団長になるだろうと言われていたが、ある時、要人の奴隷を勝手に逃がしてしまった!ぶちぎれた要人に、騎士団は簡単に隊長さんを捨て、そこから転がるように人生は真っ暗の真っ逆さま。遂には逃がした奴隷と同じ身分にまで落ちて、こんなとこにいるんだ。最っ高に笑える話だろ?!はははははははは!」
聞いていた他の者たちも笑い出す。
「ヴィンレー…貴様は本当に、どうしようもない男のようだなぁ…!」
「まぁまぁ、隊長さん落ち着けって。こんなのそこらに転がってる世間話で、」
「これほど悪趣味な世間話は聞いたことが無いわ!貴様は二度と、他人の過去を勝手に話すな!」
アーロが向けた指から光が飛んで、ヴィンレーの額に吸い込まれていく。純が初めて契約の魔法を見た瞬間であった。
「は、はぁ~?!ふっざけんなよ!なんだそのくだんねぇ命令は!もっと色々あんだろうが!」
「悪趣味な貴様にお似合いだ」
笑っていた他の者たちは代わりにアーロから拳骨を食らうに収まった。ヴィンレーはしばらくブツブツと文句を言っていたが、直ぐにいつもの調子を取り戻していた。
「二度と話せんようにすべきだったか…。いやしかし、私の魔力が持たん」
眉に皺を寄せて、しゃべるヴィンレーにうんざりとした顔を向けるアーロだったが、次の瞬間には鋭い声で「全体伏せ!」と指示を出す。皆が一斉にしゃがむ。どうしたのかと伺う純。隊員の一人が確認に行って戻ってくる。
「敵兵だ」
「!」
「数は」
「七。恐らく、帝国の動きに勘づいた」
「でなければ、“嘆きの森”にわざわざ確認には来ないな」
「こっちに向かってる。どうする、迎え撃つか」
「そんなことをしてみろ。戻らん兵に、敵は我々の存在に気づくぞ。撤退だ」
アーロたちが状況の確認を行っている間、純は自分の心臓の音がうるさかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
現実だと信じられない連続の中、頭痛と共に起きたのは一人の命を軽んじる行為であった。自分の命は簡単に扱っていいものだと笑われた。誰も助けてくれなかった。死ねと首を絞められ、眼前に火が迫るように、純を苦しめた。
「ジョン?どうしたの?」
「ひ!」
ヴィンレーの話から、ロッケンベノークでのことを思い出していたからだろうか。優しいはずのテディ―の手を、思わず払ってしまった。
(早く、逃げないと。彼らに見つかったら、私、絶対に、殺されちゃう。次は絶対に)
「ジョン!待て、どこへ行く!」
静止の声も耳に入らない。無我夢中で足を動かす。ここから逃げなければ、もっともっと暗い所へ行かなければ。彼らの松明の光が届かないような、魔法の光も届かないような場所へ行かなければ。救ってくれる人なんて、もうこの世界にいないのだから。
「ジョン!落ち着け、逃げるな!一体どうしたというんだ!」
「いや、いやだ!放して!いやだ、死にたくない!殺さないで!」
「っ、殺さない!私は君を殺すつもりなんて欠片もない!良いか、私はロッケンベノークの兵ではない。よく見ろ。その目で私を見て見ろ。彼らと同じ服を着ているか?彼らと同じ帽子を被っているか?違うだろう。一つ一つ理解して、そしてまずは、落ち着きなさい。ほら、私は誰だ?」
「……アーロ、さん…」
「その通りだ」
良く出来たと笑うアーロは、とても犯罪者には見えなかった。
腕を強く握り過ぎたと謝罪するアーロは、来た道を振り返って息を吐く。
「随分と遠くまで来てしまった。ここで休み、夜明けに合流する方が良いな」
「あの、ごめんなさい…」
「謝る必要はない。私の決断だ。君の責任ではない」
純の荷物は逃げる時にどこかへ置いてきてしまっており、アーロが背負っていた荷物しかなく、しかし食料は十分にあったので腹を満たすことはできた。敵兵に見つかるといけないため焚火を起こすことはできなかったが、純は寒くなかった。三枚あった布団の内二枚をアーロは純に渡したからだ。
「私のせいでこんなことになってるので、二枚も使えません」
「子どもが遠慮など覚える必要はないんだ。しっかり温まりなさい」
頑として譲らないアーロの厚意に甘え、地面に寝転がる。地面は固く、毛布は一枚増えたところで元から薄い。完全な防寒とは言えないが、しかし一枚よりも確かに暖かかった。
「…まだ寝ないんですか?」
「ん?あぁ、少しな。煩かったか?」
アーロは荷物を整理しているのか、毛布を羽織っても眠る気配はない。気遣う彼に大丈夫だと首を振る。ロッケンベノークの兵が近くにいるかと思うと純も眠れず、星も見えない不気味な空を見ていた。
「…どうして、逃がそうと思ったんですか」
「………それが、当然のことだと思ったからだ。…まだ子供の君に聞かせるような話じゃない。早く寝なさい」
「子どもじゃないです。眠くないです。聞きたいです」
「…そんな…駄々っ子のような………」
純の視線に耐えられなくなったアーロは息を吐くと、馴染みの皺を眉に寄せて数回手を振った。煙草を吸おうとしたのか胸ポケットを探る仕草をしたが、敵兵に見つかってはいけないと我慢したようだ。
「分かった。分かったから。話すよ。だがこの話を聞いたらきちんと寝るんだ。良いな?」
純が頷くのが見えたアーロはもう一度息を吐く。楽しい話じゃないからな、と一言置いて彼が話し始めたのは、昔の話だ。
アーロが騎士を目指したのは、騎士に救われただとか、守りたい誰かがいたとか、何か特別な理由があったわけではない。父が、兄が、それを職とし目指していたから、同じように志したに過ぎなかった。理由ができたのは、騎士になってからしばらくの事。優秀であるアーロに目を付けた王は、娘である王女の警護を命じた。十二の少女は幼く、しかし王族としての身分を理解していた。人前では淑女らしく振る舞う彼女は、アーロの前では年相応の顔を見せる。
「アーロ!これ見て!とっても綺麗でしょ!」
「えぇ、姫様。とても、とてもお美しいです」
王女を守りたい。叶うことならば、彼女がいずれ結婚のためにこの国を発つその日まで、ずっと。何者からも守り、その美しい心が傷つかないように、側にありたいと思った。
三年後。十五になった王女は、誰もが憧れ、見惚れるほどに、美しく成長した。その心根も幼い頃と同様に、美しいまま。完璧な淑女となった彼女は、昔ほど年相応の顔を見せなくなった。時折2人きりになった時には、昔のような無邪気な顔をのぞかせる。しかし同年代の友人が、彼女の近くにはいなかった。
旅の商団がやってきた。珍しい物を売るとの噂を聞いた王女は、見に行ってみたいと言い出した。
「なりません姫様!外には危険が沢山あるのですよ?!」
「侍女が噂してたの!世にも珍しい宝石や食べ物が沢山あるらしいの。普通じゃ見れないようなものもあると。お願い、アーロ!一度で良いの!見て見たいわ!…分かっているのよ。お城の中で、毎日贅沢な暮らしができることが、どれだけ素晴らしいことなのかを。でも私は、外に出て見たいの。外に出て、この国で過ごす人々がどのように生き、暮らし、笑っているのかを見たい。何を好むのかを、知りたい。だって私は、この国の王女なのだから」
「…ですが、危険が…」
「あら、私の護衛騎士は、危険を遠ざけてはくれないの?」
「………駄々っ子のようにすれば、私が言うことを聞くと思って……はぁ…。分かりました。ですが、必ず私の側を離れてはなりません。良いですね?」
「わーい!ありがとう、アーロ!流石私の騎士ね!」
売られていたのは、真新しい物ばかり。目を輝かせる王女に連れて来て良かったとアーロは思った。しかし、進んだ先で奴隷商を見つけた時、固まった王女にアーロはしまったと後悔する。まだ幼く、小さい頃より綺麗な者ばかり見て来た王女にとって、奴隷は刺激が強すぎたのだ。帰宅を促すアーロに、王女は振るえる細指で、一つの檻を指した。そこにいたのは、王女と同じくらいの年の少年だった。
見知らぬ少年なら捨て置けたものを、彼はかつて庭師の息子であり、幼い王女の遊び相手だったのだ。話を聞いて、アーロは放っておけなかった。奴隷の少年を買い、自分の家の一室に住まわせた。時折王女は部屋を抜け出し、少年と会っては昔話に花を咲かせた。楽し気な二人の様子に、アーロ以外に無邪気な顔を見せる王女に、アーロは自分の選択は間違っていなかったのだと思った。
二年の月日が経った。少年は健康的な食事と騎士団内での日々の労働により、精悍な顔つきの青年へと変化した。より美しくなった王女と青年がお互いを想い合ってることはすぐに分かり、似合いの二人にいつまでもこの時間が続くように、アーロは今後も密会を隠し通そうと心に決めた。
ある日、突如アーロの家に騎士団がやって来た。曰く、王女と密会をしていると誰かが告げ口をしたそうだ。罰せられるアーロの元へ、少年は自分が王女の相手だと名乗りを上げた。アーロは厳重注意で終わったが、事はそれだけに留まらなかった。少年は王女を唆した罪で再び奴隷落ちとなり、王女は他国への輿入れが決まった。




